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□1番目アリス
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「・・・う・・・」
 目を開けた。
 しかし、どうにも薄暗い。
「ここ、は・・・」
 起き上がった彼の目の前には、広大な森が佇んでいた。

「おはよう」
「え?」
 ごく近い位置からの声に振り返る。
「って言っても、ここは夢の中だけど」
「ゆ・・・め・・・?」
 そう、あなたのゆめ。
 笑ってそう答えたのは、桃色の髪をした少女だった。
「君、名前は?」
「三条・・・海里」
 半ば反射的に答えて、少しだけずれた眼鏡を押し上げた。
「そう。宜しくね海里。私はあむ」
 にこりと、美しくあむは笑う。

「あの・・・」
「何?」
「あむ・・・さんは、一体何なんですか。ここが夢の中って・・・」
 まぁ、目が覚めたら突然森の中だなんて、夢以外じゃあまりないシチュエーションだろうけど。
 気後れする海里を気にも留めず、あむはあたし?と逆に訊き返した。
「えーっと、あたしはね、この夢の案内人、みたいなものかな」
「はぁ・・・」
「さっきも言ったけど、ここは海里の夢の世界なの。海里の、望みが叶う世界」

 ぞくり、
 目を細めて笑うあむに旋律する。

「俺の、望み・・・?」
「そう。海里の欲しいものは何?」
「欲しいもの・・・」
 あむの言葉をぼんやりと繰り返す。
「力、が・・・」

 戦う力が、欲しい。全てに抗える力が。

「分かったわ」
 あむが答えると同時に、海里の右手には、
「剣・・・?」
 西洋の騎士が手にするような、銀に輝く緑の柄の剣がひとつ。
「それが、海里の力」
「俺の?」
 そうよ。あむはまた微笑み、
「さあ、行きましょう」
「え、どこへ」
「森の向こうへ。そうすれば海里はアリスになれるの」
「アリス・・・?」
 呟く海里を無視して、あむは海里の手を引き森の小道を歩き出した。





「これは試練みたいなものだから、この森は海里の邪魔をするものを現すわ」
「俺の、邪魔?」
「そう。でも、負けちゃ駄目。あたしと一緒に、森を抜けるの」
「は、い・・・」
 強い意志を宿すあむの瞳に、最早逆らう気は起きなかった。
 彼女を守る為にも、負けられない。
 そう思って、剣を強く握った。刹那、

 ぐるるる・・・

「ひっ・・・!?」
 茂みから、小熊程もある犬が姿を現した。
 歯を剥いて海里とあむを見定めている。
 あまりの恐ろしさに、思わず一歩足を引いて、
「大丈夫よ」
 その声に、踏みとどまる。
「大丈夫。あれは、本当の犬じゃない。海里の中の、恐怖が作る幻。必ず、勝てるわ」
 自信に満ちて、あむが微笑む。海里は一度目を閉じ、再び開いたそれを決して犬から逸らさず、体の前に剣を構えた。
「・・・はい。あむさんを傷付けさせるようなことは決してしません」
 がおっ、
 犬が唸りと共に飛び掛かり、
 ざっ、
 海里に届く前に、その剣に両断された。
 ばしゃ、犬だった体は弾けて液体になり、地面を赤く染め上げた。

 大蛇、猪、熊、獅子、それがどれ程恐ろしい姿をしたものでも、海里はもう怯まなかった。
 真っ赤な道は果てしなく続く。

「海里は、強いんだね」
「・・・いえ、そのようなこと」
「海里は、誰にも負けないのね」
 誰にも、
 その言葉が波紋のように響いて。

「あれ、委員長?」

「!?」
 前方からの声は、予想外のものだった。
 2人の前に立ったのは、まだ幼い少年だった。
 彼は、海里と同じ小学校同じ学年同じクラスのその少年は、海里が最も親しくしていた友人。
 ・・・友人?
「海里・・・」
「あむさん、下がって下さい」
 一歩、二歩、少年へ近付いて行く。
「おい、委員長、どうし・・・?」
 最後まで、言葉は出なかった。
 語尾はその身体もろとも切り落とされた。少年の体は、今度は形を保ったまま地面に転がった。
 しかし海里はもう視線すらもくれず前に進む。
「・・・良かったの?」
 海里と同じように、あっさりと少年の死体を踏み越えたあむが問う。
「俺は、負けられないのです。誰にも、負けない」
「そう」
 あむは心持ち顔を伏せ、長身の海里からでは表情が伺えない。

「海里!」

 次に呼ばれた名に我に返る。
 響いたのは、彼と彼女以外の声だった。

「ゆかり・・・姉、さん・・・?」

 立ち塞がっていたのは、海里の実の姉、三条ゆかりだった。
 歳の離れた、不器用で得手不得手や好き嫌いのはっきりしているこの姉は、かなり早い内から自分よりも海里の方が要領が良いことを知っていて、身の回りの様々なことを何かにつけ海里に命令し、挙句に自分が実家を出た際、半強制的に海里を転校させてまで傍に置いた。
 それに従う内、海里は益々器用になって、親からも教師からもクラスメイトからも信頼されるに足る人格を形成していったのだ。それが本人の望みでなくとも。





『うわ、飼育小屋すっげー綺麗になってるじゃん! 流石委員長様だな』
『文化祭が近くなって来たから、頑張ってくれよ三条。まぁ、お前なら大丈夫だろうけどな』
『え、学校に行きたくない? 何を言ってるのよ海里。ほら起きて。貴方なら何があっても平気な筈よ』

 そんなわけ、あるか。

 皆俺の事など何も分かっていないのだ。その癖何もかもを俺に押し付けて、それこそが俺への信頼の証であるような顔をする。
 俺はお前らの期待を押し付けられる為に生きてる訳じゃない。
 そうしておいて、皆俺が少しでも期待から逸れた瞬間に落胆した顔をするのだ。

 従順に、皆の期待に応え続けるのが俺という存在なのか。
 本当の俺は、俺自身の望みは、死ぬしかないのか。

 俺に、抗う力は、ないのか。





「何故、姉さんがここに・・・。何を、しに来たのですか」
「帰るのよ、海里。こんな所にいちゃいけない」
 ゆかりは海里の言葉を遮り、強い口調で言い切った。
「しかし、あむさんが、」
「駄目よ。早く。帰るのよ。海里!」
 強く腕を引かれた。咄嗟に振り返っても、あむは唯じっと立っているだけだった。
 嫌だ。彼女を、あのまま置いていくなんて。
「いや、だ・・・」
「嫌でも帰るのよ! ほら、早く!!」

 従順に、皆の期待に応え続けるのが俺という存在なのか?
 本当の俺は、俺自身の望みは、死ぬしかないのか?
 俺に、抗う力は、ないのか?

 今、俺の手には力があるじゃないか。

「・・・姉さんはいつもそうだ。そうやって命令しては、俺が従って当たり前だと思っている」
「海里・・・?」
 訝しげにゆかりが呟いた言葉は、海里の耳には届かない。

「俺は俺だけのものだ! 貴女の所有物じゃない!!」

 右手を大きく振り上げ、
 ばさっ、
 一層大きな音を立てた剣は、一振りでゆかりの身体を2つに分けた。
「か・・・い・・・。な、んで・・・?」
「俺はもう誰の言いなりにもならない! 誰の期待も受けない!! 俺は俺の望むまま生きる。俺は、あむさんを守る為なら・・・」
 うわごとのように呟く。最早剣も、歩いた道も、海里の服も、手も、真っ赤に染まっていた。
 視界すらも赤く染まった樹海の中。海里はゆるりと顔を上げる。
「さあ、あむさん、行きましょう」
 伸ばした海里の手を、しかしあむは取らなかった。
「あむさん・・・?」
「無理だよ」
 顔を上げたあむは静かに微笑む。

「もう、無理。この森は、海里の夢は、ここで行き止まり」
「え?」
 呟いたと同時に、森は表情を変え、
 真っ直ぐ続いていた道は突如生い茂った草木に行く手を阻まれ、
 何千何万という茨が、海里を包み込んだ。それはまるで罪人を捕らえる檻のように。
「なっ!? これは・・・」
「海里は、現実のお姉さんや、友達より、あたしを・・・、この夢を選んだ」

 だから、もうここから出られない。

「そんな! あむさん!!」
 咄嗟に手を伸ばし、茨の格子にしがみ付く。
「ぎっ、」
 声も出なかった。
 茨の棘が、ざくりと容赦なく手のひらを抉った。ぶつぶつと皮膚を突き破り肉に埋まり骨に食い込む、その凄絶な痛み。
「う、あぁ・・・っ!」
 からん、
 思わず、剣を取り落として、

 真っ赤になってしまったその刀身が、目の前の茨の棘と同じものだと気付く。

 どくどくと痛むこの手よりも、もっともっと壮絶な痛みを、自分は幾つも与えて来たのだ。
「あ・・・。う、そだ・・・」
「嘘じゃないよ。海里」
 檻の向こうで、あむは言う。
「これは、海里が与えた痛み。海里が自分を守る為に負わせた痛み。海里が作った、自衛の檻」
「・・・出して、ここから、出して下さいっ!」
「無理よ。それは、海里が作ったものだから、あたしにはどうしようもない。この檻は外から触れるものにも傷を負わせてしまうもの」
「そ、んな・・・」
 縋ることも出来ない檻の中で膝を付いた。

「さよなら、海里。1番目アリス」
 愛を囁くような、甘い声だった。
 あむは身を翻し、海里に背を向ける。
「いや、だ。嫌だ! 置いて行かないで!! あむさんっ!!」
 どれ程叫んでも、ただ深い森に吸い込まれるだけで。

 鎖された森の奥、自身で敷いた真っ赤な道だけが、消えない。





1番目アリスは勇ましく 剣を片手に、不思議の国。
いろんなものを切り捨てて、真っ赤な道を敷いていった。
そんなアリスは、森の奥。
罪人のように閉じ込められて。
森に出来た道以外に、彼女の生を知る術はなし。



 一番目は三条君でした。上記は原文なので『彼女』になってますがスルーで。
 人柱アリスとか元々ボカロのパロディみたいなものなのに更にパロとか。どうしようこれ私しか楽しくない(自覚はある)。
 元ネタがある話なので方向はバレバレですが、それぞれなるべく意外な話にしたいですね。

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