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□みちづれ
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幼い頃の記憶は殆ど残っていない。気付いた時には1人で生きていた。
どうにか死なないだけの金を或いは食料を常に求める生活で、そんなだったから何回か死にかけたし殺されかけた。
ひとつだけ、瞼に焼き付いた記憶がある。
一回、全然雨が降らなくて川もすっかり干上がっちゃって、普通に生活してる奴等すら水に貧窮してた時があった。勿論俺らみたいな奴のとこに恵みがある筈もなくて、その年は結構な数の同胞が死んで行くのを見るともなく見ていた。
ヴェスターは豊かな国だったけど底辺事情はこんなもので、それでもどうにか雨の季節が近付いて、漸く日差しも和らいだ頃、いつもみたいに寒暖差のマシな建物の陰で気絶するように眠って目覚めたら、隣で眠っていた名前も知らない少女が呼吸を辞めていたあの朝。
よくある話だ、と思った。近い未来に自分にも訪れる独りの最期だった。
その日、俺は人を殺して水を手に入れた。
胸中何か勿論覚えて無い。ただ死なない為の反射。一体誰に責められよう。
死んだ少女の顔も、殺した奴の顔も覚えていない。ただ、瓶に満たされた透明な輝きだけが、消えない。
そんな生活だったから、使ってた爆丸も拾ったのか、盗んだのか。
当時、まだ爆丸に意思がある事なんて俺も誰も知らなくて、単純に刺激的な玩具として流行っていただけだったし、俺も精々ちょっと強力な武器くらいにしか思って無かった。
そんな俺が王子様の目に止まって拾われるんだから人生分からない。なんてシンデレラストーリー。
ハイドロンは六属性それぞれのバトラーを集めて自分の直属軍を作ってるらしく、城に連れてかれた時にはもうダークオン以外の属性は揃っていて、俺が最後の1人だった。
ノヴァ、サブテラ、ゼフィロス、ルミナ、そしてアクア。
色んな手段でハイドロンが見付けて来たバトラー達は年齢も生い立ちもバラバラで、俺やヴォルトみたいに親の顔も碌に分からない奴も居たし、スペクトラみてぇに親が国王付きなんてパターンもあった。
その中に1人だけ、女が混じっていた。
ミレーヌ・ファロウ。
両親が官僚で、彼女は金持ち学校で遺伝子研究とかをやってたらしい。その上表彰台常連のアクアバトラーだったから、ハイドロンでなくても目を付けておかしくない。
冷たく凛として、鋭く、静かで、しかし触れれば波立つ、それこそ水みてぇな女だった。
俺何かとは違う。一瞬で見惚れた。
「なぁなぁミレーヌちゃん、どこ行くんだよ?」
「喧しい。付いて来るな」
そんなやり取りは日常茶飯事で。ハイドロンに従い爆丸を狩り爆丸ワールドを侵略する傍ら、暇さえ見付けては彼女の後を追いかけた。心底鬱陶しがられたけど拒絶はされなかった。
衣食住に満たされ、彼女と過ごしたあの略奪の日々が、俺の一番幸せな時間だった。
俺は結局、奪う事しか出来ないでいた。
そしてある日バトルブローラーズを名乗る地球人が現れ、戦況はひっくり返りゼノヘルドはHEXごとヴェスター国から切り離されスペクトラとガスは離反しヴォルトとリンクは消えた。
ハイドロンにけしかけられて地球に向かうミレーヌの背中を追った。最近、ここを出てったままの奴が多過ぎる。
オルタナティブさえ完成すれば、この状況も変わるのか。ゼノヘルドが、全生命の上に立てば?
考えても無駄だ。難しい事は良く分からない。必要も無い。ミレーヌも言ってたけど、あいつの為に戦ってる訳じゃない。
スペクトラはミレーヌを愚かで虚しいって言ったけど、そんなに深い意味何かどうせありやしない。
ミレーヌは、選ばれた勝者でなければならなくて、与えられた命令をこなせる自分であるのは彼女の中で当然だろうし、俺は好きに戦いながら彼女の傍に居たいだけだ。
どっちにしても今更、後戻りなんて出来ないし、する気も無い。
そして彼等の罠にかかり、異空間でスペクトラと、妹と爆丸バトルになり、ヘリオスに圧倒されてMACスパイダーは塵と消え、ミレーヌもあと一歩で勝てなかった。そういえば、ハーデスやヴェガも、いつの間にか俺達の前から居なくなっている。
それでも、彼女は決して俯かない。
スペクトラが手を差し伸べたって、彼等を屠る事を、真っ直ぐに道を突き進む事を躊躇わない。
ミレーヌの細い手に手を重ねる。
「やっぱお前最高だぜ」
「ふん、お節介め」
業は2人で負えば良い。契りのように。呪いのように。
けれど、彼等の作った世界は、俺達の悪意を飲み込んで跳ね返した。歪んで崩壊する空間は、明確に俺達を拒絶する。
それでも尚、ミレーヌはスペクトラに刃を向けた。
変わる事が出来た存在を、『生き方を変えた自分』を、決して許せはしないと。
それでも、それでも。
1人、輝く闇に呑まれようとした時、確かに彼女は手を伸ばした。
あのスペクトラが掴んだ腕を、振り払う事はしなかった。
どうしようもない戸惑いの中、漸く察した。
そうか。ミレーヌは、
彼女はただ、1人になりたくなかったのだ。
ひたすら求めた明確な成果も地位も、全部自分の居場所を作る為の。
そしてその為だけに真っ直ぐ歩んで来たから、自分が道を違えた事を、決して認められないでいた。
自己が失われる恐怖に晒されたこの瞬間まで。
しかし世界は、今更俺達を赦しはしないのだ。
「シャドウ!?」
「ミレーヌ!!」
ブローラーズに向けられた困惑の視線が消え去るのを見送る。
空をかいた掌を、視線を、捕まえたのは無意識だった。
「何故奴等と行かなかった!?」
声が響く。
場違いに、空間は眩く優しい色をしていた。
ミレーヌは粗野なのも馬鹿なのも嫌いだから、多分俺の事何か大して好きじゃなくて、きっとスペクトラやヴォルトの方がよっぽど彼女の好みだろうと思う。実際ミレーヌはあいつらの事それなり以上に意識してた。
でもミレーヌは、独りが大っ嫌いだったから、どんなに睨まれても撥ねつけられてもヘラヘラ纏わりついてた俺の事悪い気しなかったんだろう。
そうだよ。なあ、ただ1人が嫌なだけだったのに、なのに今こんなとこに居るの、ほんと間違っただろ。
だって綺麗で頭良いお前にはそうじゃない未来は幾らもあった筈だ。俺何かに、ハイドロン何かに関わる事無く、ちゃんと国に人に受け入れられる道が。
まあほんの1年くらいでここまで状況悪くなる何て俺も思って無かったけど。
なのにこんなとこで1人消えてくなんて。なあ、やっぱお前可哀想だ。
だからせめて俺が付いて行くよ。それは、スペクトラにもヴォルトにも出来ない事。
ああ、そんな顔すんなよ。
あの日、渇きを抑えきれなくて後先考えず水を掴み取ったのと一緒だって。俺の考え何て精々そんなもんなんだよ。
だから、なあ、笑ってくれよミレーヌちゃん。
美しく不器用な女だった。
ひたひたと、静かに哀しく、真っ直ぐに歪んだ、水面のような生だった。
掴んだままの腕は、世界何か、正義何か敵にしなくたって折れそうな程にか弱く細く、しかし戦って勝ち取る事しか、知らなかった。
「だってよぉ、ミレーヌちゃんと次元の果てまでランデブーする方が、面白そうだしな」
ウインクして見せれば、困惑と恐怖に塗り潰された瞳が揺らいで、堪えるように唇を結んで、それでも、
確かに彼女は、笑って見せた。
君の道へ俺も連れて。
+
彼等に関してはほんとに公式が公式過ぎて何を書いても蛇足にしかならないとも思うのですが。
タイトルもそのまま使わせていただきました。
水にただよう浮草に おなじさだめと指をさす
言葉少なに目をうるませて 俺をみつめてうなずくおまえ
きめた きめた おまえとみちづれに
by牧村小枝子 『みちづれ』