コロコロ系

□母の背中
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「貴方はもう―――・・・子供じゃないのよ」

 あの人の、高い声が突き刺さり自分の足場を奪う感覚。
 それはいつかの、忘れた(けれど、忘れきれない)記憶。





「おや、貴女確か、えぇと、」
「・・・ヒカルだ。波佐間ヒカル」
 あぁそうでした。言った氷魔はヒカルさん、と一度確かめるように呼んでにこりと笑った。
「何だ、お前もこの大会に出るのか」
 もう2時間程の後に開催されるチャレンジマッチまでの時間潰しに入った喫茶店で氷魔に出くわし、先の台詞。
「いえ、僕は今回は観戦です。目ぼしいブレーダーはマークしておこうかと思いまして」
 言いながら勝手に向かいに腰掛ける。
「データで勝てれば苦労もあるまい」
「けれど多過ぎて困ることもないでしょう。特に実力が拮抗していれば」
 何となく自分の事を言われた気がしてヒカルは顔を上げる。しかしヒカルは氷魔のことを殆ど知らない。
 鋼銀河の幼馴染。クレイアリエスの使い手。決して弱くはない。そんな程度の情報。

「で、僕なりのデータベースを持っているんですけどね、」
 分厚い手帳を手に、また笑う。
「女のブレーダーって、思った以上に貴重何ですね」
「・・・だから何だ」
「いえ、」
 古馬村では村民皆がブレーダーだったので、女など珍しくも何ともなかった。しかし村の外では、増してチャレンジマッチで名が上がるような実力を持った女ブレーダーは殆ど居ない。
 それこそ、ヒカル1人と言っても過言ではないくらいに。
「女の方が、一般に闘争本能が薄いらしいからな。それに、実際腕力何かの問題で多少不利なんじゃないか?」
「そうですね。確かに。では、」
「・・・」
「貴女は、何故ブレーダーに?」
 初めからそこへ会話を落とし込もうと思っていた。そんな聞き方だった。
 自然ヒカルの眉は微かに顰められる。
 暫しの沈黙。
「・・・母さんの、夢だったんだ」
 ぽつり、呟いた声に氷魔が微かに目を見開いた。
「私の母さんはブレーダーで、でも、今は病気で・・・。だから、代わりに私は、母さんの夢を叶えなくちゃいけない、から」

『ヒカル。私のヒカル』
『貴女は、世界一のブレーダーになるのよ』
『私の叶えられなかった夢。母さんの代わりに、きっと』

「・・・馬鹿馬鹿しい」
「!」
「母親の夢? そんなもの、貴女には関係ないことでしょう。貴女が世界一のブレーダーになって、それで母親の病気がどうにかなる訳でもないのに」
「何だと、貴様・・・っ!」
 ヒカルがいきり立つ。当然だ。
 このままじゃ殴られるかも。でも、反応出来ない。
 ああ、嫌なことを思い出した。





 氷魔は、実の母を母と呼ぶことを許されていなかった。
「どうしてあなたを、お母さんて呼んじゃ駄目なの?」
 怒られる、と思いながらも聞かずにはいられなかった理由。
 次の言葉に身を固めていると、意外にも母親は怒った様子もなく、吐き捨てるように「貴方は他人だからよ」と言った。
 当時3歳だった氷魔には意味が分からなかったが、少し後に知る。

 氷魔は、古馬村を納める鋼一族に仕える身として選ばれた子供だった。
 鋼一族の満5歳になった男子1人に付き1人。村で最も歳の近い男子が捧げられる。
 今回のハズレに当たったのが自分なのだと氷魔は思った。

 6歳になった氷魔はその年満5歳を迎える鋼一族の息子へ『与えられる』ことになった。

「氷魔」
 母親の元を離れる朝、彼女に呼び止められ、酷く久しく呼ばれた自分の名前が嬉しくて、泣きながら振り向いた。
 母の顔は厳しい。
「貴方は、今から氷魔よ。**氷魔じゃない。唯の、氷魔」
 何で、と、問うことすら出来なかった。
「貴方は、今日から鋼一族のものなのよ。名字何て、家何て、ないの」
 僕は鋼一族の者。
「貴方が名乗る姓は、もうないの。だから忘れてしまわなければならないのよ」
 違う。僕の姓は鋼ですらない。
「貴方はもう―――私の子供じゃないのよ」

 僕は今日から、鋼一族の物。





「・・・氷魔?」
 反応を返さない氷魔に、瞬間溜飲を下げたヒカルが訝しげに声をかける。
「僕ね、母さんが好きでした。母さん、だった、人」
 今は、どうとも思ってないけど。驚いたことに名字は本当に忘れてしまった。その顔すら、何故だか思い出せない。
「・・・」
「親なんて、自己中極まりないでしょう?」
 もうとてもデータ収集など出来る気分ではない。今日はこのまま宿に向かおう。
「人それぞれだろう」
 あっさりと、ヒカルは答えた。
「母さんの代わりにというのは切っ掛けだ。私がブレーダーを続けているのは、唯、好きで、楽しいから。・・・それだけだ」
 言いながら立ち上がる。
「それを思い出させてくれたのは、銀河だけれど」
 言葉を残し、店を後にする。いつの間にかチャレンジマッチの開催時刻が迫っていた。

 唯、好きで、楽しいから。
 自分だって、そうだ。バトルが、アリエスが、・・・銀河が、好きで、
 単純で、なのに忘れがちな原点。本当は、恨んでいる暇も思い出している暇もない。

 氷魔は店を出ると、既に見えなくなった赤い背中を追った。


 氷→銀←ヒカ前提氷ヒカ・・・みたいな。
 生い立ち捏造すいません。氷魔の過去とか無駄に壮絶だったら良いなと思う。

64 そこにあるのにぼやけている

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