□雨音フラッシュバック
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「10代目、獄寺です」
「いいよ。入って」
「失礼します」
 重厚な扉を4度ノックする。
 返事を聞き届けてから、音を立てないようにノブを回した。

 10代目は、結局俺を追い越すには至らなかった身長に、けれども不釣り合いさを感じさせず大きな机の向こうで退屈そうに書類を眺めていた。
 部屋の中には彼一人だった。

「どうかなさいましたか」
「そんなに身構えなくていいよ。次の仕事の話だから」
 そう言って、10代目は目を通していた書類を傍らに積み上げ、一枚のポラロイド写真を出した。
 そのシチュエーションが同じだったからか、あの日のように微かな雨音が響いていたからか、脳裏に並盛中の教室が一気にフラッシュバックした。思わず呻きそうになってしまって、きゅっと唇を噛む。

 あの日と同じ、俺の前に机を挟んで座る10代目は、記憶の中の貴方と同じように机の上に置いた写真を俺に差し出した、

『何か、近所のさ、子猫がいなくなっちゃったみたいで』
「例のファミリーとどうも抗争が絶えないから、少し気掛かりでね」

 困ったように少しだけ眉を寄せて目の前で、記憶の中で、10代目は静かに言う。

『心配だから、俺も探してみようかなって』
「あんまりやりたくないけど、死人も出てるし、頭を潰すことにしたんだ」

 心配症かなぁ、と同じように続ける貴方は、けれどもあの日は死臭を纏ってはいなかった。

『獄寺君、手伝ってくれる?』
「獄寺君、頼めるかな」

 あの日はそんな顔をしてはいなかった。
 あの日はまだ、泣きたいのを堪えながら、けれども薄く笑ったりは出来なかった筈。

『でも、―――』
「でも、獄寺君にも予定があるよね」

 気遣わしげな声色、言葉。
 めまいがするくらいあの時のままで。

「じゃ、あと2日あるから空けておいてね」

 と後に続いた有無を言わさぬその言葉は、あの時にはなかったものだ。
 けれど、

「『嫌なら、やらなくてもいいから』」

 その言葉は、一字一句変わることなく、あの時のまま。

 変わらない口調、変わったのは少し低くなった声。
 変わらない琥珀の瞳、変わったのはそれの持つ温度。
 精悍な、しかし殆ど変わらなかったその顔は、けれどあの日と違って笑みを湛えたまま俺を見ている。

 変わらないのは、貴方。けれど、変わったのも、貴方。

「いいえ、10代目のご命令とあらば」

 汚さぬようそっと写真を手に取った。
 その俺の言葉も、あの日のまま。

 けれど答えた俺は、あの日のように笑ってはいなかった。
( だって本当は貴方の本意でない命令など破り捨ててしまいたい! )


 獄寺君は、殺しは嫌いですが結構平気です。
 でも、綱様も平気になるに決まってると思ってたのにいつまでも辛そうにしてるから、綱様の命令で殺すのは凄く辛いのです。

66 面影も虚しく木霊する (Short message)

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