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□空傘
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「レン、・・・レン? 聞いておるか?」
「・・・え? あ、何でしょう、ナザック様」
 突然名を呼ばれたことに気付いて顔を上げる。
 視線を向けると、自分のすぐ横に、ローテルディアの街を背にしたナザック様が立っていた。
「どうした。おまえが上の空とは珍しいな」
「すいません・・・。でも、俺にだって、そういう時はありますよ」
 問いに対し、少し不満げに答える。
 それを聞いたナザック様は、微かに肩を竦めた。
「何を考えて・・・いや、何を見ていた?」
 その問いに一瞬目を見開き、しかし目を伏せると小さく微笑む。
「空を」
 ゆっくりと息を吐くように、静かに告げる。
「空を、見ていたんです」
 沈黙。
「・・・行きたいか?」
「はは、そうですね・・・」
 無関心じみた声色の問いに、考えるような素振りを見せる。
「呼ばれている気はします。でも・・・よく分かりません」

 ここから、何処へ行ける?
 俺の求めているものは何?

 この空さえも、彼とは繋がっていない。

「お前が居なくなっては、誰がこの国を導くというのか」
「・・・ナザック様」
 苦笑する。
 そんな重い立場、俺何かが背負えはしないと何度も言っているのだけど。
「今日も空が青くて、綺麗で、風も気持ちいい。ローテルディアもガンダルディアも平和で、」
 一つ、深呼吸。
「今は、それで良いです」
 ゆっくりとナザック様の方を見た。
「そうか・・・」
 ナザック様もそれ以上は何も言わない。

 俺は、悲しいくらいに不器用で、目に痛いほど眩しい空の下、温もりを求める事に最後まで戸惑っていた。自分で自分の事がよく分からなくて、蓋をして、閉じ込めたモノがあって。
 今漸く、自由にローテルディアへ足を踏み入れる事が出来るようになった。
 かつて望んだ、日の当たる場所は確かにここなのに、太陽を無くしたようなこの気持ちは。
 全てを捨てても追いかけたいと願ってしまう。君以外の物の価値を一瞬見失う事もある。そしてそれでも捨てられない全てが、君が俺に残したもの。
 この世界が眩しく美しく優しい事を、君が教えてくれた。

 ローテルディアの空は遠く美しく、未だにどこか余所余所しくて。
 この空さえも、彼には繋がっていない。
 けれど、確かに俺と彼の上に存在する空に思う。
 今、ここに在る想いが確かな事を。喜び、悲しみ、優しく、鋭く、甘く、苦く・・・温かい記憶を。
 俺を取り巻く君の居ない世界に、それを思う。

 さあ、ここから、何処へ行こう?
 『この世界』の、何処にだって行ける。


 君の世界には、繋がっていなくても。

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