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□然様ならば
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「ごめんなさい」
びしょ濡れで、玄関先に立った貴女は開口一番そう言って深く俯いた。
初等部の時とは少し違う、深いワインレッドの制服を着ている彼女は、その時とは違ってアクセサリー類も随分控え目になっていた。その変わりというように一つに纏められた髪は記憶よりも長い。
ぽつとその毛先から滴が落ちる。制服が濡れて益々色濃い。
三条海里が日奈森亜夢に会うのは、大体2年ぶりだった。
当時、イースターで働いていた縁姉さんの指令で聖夜小へ編入した俺は、表向き彼女らとガーディアンとして活動し、裏ではイースター側へ情報を流したり、最終的にはおねだりCDを自らの手でばらまいて×たまを集め、けれどもうだうだと悩んでばかりだったので案の定土壇場で詰めを誤りあっさりとバレてあっさりと寝返って、
そうこうしている内に彼女に捕らわれてしまったのは俺の所為でもなければ、勿論彼女の所為でもなかったように思う。
そうなるしか、出来なかった。
直接的にも間接的にも彼女に止めて貰った俺は、そのまま彼女の隣に居座れるほど図々しくもなければ勇気もなかったので(主に後者だ)、友人や親を言い訳に山口へ逃げ帰って来た。
それでも言い逃げのように(というか、そのものズバリだが)告白何かする勇気はあった辺りが都合が良く結局図々しい。
いつか貴女に相応しくなって戻ると、言ったのは自分への制約と誓約で。それから逃げではないのだという言い訳と。
だって一体何時になったら相応しくなるというのか。
試験で幾ら満点を取ろうが、友人の為幾ら尽力しようが、幾人の女性に告白されそしてそれを一刀両断しようが、
俺は貴女の元へ戻る気など実はさらさらなかったに違いない。
けれどそんな自分には気付かぬふりで日々を重ね、小学校最後の夏が終わろうかという頃の休日(出会った時の彼女と同じ学年というのは不思議な感覚で、けれど何一つ追い付いている気はしない)。
珍しく、俺1人しか家にいないどしゃ降りの午後。ふいのチャイム。扉を開けばこの2年以上の間、忘れたこと等ない貴女(随分背が伸びた。俺の言えたことではないだろうが)。
「ど、うされたのです。こんな、突然」
喉の奥が乾く。
「貴方言った、でしょ。いつかあたしに相応しくなって戻ってくるって」
「・・・随分、懐かしいお話ですね」
唐突に投下された爆弾に身が竦んだ。声だけは不思議なほど冷静だったけれど。
待ち切れなくて迎えに来ました。そんな夢のような展開は夢にも見れない(あまりにも有り得ない)。
「あたしに相応しい、何て、ないんだよ。貴方は、あの時からあたし何かより、ずっと、」
「『何か』だ何て言わないで下さい」
言葉を遮る。彼女はようやく顔を上げた。
「ラン達がね、消えたの」
「え・・・?」
ぽつりと落とした彼女は、力なく微笑んだ。もう1ヶ月くらい前何だけど、と。
「皆消えたわ。ランも、ミキも、スゥも、ヒロも、あの子達のたまごも、皆」
『ヒロ』というのは聞いたことのない名だったが、前後の文脈から察するに当時の『ダイヤ』のことだろう。ちゃんと孵って、先の3人と同じに彼女を慕っていたのだろうか。そうならいい。
「あの子達が産まれた時と一緒。突然、朝起きたら、居なくて・・・、うぅん、一緒じゃない。皆、いっぺんに居なくなっちゃった」
ぽつ、頬に滴が伝う。雨かも知れないしそうでないかも知れない。どちらにしたって現状は何も変わりやしない(そういえば俺もびしょ濡れになってしまっている)。
「ムサシも、」
ぽつ、彼女は反応しない。
「ランさん達より少し前に」
そこまで聞いて察したようで、さっと顔色が変わった。
逆に自分の心は不思議な程落ち着いた。知らず苦笑が漏れる。
「でも、消えたのではないでしょう。彼らは、溶けて、混ざってしまった」
「とけて・・・?」
「だって、そうでしょ。彼らは俺達の『なりたい自分』です故」
しゅごキャラが姿を消す原因は二通りだ。
ひとつは、持ち主が『なりたい』気持ちを迷ったり、諦めたりしてしまった時。そうすると彼らはたまごに戻ってしまったり、壊れたり、×たまになってしまったり。
もうひとつは、持ち主が『なりたい自分』に『なって』しまった時。
その時彼らはもう『なりたい自分』ではなく『自分』なのだ。
だから目には見えなくなってしまう。話す事ももうない。
3ヶ月程前、自分も随分混乱し悲しんだ。
けれどふいに理解した時、ムサシを自分に見付けて、それは寂しいことだけれど、彼の為に悲しいことであってはいけないと思った。
「そうだね。今は、あたしがあのこ達なのね」
儚げに、けれど安心したように、きゅ、と手を握った彼女は以前にも増して輝くようで、俺は少し目が眩んだ。
「今日は、そのことで?」
「・・・分かってて、言ってない?」
お見通しだ。眉を下げる。
「今日はね、ちゃんと、言いに来たの」
「何故?」
思わず問うた。だって俺は聞きたくない。
「だって、そうしなきゃ貴方ずっとあたしの為に頑張るでしょう? ずっとその言葉を忘れないでしょう。もし、あたしが忘れちゃっても」
「片恋してる男なんて皆そのようなものです。キングも、月詠幾斗だって」
言えば、うん。頷いて、顔を上げて、
「だから来たの。あたし、いつまでも貴方を縛っちゃいけない」
雨音にも紛れず凛と響く。
「あたしは貴方の為に何もしないのに、貴方の全部があたしの為何て、もう駄目だよ」
宣言されたタイムリミット。
「もうあたし、絶対に貴方を選ばないの。だから言わなくちゃいけなかったの。貴方、戻って来るって言ったから、せめて待っていてあげたかった。でもこうしなきゃ貴方はその時までずっとあたしの為に頑張ってしまう」
一度、言葉が切れて、
「ごめんなさい。あたし、迷う事も出来なかった」
「もしかしてあの人よりも貴方が好きなのかどうか、迷う事、出来ない」
「だってあの人は、あたしがいないと駄目なのに、貴方は1人で大丈夫だもの」
「あたし、やっと今なら分かるわ。一番強くて格好良かったの、ホントは海里だったのね」
そんなことないです。強いのも、格好良いのも、いつだって貴女だ。
昔も、今も。
『彼』を明確に選んだ彼女は、そのまま学校をサボり電車に飛び乗って、乗り継いで、乗り継いで、年賀状で書き覚えた住所を頼りに、表札を一枚一枚覗き込んで、そうしてここへ来てしまったというようなことを説明した。
休日なのに制服のままだったのは、一晩中そのままでいたからだったようだ。
よく補導されなかったなとずれた感想を持ち、家は、と問うと、友達の家に泊まると電話をしたと言った。
「さよならじゃないよ。海里は大事な友達だもの。別れたりしない」
だから、だけど、再会まで暫しさよなら。
もうそのまま、帰ると言い出しそうな貴女はやっぱり強い(普通列車を乗り継いで来るのは本当に大変だったろう)。
そして未練がましい俺は昔描いた『なりたい自分』にはやはりなり切れず、けれどこれでいいと思っていてずるいままだ。
「・・・抱き締めても、宜しいですか?」
言えば、彼女は驚きも照れすらも見せずあっさりいいよと言った。
「じゃああたしも抱き返していいかな」
「愚問です」
ぎゅうと、頭半分低い貴女の細い、けれどもやはり今の2歳の差は大きく、丸みを帯びたしなやかな体は、秘めた強さをより端的に表していた。
回された長い指は冷たい。
「好きだよ。海里」
ふいに囁かれ、腰が抜けるかと思う。
「おれもです・・・。俺も、ずっとあむさんが、」
俺が貴女より年下で良かった。
敬称のない俺の名を貴女の声がなぞる。
それだけで本当は充分だった。ささやかでちっぽけで一時的な優越感だけで満たされるくらい、俺は慎ましく矮小に出来ているらしい。
たったこれだけを俺は一生大事に抱え続け捕らわれてしまうのだろう。それは貴女の本意ではないのに。
俺とてあむさんが思うほど出来た人間ではない。
本当なら、あの日に気持ちを伝えるべきではなかった。
だって俺は多少形は違ったとしてもいつかこうなると思っていた。それでも言ったのはただ俺が言いたかったからだ。
多少、キングを焚きつける意味もなくはなかったが。
「じゃあまたね海里。改めてありがとう、本当に」
「こちらこそ。さようなら、あむさん」
俺の腕を離れた彼女は未練すら感じさせず再びどしゃ降りの中を進む。
送りましょうか、とは、言えなかった。霞む彼女の背中が遠くなる。
どうか振り向かないでください。無意識に願った。
そうしたら俺がずっと見ていても貴女には分からないから。
+
つまりもうちょっと片想いさせてて下さいと。『彼』『あの人』は唯世君でも幾斗でもいいです。
三条君ね、本当にあむちゃんの為だけにいい男になっちゃうと思うの。だからあむちゃんはなるべく早くもういいよって言わないといけないと思う。
幾斗か唯世君とちゃんとくっついたから、もう待っててあげられないって言わなくちゃ、ってここまで来たあむちゃん。
三条君のことは好きだけど、自分がいないと駄目な人と、1人で平気な人とじゃ比べられないからどっちが好きかすら分からないのでもどっちにしても貴方を選べないのごめんねって。
しゅごキャラ消滅については独自解釈ですが、ずっと一緒にいる訳じゃないと思う。
三条君やあむちゃんは精神的に成長早いから、この方式だと消えるの早いかなって思って。
ちなみにダイヤの名前が『ヒロ』なのも完全捏造。
備考:然様ならば=古語。「さようなら」の語源
ヒロ=同一事務所に所属していた太田裕美もキャンディーズのオーディションに参加しており、メンバーになる可能性もあった。もし実現していれば、ラン・スー・ミキに倣って「ヒロ」と呼ばれていたであろうと言われている。(参照:Wikipedia「キャンディーズ」)
415 なまえなんてよばないで