□「Boss Vongola,」
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「雲雀さん、飲まないんですか?」
「沢田・・・」
 言いながら歩み寄った沢田は両手に持ったグラスの一方を僕に差し出した。
 無言で受け取って口を付ける。正直あまりアルコールは好きじゃない。基本的に酔わないし、程度を超すと体調不良へ直結するから。

「雲雀さんは来ないかと思ってました」
「僕だって来たくなかったよ」
 こんな群れの中に。
 ボンゴレの傘下のファミリーを集めた、一種の社交パーティーのようなもの。
 沢田の護衛として付れて来られた僕は、けれども壁際から動かないままだった。どうせ彼には自称(ではないのかな、もう)右腕がくっ付いているんだし。
「そうでしょうけど、雲雀さん、俺の守護者で一応部下なのに・・・」

「Boss Vongola, Tunayoshi」

 僕が未だ認めた覚えのない理屈を並べていた沢田を誰かが呼んだ。
 いつしか僕より余程流暢になったイタリア語で、当然のように沢田はそれに答える。
 見ると先程から姿を見せなかった獄寺隼人に連れられた、茶色寄りの金髪を伸ばした女性が沢田へ歩み寄って何事か話しかけた。

 早口なのと、書くことは多くても話すことはあまりない僕には殆ど内容が聞き取れない。

『Vongola』 『Tunayoshi』

 聞きなれた単語だけを耳が拾う。
 どちらも聞き慣れてはいるけれど言い慣れてはいない。

「じゃあ10代目、あとは俺が」
「うん、ありがとう」

 日本語で言葉を交わし、再び獄寺が女性を連れて行った。
 いきなり沢田を下の名前で呼んだのだから、彼女は多分それなりの身分なのだろう。
 そして恐らくは自己主張が強い。

 どうせ、彼は何も言わないし何も思わないんだろうけど。
 それが誰からのものであっても。少なくとも僕からの場合には。
 まぁ、もしかしたら今よりもっと疎ましく思われてしまうのかも知れないけれどそれは現状と大差ないに違いない。

「ねぇ、綱吉」
「はい?」

 瞬間、ぴくりと片眉を上げた沢田・・・綱吉、は、けれども違和感なく僕に向き合い返事をする。

「・・・やっぱり、何でもない」
「何ですか、それ」
「帰る」
 笑った彼に短く告げてそのままホールを出ようと踵を返した。
「別にいいですけど・・・。ごめんなさい。俺はまだやることがあるので見送りは・・・」
「何言ってるの。噛み殺すよ」
 反射的に返した言葉は彼の予想通りだったのだろう。肩を震わせてくすくすと笑った。
 さり気なく僕からグラスを受け取る。あぁ先程の台詞も含めていつもこういう対応をしているのか。

「また何かあったら連絡しますね」
「好きにしなよ」
「はい、ではお休みなさい」

 恭弥、

「!?」
 届いた微かな声は頭蓋を割るかと思うくらいに反響して。
 殴られたような衝撃を堪えて顔を上げると、彼はそれじゃ、といつも通りの顔と声で僕に別れを告げて群れの中へ戻って行った。

 ほら、どうせ、
 彼は何も言わないし何も思わないし何もしない。
 ただ、何もしないことでもって僕を拒絶するんだいつだって。

『きょうや』
「つな、よし・・・」

 その単語は、僕にはこんなに響くのに、
 彼の心にはさざなみ一つ起こせやしない。


 たかだか呼び名の一つで綱様の心を動かせるのは京子ちゃんだけ。
 という訳でこの時から雲雀さんは「綱吉」呼びに変えます。綱様は次会った時にはしれっと「雲雀さん」って呼ぶんですよ。

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