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□今日と明日と
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「ダン君。久しぶりね」
「ああ」
ダン君が鳩留町から引っ越すのだという。
かつてシュン君が住んでいて、2年前にマルチョ君が引っ越して来て、隣町にルノが住んでいるこの町を出て行くのだと。
「ねぇ、どうしてこんな所に?」
引っ越す前に会いたいと言うと、彼は場所を指定して来た。
寂しがってるルノ達と違って、私は元々ロシアに住んでいるから、多少近くなっても遠くなっても大差は無い。
それに、私にとって物理的な距離は余り関係の無い事だ。手の中で黒いカードが閃く。
2年前、世界最強だったバトラーが残した、空間を繋げるカード。
もう仮面は無くても、今の私はマスカレードだった。
「スペクトラと、この街でバトルした時」
ダン君が目を伏せた。
「俺が場所を決めろって言われて、だったらここが良いって思ったんだ」
ここは俺が今までで一番強い奴と戦って勝った場所だから、と。
私達を囲む闘技場の空気が、かつての激闘の残滓のように揺れる。
この2年間気配すら見せなかったマスカレードは、ヒュドラと再会した事もあってかHEXのシャドウとのバトルの時に確かな片鱗を見せた。
嫌でも自覚させられた。彼はまだ私の中に居る。彼を『封印した』と思っていた私の認識は正しかった。
彼は、ただ眠っていただけだ。
「・・・私は、マスカレード」
シャドウに告げたように呟く。
「そして俺は、アリスだ」
ダン君の丸い瞳が瞬いた。
「会いたかった」
「・・・」
「そんな顔をするな。唯の本心だ。俺は、お前が好きだよ。だって俺は、アリスの望みの顕現だ」
強くなりたかったのも。ダン君の傍に居たかったのも。
そう。私は、強くなりたいと思っていたの。
バトルブローラーズの一員なのにバトラーじゃない、戦うのが嫌いな私は。
それでも受け入れられてるって思ってたし、あの時の距離と関係性に、このままで良いって思ってたのは確か。
けれどいつか、戦えなければ、強くなければ居場所を失うかも知れないと。ダン君の傍に在れなくなるかも知れないと、きっとどこかで怯えていた。
『戦うのが好き』な人が、酷く羨ましかった。
ダン君と喧嘩をしながら、光の力を行使する彼女が。
マスカレードが行動を初めて最初にルノが倒されたのは、多分そういう事だ。
「俺はアリスの一部だからな。あんな外見で言うのもアレだが、俺は仮面を外したアリスなのさ」
マイナスパワーを浴びて、理性より弱かった筈の望みが肥大化した、外聞も、体裁も無い、私の本当の気持ち。
「まあ、常識や怖れに縛られて、無意識に演じて生きる部分も含めたのが本当のアリスだとも言えるが、」
ダン君に一歩近付く。
「・・・だからね、HAL-Gがほんとのお祖父様だとか、マスカレードがほんとの私だとか言うつもりは無いのよ」
あんなに強くて躊躇い無いものには私はなれないし。
でもお祖父様は多分、心のどこかでは研究の成果を知らしめたいと思ってたし、私はルノよりもシュン君よりもダン君に認められたいって思ってた。
それは確かに、私達の一部。
「ここで戦った後に、」
2年前の激闘。闇と炎の竜の死闘。
「ダン君、マスカレードにお前が必要だって言ってくれたでしょ」
私がどうしても欲しかった言葉。
「凄く、嬉しかったわ」
私の願いが叶って、彼の、存在理由が果たされた瞬間。
だからマスカレードは、あっさり満足して全てを私に譲って去った。
彼は、私の望みから生まれて私の願いの為に生きた、私自身の一部。
私は、一度は彼を拒絶してしまったけれど、今は彼の罪も身勝手さも、受け入れたつもりだ。
それでも少しずつ、彼は私から手放されるのだろう。
私自身が、彼に近付く事で。或いはそれを諦める事で。
私から生まれた彼は闇に消え、『私』に戻る。
「マスカレードだってダン君を好きなのよ。忘れないであげて」
そして私達がそうして欲しかった分まで、ルノを大事にしてあげて。ちゃんと彼女を笑わせてあげなきゃ、駄目なんだから。
それで私が、どれだけ傷付いたとしても。
マスカレードは、いつでも私の為に笑ってくれた。
彼は醜悪で、凶暴で、残忍で、孤独で、真っ直ぐで、躊躇わなくて、そして優しくて、強くて、私と正反対で、同一だった。
だから私だって、強い筈だ。
ダン君へ、更に一歩踏み出す。
背中を、押された気がした。
ちゅ、
見開かれた瞳が近い。
優しく、美しく、強い。私は戦いが嫌いだけど、戦う貴方が好きだった。
「ア、リス・・・?」
「餞別よ」
私への。彼への。
過ぎ去る初恋への、はなむけよ。
+
ダンアリでダンマスでマスアリ。
『彼』って連呼してますがマス様の表記は『彼女』が正しいかと。
タイトルはGARNET CROWの曲名から。
今日と明日と振り返る日は 何処へも行かない 其処にあるもの
想いだけが自由すぎて 手に負えない時空を巡る
今日と明日とその先まで つなぐ何かはどんなものでしょう
遠くたぐる木漏れ日には 心揺らすやさしさがある
by GARNET CROW 『今日と明日と』