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□濡鴉
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今日は獄寺君も山本も私用があり、久しぶりに一人で帰ることになった。だからこれといった目的もなく並盛商店街へ足を向けて、店先を覗いて回ってみたりした。こういうのは一人でないと疲れる。今まで長く一人だったから尚更。
けれども、ものの数分後には雨がぱらつき始め、それはみるみるどしゃ降りになったので、俺は慌てて公共の広場の屋根の下へ駈け込んだ。そして、最悪だ、と呟きながら顔を上げた俺の前、には、
「雲雀、さん・・・」
「やあ、丁度いいところで会ったね」
綺麗に薄く笑う彼が立っていて、そのまま何気なく名前を呼んでしまった俺は、彼の吐いた台詞にてっきりぶん殴る相手が欲しかったんだ、と続くものだと思って、何故逃げなかったのかと数秒前の自分を呪った(多分無理だったろうけど)。
あぁ、最悪、だ。
歩み寄る彼に、無意味と知りつつ身を固めていると、がん、と後頭部に衝撃が降った。
けれども、それは予想したトンファーのそれではなく、痛みを伴うものではなかった。
「え?」
驚いて顔を上げる。頭に乗せられたそれをつい受けとってしまった。
「・・・本?」
それはこの商店街の書店の袋だった。勿論中身は本で、分厚いハードカバーの小説が数冊収まっている。結構重い。
「うん。こういうのは流石に自分で選ばないといけないから、パトロールがてらにね」
「はぁ・・・」
凄い。雲雀さんと初めてまともに会話した気がする(俺は意見を言ってないから厳密には違うかも知れないが)。
「・・・で?」
「で、って?」
刺激しないように恐る恐る発言するも、雲雀さんは意味が分からない、というふうに聞き返してきた。
「これ、どうしろって言うんですか」
「ああ、うん。それ、生徒会室に置くから、運んで」
「は・・・い?」
反射的に肯定の返事を返そうとしてしまったが、冗談じゃない。
今から学校へ戻っていたら確実に日が暮れるし、大体この雨の中を、なんて。
それに雲雀さんのことだから、どうせ、
「言っておくけど濡らしたら噛み殺すからね」
・・・とか、言うんですよねやっぱり。
「無茶、言わないで下さいよ」
心持ち小声で反論すると、雲雀さんはちらりとこっちを見下ろして(ちょっと待って怖いですよ! 俺間違ったこと言ってないのに!!)、
「今すぐ、何て言ってないでしょ。僕だって濡れるのは嫌い」
「は・・・」
「君一人じゃ入れないでしょ」
言いながら持ち上げた彼の手には、小さな鍵が握られていて、
「これを君なんかに預ける訳にもいかないしね」
言いながら、恐らくは生徒会室の鍵を懐に戻した雲雀さんは、微かに吹き込む雨粒を嫌うように後ろの壁へ背中を預けた。
どうやら雨宿りは決定事項。その後の荷物運びも決定事項のようだ。
母さんに文句言われるのは嫌だけど、トンファーでぶん殴られるよりはいいや。
諦めて大人しく雲雀さんの隣へ落ち着いた。
雲雀さんは黙って屋根の向こうを見ている。
少しだけ濡れた前髪から、ぽたりと、ひと雫。
本当に、きれいなひとだ。
俺にはちらりとも目をくれない。
けれども視覚以外の感覚がこちらを向いているのを感じた。
「・・・何?」
「いえ、」
ほらね。
荷物持ちが欲しいから、濡れたくないから、鍵を預ける訳にいかないから、
そうやって理由を付けて、
結局は、偶然出会った俺を離したくないだけ、なんでしょう。
( ああもう、ほんと )
鬱陶しいなぁ。この人も。
言わないけど。殴られたくないし。どうせ認めないだろうし。
・・・早く雨止まないかなぁ。
+
うちの綱様は野郎を可愛いとか思えません。
初期しか分からないので初期イメージ。結構親しげなので(←雲雀さんが)桜クラ病の後くらい?
何だかんだと理由をつけて綱様と一緒にいたい雲雀さんと、お見通しな綱様。
濡鴉は真っ黒、を指す色名。
よくあることさ、可愛さ余って憎さ100倍。