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□そんなことは僕だけの
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「ボス」
「・・・お前が言うとキモいよ」
目を開けて彼を呼んだら、自分から僕を呼んだとは思えないような辛辣な言葉が返ってきた。
「酷いですねぇ。僕にとっても貴方はボスに違いないのに」
クフフ、と含めて笑うと、重厚な椅子に腰かけた綱吉は露骨に顔を顰めてでも、と言った。
「俺にとってお前は部下じゃないよ。クロームはそうだけど」
「聞き捨てなりませんね。クロームは僕のですよ?」
「別に俺のものだなんて言ってないだろ。彼女は大事なファミリーでお前はそうじゃないって言ってんだよ」
クロームを通して見る、今や正に「ボス」たる彼とは似ても似つかぬ物言い。
口調もそうだが、その傍若無人な内容が。
「・・・なら、ファミリーでない僕なら弱みを見せるにも支障ないですか?」
綱吉が隠したがって、けれども見透かせてしまう心の少しだけ深い部分を仕返しとばかりにつついてやると、彼は漸く本題だというように目を細めた。
「見透かしている」というのを見透かされていることを簡単に見透かせて、あぁやっぱり彼の心は覗きたくない。
どうせ互いに視えるのは『底が見えない』ということだけだ。
かき抱こうとしているのにただ輪郭をなぞっているようなもどかしい感覚。彼もそうだろうか。
「・・・俺、昔京子ちゃんと結婚したかったんだ」
笹川京子。
彼がぽつりと呟いた名前はこの数年で馴染んだものだった。綱吉に関わるものの名前は大抵は知っている。
まして彼女は今では彼の、
「へぇ、叶ったじゃあないですか。おめでとうございます」
大袈裟に抑揚を付けてみたが、綱吉は聞いていないようだった。
「でも今は、俺は嘘付いてでも京子ちゃんに嫌われさえしなければいいと思ってる」
「彼女が貴方を嫌う訳ないでしょう」
巻き込みたくないと切に願う綱吉に応え、彼女とボンゴレはその婚姻関係以外の一切で関わりを持っていない。
けれど秘密裏のそれを嗅ぎつけてくる輩は少なくはない。公私混同だと自嘲しながらも彼は彼女に監視兼護衛を付けていた。
そしてそれを彼女は知っている。嘘を付いてでもと綱吉は言うが結局そうしなかった。夫に、ボンゴレに、関わりを持たないのは綱吉が望んだからだけではなく、彼女が綱吉の望みに応え自ら選択したことだ。
マフィアには関わりを持たず、監視が付いていることは知っているがおくびにも出さず、月に一度ほどしか会いに来ない綱吉を、けれども彼女は躊躇いなく選び続けている。
今更、彼女が綱吉を嫌いになる?
「うん・・・。そうだね。京子ちゃんは優しいから。だから、巻き込む訳にはいかないんだ。俺は彼女に会っちゃあいけない関わっちゃいけなかったもうずっと昔から今更だったけどもし嘘付いてまで繋ぎとめたって俺は京子ちゃんに何もしてあげられないのに!」
ひゅ、と綱吉の喉が鳴った。
彼程力があっても、いや、だからなのか。彼だからこそ、これ程の無力感に襲われるのか。
存在するだけでいいと、彼がそう思うように彼女もそうだと何故思わないのか。
「その間に僕とこんなことをしていても? その方が罪悪感があるんじゃないですか?」
ねえボンゴレ。茶化すように言い、するり、綱吉の頬を辿る。
「今日は嫌だ。もう消えろ」
頭を抱えた姿勢のまま、綱吉は低く唸った。
「おや。では、愚痴を聞かせる為だけに僕を?」
「お前は何よりその為にいるんだよ」
揶揄する言葉を重ねると彼はいつものように滅茶苦茶な理屈を投げてきたので、
「それはそれは、光栄です」
皮肉を込めて恭しく一礼したが綱吉はつまらなさそうに一瞥をくれただけだった。
マフィアへの根底の怒りと恨みはそのままに、けれども世界征服だなどという小学生じみた野望はいつの間にか捨ててしまったか、そうでなければ彼に奪われてしまった。
同時に彼の身体を乗っ取ろうだなんて考えも。
それは、今彼が無防備なふうに見せていても、僕が槍を出して彼に傷を付けるまでには僕を氷像にしてしまえるだろうからとかいうそういった現実的な問題ではなくて、単に僕がそうしたいと思わなくなったという僕にとってはこれ以上ない現実。
「綱吉君」
いつからか呼び始めた呼称。
ボンゴレ、というそれとそう変わらない頻度で使う言葉は、けれど貴方にとっては大差ないのでしょうか。それなりの意味を込めて呼び分けているつもりなのだけれど。
単に、彼をそう呼ぶ人がいなくて、これが一番呼びやすいのにと僕が不思議に思って呼び始めただけだったから、彼がそれに対して何かを思う必要なんてこれっぽっちもありはしないが。
「あいたいよ・・・」
どう思われたって構わない僕にだから告げるのでしょう。
「かえりたい」
けれども涙は見せない。多分僕だからではなく。彼が自分のことで泣くのは見たことがない。
別に貴方が笹川京子をどれほど好きだろうが、そのことでどれほど胸を痛めていようが僕には関係ないしどうでもいい。
ただ困るのは僕が、
彼がそうして弱みを見せる相手が、わざわざこうして呼び出される僕であることが酷く僕を縛ること。
どう思われたって構わない僕にだから、僕が自分でかけた鎖に気付きながら貴方はけろりと笑っていたのでしょう。
それを気付いたからこそ一層がんじがらめにされて、けれども今更恨むことも出来ない僕はどうすればいいんですか。
「ごめんねクローム、負担かけて」
「・・・本人の前で言ったらどうですか?」
「うん。早く本人出してよって言ってるんだよ」
そんなことは、僕だけの事情なのでしょうけど。
+
骸に弱音吐く綱様。
実験的に取り敢えず綱骸書いてみた。やっぱ骸も可愛いよ。
獄や雲雀さんは綱様の悲しむ顔に傷付いてしまって、綱様にも逆に負担になってしまうから何も言えない。いや、敢えて傷付けにかかる時もありますけどね。
君の頬をなぞる (13の部屋 肆)