□最初で最後のそれは
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 ぱぁん、と、届いた音は酷く遠いようにも耳元で鳴ったようにも感じられた。
 それはひたすらに不吉なもので、瞬間俺と獄寺は視線を交わして駈け出していた。

 ミルフィオーレが話し合いの場にボンゴレボス1人だけを寄越せ、と言ってきた時には、しかもそれをツナが二つ返事でOKした時には、幾ら考えの足りない俺だって猛反対した。
 俺でさえそうだったのだから、獄寺は縋りついてでも引きとめる気だったようだった(雲雀は長くこちらへ帰って来ていなかった。居たらあいつだってそうしたかっただろう。出来るかどうかはともかく)。
 けれども結局俺も獄寺も、もしここに居たとしても雲雀や先輩や六道や髑髏だってツナに本当の意味で逆らうことは出来る訳なくて。

 だから、俺と獄寺の、本当に俺ら2人だけを連れて、ツナは話し合いの場に赴いた。
 約束は俺1人だから、そう言って少し離れた場所へ待機させられて、一体どれくらいだったろう。感覚が随分狂っている気がする。
 そして届いた、あってはならない音。

 走って、辿りついて、俺と、獄寺は同時に足を止めた。
 否、止まった。

 視界の先、取り囲むように静かにミルフィオーレの奴らが立っている、その、中心に横たわっているのは、
 真っ白いスーツを、酷く視線を縫い止める紅へ染め上げているのは、

「じゅう、だ・・・・・・?」

 ふらり、と獄寺が一歩そちらへ歩み寄り、その靴がじゃり、と音を立て、
「獄寺っ!!」
 我に返った俺は声の限り叫ぶ。
 認識させてはいけないと思った。
「あ・・・」
 ふ、と、獄寺の瞳が揺らぐ。
 駄目だ、駄目だ!

 このままじゃ、こわれる。

 刀を逆手に握って思い切り振り下ろす。かわそうとしない(というか多分気付いてすらいない)獄寺の首筋にそれは強く食い込んで、
 声もなく気絶した(させたんだけど)獄寺を肩に担ぎ、右手でツナを抱え上げた。
 力を失った身体はぐらりと俺の腕にしな垂れかかり、しゃらりと胡桃色の髪が蒼白になった顔を覆う。粘度の高い血が掌を濡らした。

 ぞ く り 、

 震えが走り抜ける。一瞬で戦慄した。
 残る温かさに、しかし相反する冷たさに。
 見かけ通りの軽さに、しかし腕に絡む重さに。

「ひ・・・」

 何の事はない。俺だっておかしくなりそうなくらい昆乱していたんだ。
 俺のこの先の人生、ツナが占める筈だった膨大な場所が突然空洞になったことに。
 さっきは獄寺を助けなければならないと、二人を抱えて逃げられるのは俺しかいないと思ったから動けたのだ。
 けれど、分かってしまった。

 もう、ツナは俺達の頭上へ戻ることはない。
 俺達の大空は、失われたのだ。

 足元から、頭上から崩れる感覚。
 急速に足から力が抜ける。
 唐突にここから逃げる意味が見い出せなくなった。
 いや、明確だ。それは殺されない為に、生きる為に。
 けれど、生きる意味そのものが瞬間酷く曖昧になり霧散して。

 走り出すことが、出来ない。
 俺達がここから逃げることを、もう俺も獄寺も望んではいない。

 どく、

「・・・!?」
 今更のように、ツナの胸に空いた穴から一度大きく血が吹いた。
 既に血まみれだった俺の手を新たに滑り肘を伝って地面へ流れ。

 ぽた、

 一滴、地面へ吸い取られる前に駆け出していた。
 流れる空気が、擦れる地面が酷くリアルだった。

 ツナがまだ生きてるかも知れないだなんて、そんな夢みたいなことを思った訳じゃない。
 ただ、聞こえたんだ。
 恐らく死後硬直に伴う痙攣は、しかしたった一度の『鼓動』は、

『生きろ!』

 確かにそう強く頭に反響した。
 死なないで、生きて、いつもいつも俺達に懇願するように言っていたツナの、どんな言葉にも拒否権を必ず添えていたツナの、最初で最後の、それは命令だった。

 あぁ、あぁ、ツナ。

 生きるさ。俺も、獄寺も、雲雀も六道も髑髏も先輩もランボもイーピンもランキング小僧も姐さんもハルも笹川も皆。
 誰も死なない。誰も死なせやしない。
 ただ全力で走った。追われる気配はなかった。

 それでも走り続け、何時間経ったのか、いつの間にか静かに降り始めた雨に唐突に気付く。
 俺達を守るように、覆うように、鎮めるように、悼むように。
 洗い流される赤が彼の悲しみであればいい。
 全部流れて消えればいい。新たな哀しみは決して負わせないから。

 なぁツナ、

 謝ったらお前は悲しむか?
 もしそうなら俺はそうはしないよ。
 お前が死んだのは俺の所為じゃない。
 でも、いつもそうだったように俺の、俺達の為なんだよな。

 だからさ、これだけ。

 徐々に速度を落とす。既に危険はない。
 雨を避けて木の下へ入ると未だ起きる気配を見せない獄寺を横たえ、ツナの身体を両腕で抱えた。
 あぁ、この細い腕の何処に、あれほどの強さがあったのか。
 この小さな躰で、一体どれほどの運命を背負ったのか。
 無言のままかき抱くと、雨の匂いに交じって酷く懐かしい香りがした。

「・・・・・・ありがとな。ツナ」


 獄や雲雀さんよりは余程消化(昇華)するのが上手いと思うんだこの人は。
 泣いてもつー様は喜ばないのは皆知ってるけど、笑ってたら喜んでくれる事に気付いてるのはこの人と京子ちゃんくらいな気がします。

44 抱き締めた身体はもう冷たかった

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