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□きみの名は
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「あむちゃん」
 眠れないの?背後からの声に、ベランダの手すりに預けていた体重を支え直した亜夢は振り返る。
「ダイヤ・・・。ダイヤこそ、どうしたの? あんた起きてる方が珍しいのに」
 ふわふわと宙を飛ぶダイヤは、星の道のナビゲートを終えてからこっち、また殆どたまごの中で眠ってばかりだ。ラン達3人が戻って来て、中学の日々は目新しくて、亜夢に寂しいなんて思う暇はないのだけど。
「別に、眠れないって訳じゃないんだけど、何か寝る気になれないっていうか」
「そう」
 最近、亜夢がもの思いにふけることは多い。眠っていてもダイヤは知っていた。
 寧ろ眠っていたからこそ、親であり、同一体でもある亜夢の心はダイヤにも流れ込み、いっそラン達よりも、ダイヤは亜夢の現状を理解していた。

「あむちゃんは、まだ悲しい? あの3人と、お別れするの」
 核心を付いても、亜夢はさして表情を変えなかった。手すりに頬杖を付き、再び身体を前に傾ける。
「まだ・・・っていうか、だって、友達だもん。いつだって悲しいよ。あの3人とも、ダイヤとも離れたくない」
「そんな風に言ってくれるのはとても嬉しいわ。でもねあむちゃん。私達、あむちゃんの友達なだけじゃ居られないのよ」
 ダイヤは亜夢の友人で、仲間で、家族で、姉で、妹で、娘で、けれど何よりも『なりたい自分』だ。
「分かってる」
 亜夢はさらりと答える。
「あの時、あたし星の道ではしゅごキャラ自身が『大丈夫』と思ったらお別れなのかなって、言ったけど、あの子達はあたしなんだから、結局、あたしが『あの子達がいなくても大丈夫』って、思ったんだよね」
 いつの間に、自分はそんなに強くなったのだろう。亜夢は思う。
 亜夢のしゅごキャラは小学5,6年で生まれた。傾向からしてかなり遅い方だろう。
 もう何年もずっと共に在ったヨルが消えた時、幾斗はどんな気持ちだったろうか。
 キセキが、ペペが、クスクスが、イルが、エルが、リズムが、てまりが、ダイチが、ムサシが消える時、皆は果たして何を思うだろうか。

「まぁ、結局往生際悪く取り戻した辺り、優柔不断っていうか、アレだけど」
「あむちゃんが良いなら、それで良いのよ。私も、ランも、ミキも、スゥも」
 ふふ、とダイヤは楽しそうに笑う。ダイヤとラン達の対面など数える程だけれど、矢張り彼女達は誰よりも分かり合っている。
「そう言えばあの時、ダイヤだけ消えなかったよね。まだ、皆手放せる程、強くないってことかな」
 どうかしらねぇ、言ったダイヤは暫し考えるような素振りを見せて、
「・・・私ね、ほんとは、あむちゃんの『なりたい自分』じゃないの」
「え・・・?」
 黙ってて御免ね。茶化したように笑いながらも、ダイヤの声は真剣そのものだった。

「あむちゃん、私を産んでくれた時、6年生になって、季節が変わって、クラスが変わって、あむちゃん自身の考え方何かもどんどん変わって、それに凄くわくわくしてたでしょ?」
 春、新年度、新学期、楽しいことがありそうな予感がする。月並みにそう思った。いつも不安が先に立つ亜夢には珍しく、期待と希望で胸がいっぱいだった。
「そんな『変わりたい』気持ちから生まれたのが、私なの。あむちゃんの『どうなるんだろう』から生まれたから、ラン達みたいに具体的な『なりたい』がないのよ」
 運動とか、絵とか、料理とか、素直とか、クールとか、女の子らしいとか。そういうものがない。
「だから、普段起きていられないのね。しゅごキャラの存在は元々希薄だけれど、中でも私は特別だわ」
 特別に、亜夢が自分を必要とした瞬間だけ目覚め、導く。それしか出来ない。
 そもそも普通、そんな曖昧な感情からではしゅごキャラは生まれない。亜夢だからだ。たまごを3つ同時に産む程の、ココロの強さと豊かさがあってこそ。

「なのにあむちゃん、いきなり『やっぱり変わりたくない』って、思っちゃったから、簡単に×が付いちゃったの。それは、私の根本だったから」
 ほんとの自分って何?そんな悩みはあまりに日常的で些細なものだ。だから、あの時ラン達は×たまにならなかったし、たまごに戻りもしなかった。
 けれどダイヤの存在意義に、それはあまりにも深く食い込んだ。単なる×キャラにもなれず、別のキャラに変質する程に。
「そんなでも、ダイヤ、あたしのこと導いてくれたんだね」
 歌唄と戦いながら、亜夢は何度もダイヤの声を聞いた。生まれた理由を否定されて、亜夢の元を去ったダイヤは、それでも亜夢に呼びかけ続け、亜夢を光に導いた。
「御免ね。辛かったよね」
「謝ること無いわ。辛かったのはあむちゃんだもの。それに、そんなに難しい話じゃないのよ」
 ダイヤの小さな掌が頬に触れる。
「唯世君も、幾斗君も、ややちゃんも、なぎひこ君も、海里君も、りまちゃんも、空海君も、歌唄ちゃんも、光君も、そして私達も、皆あむちゃんが大好きなだけなのよ」
 それは酷くあっさりと、まるで世界の定義であるかのように語られる。

「私は希薄な存在だけど、それでも生まれて良かったと思う。こんなに曖昧なのに生まれることが出来たのは、とっても幸せなことだと思うの」
 亜夢は、ああ、と思った。
 素直で元気なランも、クールで惚れっぽいミキも、女の子らしくて穏やかなスゥも、あたしじゃないみたいで、でもあたしの一部で、それはとても愛しいもの達だ。
 そして、最後に生まれた曖昧な、ふわふわな、

 ダイヤは、誰よりもあたしなんだ。

 それでも、ダイヤはこんなに煌めいている。それはダイヤが自分を信じているから。自分は幸せだと、生まれて良かったと、確信しているから。
 目が眩みそうになって目を伏せると、呼応するようにダイヤも少し俯いた。
「でも、ちょっとだけ残念」
 煌めきは微かに弱くなる。
「私、名前がないでしょう? しゅごキャラは皆最初から、持ち主の『なりたい』姿と、名前を持って生まれて来るけど、私にはそれが無いから」
 ナビゲーターとしての姿は与えられたけれど、ダイヤは自分の名前を知らない。
 亜夢が何度も呼んでくれた、『ダイヤ』の響きが嫌いな筈も、ないけれど。
「そんなこと、ないよ」
「あむちゃん?」
 亜夢は両手を伸ばして、ダイヤを胸に抱え込む。
「生まれた時は、そうだったかも知れないけど、でも、いつだってきらきらしてて、にこにこしてるダイヤみたいに、あたし、なりたいって、思うもん」
 きっぱりと迷いなく、亜夢は言う。聞いたダイヤの目が、見開かれて、

「・・・ヒロ、だわ」

「え?」
 ぽつり、ダイヤが呟いて、亜夢がそちらへ顔を向ける。
「そう。思い出したわ。ねぇあむちゃん、私、私ね、ヒロよ。ヒロっていうのよ、あむちゃん!」
 あむの胸元を小さな両手で掴んで、涙すら浮かべた満面の笑顔でダイヤ―――ヒロは名乗った。
 暫し戸惑った亜夢も、つられたように微笑んで。
「そっ、か。じゃあ、明日、皆に紹介しなくっちゃね」
 改めて宜しくね、ヒロ。亜夢とヒロは顔を見合わせて笑った。

 無理矢理に取り戻したたまご達だから、多分この先はそんなに長くないけど、でも、大丈夫。
 だってあの子達はあんなに強いもの。あたしから生まれた、可能性達。
 手放すんじゃない。消えるんじゃない。取り込むのだ。ひとつになるのだ。
 彼女達は、あたしになる。
 だからきっと全部、大丈夫だ。亜夢は目を閉じる。

 良く眠れそうだと思った。


 アニメ終了記念に書こうと思ったのに原作設定になってしまった。
 まぁ原作も本編は終わったんだしその記念ってことで。
 これで『大丈夫』って思っちゃったから、翌日4つ纏めてたまごが消えてるとか?
 ひたすら独自解釈語ってるだけで同人的には何一つ面白くない代物ですいません。
 ダイヤの名前については『然様ならば』でも少し触れましたが、改めてそうだと良いなって声高に叫んでみた。別に名前があることだけ発覚すれば何でも良いんですけど。

備考:ヒロ=同一事務所に所属していた太田裕美もキャンディーズのオーディションに参加しており、メンバーになる可能性もあった。もし実現していれば、ラン・スー・ミキに倣って「ヒロ」と呼ばれていたであろうと言われている。(参照:Wikipedia「キャンディーズ」)

263 幸せを育む

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