□はじまりの5年後
1ページ/1ページ

 ごぉん、と鈍く遠く爆音が響くのを聞き届けてから、俺は4度のノックの後、停まった車の扉をゆっくりと開いた。

「どう?」
 10代目は車を降りると短く状況を問い、俺は幹部以下は殆ど撤退し、そうしないものはあらかた始末したことを報告した。
「・・・交渉は出来そうかな」
 硝煙を上げ続ける小規模なマフィアのアジトを見上げて、10代目は独り言のように呟いた。

 若干18歳で大マフィアボンゴレのボスを就任した10代目は、本部のあるイタリアへは行かずこちらにアジトを作ると仰った。
 異を唱える者がいなかった訳ではないが、ボスも守護者も日本に在住しているという事実もあってそれは受け入れられ、10代目は取り敢えずこちらに元々置かれていたアジトの一つを拠点にしている。
 ボス就任からはまだほんの1ヶ月程にも関わらず、10代目はその肩書きに恥じない働きを見せていた。
 しかし彼が信頼されるのは、その結果もさることながらいつしか揺るぎないものになったその精神力と、付随する自信によるところが大きい。

 この人ならば間違いはないと。俺が5年前そう思ったように。

 現地へ実際に足を運ぶのはこれが初めてだったが、10代目は少しも動揺を見せなかった。
 まぁ、リングを巡って戦ってた頃に比べれば実際危機感も薄いけれど。

「そもそもボスが逃げてない保証はないんですが、どっちにしても向こうに抵抗する力は恐らくありません」
 たった今ダイナマイトを片手にこの目で中を見たが、当然ながらそもそもボンゴレとは規模が違う。何を考えてスパイなど送り込んだのか。
「10代目が心配すること何て何もありませんよ」
 じっと立ち上る煙を眺めている10代目に、場違いに弾んだ声色で、
 何者にも貴方の邪魔はさせないと。貴方が気に病むようなことは何もないと。

「これでボンゴレの発展は約束されたも・・・」
「獄寺君」
 遮るように名を呼ばれて、目が合った瞬間に息が止まった。

「無理、しなくてもいいよ」

 痛いくらい澄んだ笑顔だった。
 喉を射す冬の空気のようだった。
 着火に使ってそのまま咥えていた煙草が足元に転がる。

 ・・・違う。違った。
 そうだ。何で気付けなかった。
 俺は、知ってた筈だ。何時の間に忘れてしまった。

 10代目は、ボンゴレじゃない奴が傷付くのも嫌なんだ。

 10代目はお優しい。そんなこと出会った時から知ってる。
 仲間が傷付くのが嫌だというなら、そうならないように俺が出来る限り強くあるだけだ。
 民衆を巻き込みたくないというなら、そうならないように俺が敵を探り考え出し抜けばいいだけだ。
 けれど、これじゃあ、俺は、俺が、
 どうやったって10代目を、苦しませてるんじゃないか。

 俺は無理なんてしていない。
 人を殺すのは嫌いだ。好きでやるような奴はボンゴレには要らない。
 それでも10代目の為なら俺の負担なんて無理でもなんでもない。
 けど、それを10代目が厭うとしたら、俺はどうすればいい。

「・・・君は、ようやく分かってくれたのかな」
 絶句する俺から目を離すと、10代目は作らせたばかりの拳銃をケースから取り出した。
 銀色の小型拳銃へ指を滑らせて、確かめるように宙を向けて構える。
「でも、一層自由を失った」
 それを下ろすと俺を振り向いて、俺は断罪を受ける恐怖に今にも逃げ出しそうだったけれど、実際は目を逸らすことすら出来なかった。

「俺ね、昔は君が怖かったんだ。ダイナマイトも怖かったし、俺なんかに命をかけるって冗談じゃないと思ったよ」
 唐突に話し始めた貴方の言葉に、俺は『俺なんか』だなんて言わないで欲しいとずれた感想を抱いて、
「君は、昔は自分の為に俺のことを考えてたね。今は、俺の為に俺のことを考えてる」
 昔のことを言い当てられて身が竦んだ。バレていない筈などなかったのに。
「じゃあ君は何処へ行くんだろう」
 虚空へ投げられた問い。その瞳の色は深く。
「怖いなぁ。俺は俺の為と、君達の為にボスになった筈なのに、君達から奪うことしか出来ないでいる」
「・・・じゅ、」
「いつか俺は君達を殺すんだろうね。例えこの手が引き金を引かなくても」
 砲身を俺へ向けた10代目が目を伏せた。ようやく手を伸ばした俺はそれに左手を重ねる。
 忘れられた煙草がじぃと悲鳴を上げて燃え尽きた。

「俺はどこへも行きません」
 俺は怖れ多くも右手の指先を10代目の左胸へ触れた。10代目は俺の少し向こうへ視線を向けたまま動かなかった。

「俺が10代目のことだけを考えていても、10代目は俺のことも考えていて下さいます」
 貴方に奪われたものなど何もない。もしあったとしたらそれは貴方が俺達の為に受け入れたものだ。
 その代わりに俺達が貴方から得たものは、決して引き換えなどではない。
 俺達が貴方に殺される日が来ても、貴方を恨むことの出来る奴なんてきっといない。

 10代目は、自分の為だけに生きる人をお好きではない。
 けれど、誰かの為だけに生きる人のことはもっと、
 それをようやく理解して、なのに一層どうしようもなくなった俺を、それでも彼は、

「だから、俺はここへ還って来ます」
 まだ、大空は俺達の元に。

「昔はね、俺、君のこと好きだったけど、嫌いだった。勿論今も、好きだよ。だけど・・・」
 10代目は、昔は俺のことが怖かったのだと言った。
 喧嘩がお嫌いな貴方の前でダイナマイトを放った俺が。
 ご自分が好きになれない貴方に勝手に命懸けで仕えた俺が。

「もう嫌いには、なれそうもない」

 ゆるく首を振った10代目の目は哀しげな色を多分に含んでいた。
 10代目の中で畏怖と引き換えに増大した俺への感情は信頼と憐れみだった。

 昔、勘違いと思い込みだけで行動していた俺が、今ようやく10代目を理解出来たのかも知れないと10代目は仰った。
 そして一層自由を失ったと。
 俺は10代目をようやく(もはや今更だ)少しは理解出来て、だから彼の為だと何も考えず、何でも躊躇わずやっていた昔にはもう戻れなかった。
 そして、そんな俺を嫌悪することすら、10代目は出来なくなった。
「行こうか、獄寺君」
「・・・」
 返事一つ出来ない俺に苦笑した10代目は、大丈夫だよ、と囁いた。

「俺達、きっともっと仲良くなれるから」
「・・・はい」

 拭いもしない涙は気付かなかったことにして漸く返事をした俺は、白いスーツを纏った10代目の背中を追って静かに戦場へ飛び込んだ。


 5年越しでやっと本当に友達になれた2人。長かったなぁ・・・。
 ちょっと詰め込み過ぎた感があるけど満足。
 これから先の獄はつー様や山本程でなくても超いい男になると思う。

ひび割れた空から注ぐ日差しはあまりにあたたかくてやさしくてなきそうになった (13の部屋 仟)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ