遊戯王

□「俺」なんて幾らでもくれてやる
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「・・・くっ」
 前から、呻くような声。
 派手なエンジン音と飛沫に一度意識を向けてからそちらを向いた。

「十代、そんなに焦るな」
 この小さなモーターボートは、明らかにこんなスピードで走るように、というか走り続けるように出来ていない。
「けど、急がないと・・・」
 意外にも落ち着いた表情と声色。
 険しい目つきには変わりがないが、焦っているのはどちらかと言えば俺の方で、
 十代の額の汗が、どうやら焦りからではなさそうだ、と悟った。

「・・・十代?」
 何処か、様子がおかしい。
 じっと見ていると、どうやら左腕を庇っているらしいと。
 そうだ。
 そう言えば、こいつさっきまで倒れそうだったじゃないか。

「おい、十代」
「何だよ」
「運転代われ」
 真剣に言うと、十代はちらりとこちらを見てから笑った。

「お前、免許持ってないだろ」
「お前は持ってるのか?」
「持ってる訳ないだろ」
 やっぱりか。

「大丈夫だよ。あそこまで行けたんだし、バイクも乗れたし」
 おいおい。どんだけ無茶してんだこいつ。

 ぎゅ、

「ヨハン?」
「・・・冷たい」
 重ねた下の、風にさらされた十代の手はとても冷たくて、
 そんな場合じゃないのに、一方的に泣いてやりたくなった。
 憐れんで、慰めて、自己嫌悪して、叱咤して、好きだって、本当好きだって、伝えたくて、

「ヨハンの手はあったかいんだな」
 十代は少しだけ寂しそうに言った。
 多分、十代も普段は同じくらいだと思う。
 俺と、十代だから。

 万丈目とはえらい違いだ。

 微かに、そんな風に届いて。
 なんだよ、結局、
 そういうのはエンジンと潮風が消してくれればいいのに。

「手」
「え?」
「手があったかいのって、生物学上は欠陥何だぜ」
 訊き返すと、少し眉根を寄せた十代は油断なく前を向いたまま。
「手があったかいってのは、末端まで血流がさかんってことで、ようは体温奪われやすいってこと」
 それは、俺に言っているのか自分に言っているのか今一つ判断がつかなかったが。
 俺はただ、ああ、十代だなぁ、と、

「じゃあ、奪えよ」
「・・・」
「俺はもう犠牲になるなんてそんなことは言わない。でも、お前が欲しいって言うなら、」
 俺、何だってくれてやりたいよ。

 あぁ、
 結局泣くのか、俺。

「悪い」
 何に対してか、短く。
「謝るなよ。お前にはまだ、色んなものが必要だ。必要なもの、守る為に」
「うん。ありがとう」
 一度、ゆっくりと瞬きをした。

 もう何でもいい。あいつの為でもいいよ。
 十代がそうしたいって願うなら。
 馬鹿だった俺が捨てようとして、お前が守った『俺』を、
 お前の笑顔と引き換えに差し出すことを、どうして躊躇えるだろう。

 だって、俺、お前が好きなんだ。なぁ、十代。

「早くハンドル寄越せ。急ぐなら尚更」
「・・・ああ」
 一度目を閉じた十代は、切れそうな鋭さで呟いて。少し暖かくなった手をヨハンのそれから離す。

 十代の手も、その熱もまだ必要なものだ。
 十代自身に、俺に、あいつに、この世界に。

 俺に必要なのは俺より十代何だ。

 ハンドルを握る。運転の仕方は大体見てた。
 大丈夫。十代に出来るなら俺にも出来るさ。
 あいつだけが定められたこと以外なら何でもやってやれる。
 風に、波に、待ち受ける何かに、きっ、と前を見据えた。

 さぁ、
 奪うなら、奪えよ。


 172話。ヨハン再登場おめでとう。もしかして今までで一番十ヨハっぽいんじゃねぇのこれ。
 やっぱ、十代が一人で運転するのおかしいと思うんだ私・・・。
 これで次回十代がハンドル握ったままアカデミアに滑りこんだら笑えない。

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