□振り切った想いは
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「お疲れ様でした」
 午後になり、ようやくひと段落付いて、人がまばらになった中で棺に歩み寄った綱吉は静かに呟くようにそう言った。

「貴方のお陰で、俺は普通・・・じゃあなかったかも知れないけど、中学生活を送って、高校にも行くことが出来ました。それに、俺がボスになっても日本に残るだなんて我儘を押し通せたのも、半分くらいは貴方のお陰だったのかも知れませんね」
 訥々と、熱くなりそうな息をこらえて綱吉は笑う。
「俺何かに全部譲って、少しも安心は出来ないかも知れませんけど。俺なりに、きっとどうにかやっていきます」

「ツナ、お疲れさん」
「あぁ、ディーノさん・・・」
 かけた声に振り向いた綱吉はやはり微笑んでいたけれど、その顔には疲労の色が見え隠れしていた。
 昨日唐突に、本当に何の前触れもなく息を引き取ったボンゴレ9代目の葬儀の為に、日本から急遽訪れた綱吉は、連絡を受けてから恐らく一睡もしていないのだろう。

「ボンゴレ、」
「ん?」
 あまりに急過ぎる事態にリボーンや守護者達の手は空いておらず、一応は守護者だからと一先ず連れて来られた未だ仕事を受け持つことのないランボが、所在なさげに綱吉へ声をかけた。
「ランボ、どうかした?」
「あ、えっと・・・」
 歯切れの悪いランボに、綱吉は一息付いて笑いかけると、
「4時間後に経つから、ランボはボヴィーノへ挨拶に行っておいで。ついでに俺が直接出向かなかったことを謝っておいて」
 聞いたランボは弾かれたように顔を上げ、たっぷり数瞬呆けた後に頭を下げた。
「あ・・・。はいっ、ありがとうございますボンゴレ!」

 すぐさま駈け出したランボからこちらに視線を戻した綱吉は苦笑交じりに眉を寄せる。
「・・・言い方悪いけど、いつが最後になるか分かんないでしょう」
 特に、俺達は職業柄、と続けて、綱吉は自嘲とあわれみの間のような表情をした。

「どうする、まだここに居るのか? 飯なら案内してやるけど・・・」
「いえ、ちょっと・・・」
 重い空気を振り払うように話題を変える。しかし綱吉は控えめに断わりを口にした。
「俺、この後用があるので。ディーノさんこそ、まだここに居るんならランボにこれを渡してくれませんか?」
 先程の自分の台詞を忘れたように、飛行機のチケットを差し出して綱吉は立ち上がる。

「どこ行くんだよ?」
 問うと、綱吉はあー・・・、と暫く言葉を濁した後に、白状した。
「9代目の死を隠蔽しなきゃ、いけないので」
 ボンゴレ9代目の死は、まだボンゴレとその傘下のファミリーの上層部、中でも一握りの人間にしか知らされていない。
 行動が迅速であればあるほど口止めは容易だ。
「ツナ」
 綱吉の言うことは最もだったが、ディーノは立ち上がりかけた彼を制し、言った。
「噂になれば攻め入ってくるだろうけど、そんな浅はかな奴らボンゴレの敵じゃないだろ。それを口実に返り討ちじゃねぇか。逆に一気に潰すチャンスだぜこれは」
 綱吉は未だ20を過ぎて間もないし、その働きは中小マフィアにまでは届いていない。ボス就任から5年に満たない綱吉は早い話嘗められている訳だが、しかし彼の力は実際のところ9代目の全盛期に比べても決して劣らない。
 襲撃に遭ったところでボンゴレに傷一つ付かないだろうことは明確だった。
 黒いスーツの中にも油断なく忍ばせた鞭の存在を仄めかしてディーノは笑った。そうして逆境を追い風に成長してきたのはボンゴレも、キャバッローネもだ。

 綱吉は半端な体勢から、立ち上がって真っ直ぐに正面からディーノを見据えた。
「だから、ですよ」
 ゆっくりと、言って、そして一拍置く。

「俺の知名度が上がるまで隠し通せば、無駄な犠牲、出さなくても済むでしょう?」

 そう言ってゆるりと笑ったツナは、15でボスを就任して、経済学や武道を習いながら、銃を握る度に泣いて、吐いて、それでも部下の為にと、震える足で這いずっていた頃の俺に、すこし似ている様な気がした。
 それは、あれから俺が得た沢山の力と引き換えにしても、たぶん失ってはいけないもので。

「・・・・・・そうだよな。悪かった。じゃあイタリアの方は任せてくれていいから、お前は早く日本に帰ってやれ」
「いいんですか?」
「あぁ、ついでにボヴィーノに寄ってこれも渡しといてやるよ」
 言いながらチケットをポケットに押し込むと、綱吉は申し訳なさそうに控えめに笑う。その表情だけは出会った当時と何ら変わりないように感じた。
「ありがとうございます」
「や、少しは兄弟子らしいこともさせてくれ」
 互いに何かあったら連絡することを約束して、綱吉はディーノに背を向けた。

「・・・ディーノさん」
「ん?」
 不意に、振り向かないままで綱吉がディーノを呼んだ。
 ディーノが顔を上げるのと同時に、顔だけをこちらに向けた綱吉と正面から視線が絡む。
「また来ますので、その時はお昼奢って下さいね」
 噛み締めるように綱吉は言う。暗に、その時まで死なないで、と。

「おう、期待しとけ」
 茶化すように笑ったディーノに綱吉も笑って、彼は今度こそ振り返らず。
 職業柄、いつが最後になるか分からない自分達だからこそ、いつだって『次』を考えては、これ程強く待ち望むのだろうか。
 姿が見えなくなる直前の綱吉を、半ば反射的に呼び止めそうになった自分に苦笑して、ディーノは振り払うように自分も踵を返すと、少し離れた場所へ待機していたロマーリオを呼んだ。

 しっかりしろ。俺はキャバッローネのボスなんだ。感傷に浸っている暇なんてない。
 ツナだって、あんなにも強くあるじゃないか。

 早速胸を過ぎったその名に少しだけ何かが痛んだけれど、一度目を閉じて開いたディーノはもうボスの顔をしていた。
 それでも一度だけ、胸中で呼びかける。いつでも強く優しくある弟弟子に向けて。
( ・・・待ってるからな、ツナ )

 振り切った想いは、全て再会の約束に乗せて。


 中盤のやり取りが書きたかっただけなのですが、9代目愛が高じて冒頭が長々と。9代目、もし未来編で死んでなかったら本気でごめんなさい。
 何となく、綱ディノとか書いたらいかにも「綱総攻め」って感じするかなーとか、思ってさ(動機が不純)。
 この翌年辺りにつー様殺されて、結局再会は果たせなかったんだぜという裏設定。

309 次はいつ君に会えるんだろう。その日を楽しみにしながら笑顔で生きるんだ(後日、君には二度と会えないということを知った)

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