□こたえて
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「ねぇ、山本さん」
「どした、ハル」
 幾度か訪れた山本さんの家の、初めて入った山本さんの部屋は思ったより片付いていて、こちらは予想通りだったが野球に関連したものばかりが目に付いた。

「ハルは、ツナさんにフラれちゃって、山本さんを好きで、山本さんをセレクトした訳ですけど」
「うん」
 山本さんはバットを磨く手を止めないまま、照れもせずハルの方へ視線を向けた。
「でも、ずっとツナさんを一番好きでもいいって約束してくれますか?」
「いいんじゃね? 俺は別に気にしねーよ」
 間を置かずに返ってきたのは落ち着いた声色で、その表情も穏やかだ。それは、実に彼らしい。

 そういう、優しいふりをして残酷なところが、ツナさんと似ているようでいて正反対だ。

「俺も、ハルばっかりって訳にはいかねーからな」
 言って、傷だらけの、それでも磨き上げたバットを丁寧に鞄へおさめ、もしかしたら二度と開かれないかも知れないジッパーを閉じた。
 バットケースくらい買えばいいのにと以前言ったら、飾られてもこいつは別に嬉しくねーだろと笑っていた。
 特に興味のないハルの中では野球という単語は殆ど山本さんとイコールになってしまっていて、その彼がもうバットを握らないというのはどうにもイメージが沸かなかった。
 ハルの見ていないところで彼が握る銃や刀は、あまり似合わないような気がしてならない。

( ・・・まぁ、それはツナさんもですけど )

「もう一ついいですか?」
「ん?」
 鞄を部屋の隅へ無造作に立てた彼は、少し張りつめた空気を察してかハルの方を向いて姿勢を正した。
「こっちは約束はしてくれなくてもいいですから、聞いて下さい。それで、こたえて下さい」
「あぁ」

「・・・もしも、ずっとずうっと先に、ハルがそれでも山本さんを一番好きになったら、ハルを山本さんの一番にしてくれますか?」

 山本さんが微かに目を見開いた。
 ハルの言葉はさして予想外のものでもなかった筈なので、単にふいをつかれて驚いただけか。
 暫し、沈黙。
 ハルから何か言うことはなさそうだと察した山本さんは、変わらない表情で、けれど微かにトーンを落とした声で答える。
「それは・・・、先のことはわかんねーけど、でも、多分、無理だ」
「そうですか」
 即答。
「わりぃ」
「いえ、聞いてみただけですから。ハルのフェイバリットは、ツナさんですから」

 きっと、これから先もずっと。
 だって貴方が、答えてしまったから。
 私、言ったのに。
 こたえて下さいと。

 応えて下さい、と。

 そうしてくれたら、今すぐにでもハルの心はひっくり返ったかも知れないのに。
 絶対そうなってくれないと分かっていたから、尚更に。
 でも、たったひとつ予想を裏切るだけで良かったのに。
 恋愛に想定外は付き物でしょう。分かってない人ですねぇ。

「ハルの一番はきっとツナさんです。今までもこれからもずっと」

 表情を見せないハルに、山本さんが困ったように笑っているのが分かる。
 ねぇ、少しは、
 堪えてくれました?

 予想通りに裏切られて、それでもまだきっと、としか言えない乙女の気持ち、少しは分かってくれましたか?


 山ハル。こういう変換遊びが好きです。
 基本的に私の中で女の子はさばさばしている生き物で、男の子は引き摺り体質な生き物。
 女の子は今目の前にいる好きな人を大事にして、男の子は今までで一番好きになった人を大事にします。

長い道は簡単に断たれた (13の部屋 佰)

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