□腕と首ならば
1ページ/1ページ

「はい、出来たよ」
「・・・ありが、と、ボス」
 首を覆っていたタオルを取って貰い、軽く頭を振るう。

「どう?」
 としゃがんで差し出された鏡には、ボスに初めて会った時と同じ私が映っていた。
 まぁ、ただ髪を切って貰っただけ、なんだけど。

 このところボンゴレ全体が慌ただしく、犬にも千種にも暫く会わなかった間に少し重くなっていた髪を、突然切ってあげようかと言ってボスが漉かしてくれた。
 ついでにと髪を縛ってくれて、いつも自分でやるより綺麗に纏まっている。
 返事の代わりに控えめに笑うと、ボスも良かった、と言って微笑んだ。
 誰かに頼むことだって出来ただろうに、きっと未だに人が苦手な私の為に時間を作ってくれたんだろうな。
「ねぇ、ボス」
「ん?」
 聞き返すボスの目は優しい。

「・・・キス、しても、いい?」

「え、」
 返事を待たずに、座ったままボスの右手に両手を添えた。
 手首の辺りに唇を当てる。
「クロー・・・ム?」
「お疲れ、さま」
 小さく言うと、ボスは目を細めて左手で私の髪を撫でてくれた。
 だから私は暫くそのままの体勢でじっとして・・・、

『―――』

「・・・え?」
 長い睫に縁取られ、伏せられていた大きな目が更に大きく見開かれ、一瞬の後それはやはり睫毛の長い、けれども切れ長の瞳へすうと形を変えた。

「・・・・・・・・・・・おいこら、骸」
 たった今まで頭を撫でていたその手で、そのまま(よりにもよって)後頭部を引っ掴まれたものだから慌てて腕から唇を離して痛いですよボンゴレ、と言いながら恨みがましく睨み上げた。

「お前クロームに許可取らずに出てくんなって言っただろうが」
 随分前に一方的に告げられた言葉を繰り返し、ぎゅうと手の平に力が込められる。
「ちょ、勘弁して下さいよセットが乱れる!」
 ていうか抜ける! と大騒ぎする僕に、綱吉君は(クロームが)心配になったのか手を離してくれた。つい両手で後頭部を庇う。
「丁度いいじゃない、5年も経つってのに相っ変わらず冗談みたいな髪型しやがって。巻き添えくらうクロームの身にもなれよお前」
 君こそ理不尽に個性全否定される僕の身にもなってみては如何ですか。

「・・・『代わります』とは、言いましたよ」
「でも今返事待たなかっただろ」
「だって、」
 ちょっと羨ましいシチュエーションだったものだから。
「いい大人がだってとか言うな。俺やクロームならともかく」
 何ですかその差別。クロームは女の子だから分かりますけど僕と君は見た目に反して歳一つしか違わないですよね確か。

「・・・なぁ骸」
「はい?」
「お前さぁ、あっちに物持ってったり出来る?」
 再び口を開いた綱吉君は唐突に話題を変えた。
「・・えぇと、結論から言うと無理です」
 この体は所詮クローム髑髏を憑人にした幻覚であって、別に牢獄からワープしてくる訳じゃない。
 だからこの場で何かを受け取ったからといって、それが僕の意識と共に牢獄まで戻るようなことはなく、ただクロームの手に残るだけだ。
「だよなぁ・・・」
 苦々しい表情。僕がさせていると思うと少々愉快だ。

「あ、でも」
「?」
「身に付けることなら出来なくはないです」
 この体は幻覚に過ぎないが、だからこそ僕の想像力次第でどうにでもなる。
 身長や髪の長さは実際の体を反映させているが、服などは想像で纏っている。
「・・・なので僕が『身に付けた』と認識すれば幻覚の姿に反映させることも出来ます」
「ふーん」
 興味無さそうに答えた綱吉君は、座ったままだった僕へ再び手を伸ばして今度はこの数年で背中までになった後ろ髪を握りしめて引っ張った。

「いた、いです。ボンゴレ・・・綱吉、君」
「耐えろ」
 酷い! 勝手に出てきたのがそんなにいけませんか、クロームとの契約は僕が個人的に結んだのに何で君に怒られなきゃいけないんです。
 ・・・まぁ、クロームは僕には怒らないので丁度良いのかも知れませんが。

「よーし、おい骸、よく見ろ」
「は・・・?」
 突然目の前に鏡が付きつけられて、思わずまじまじと見詰めると伸ばしっぱなしだった後ろ髪が一つに纏められていた。
 髪の付け根に光るのは銀細工の髪留め。
「?、何です、これ」
「見たな」
「あ、はい・・・」
「動くなよ」
「え?」

 ぱぁん、

 と音がしたかと思ったら髪留めは撃ち飛ばされて粉々に散っていて、ついでに巻き添えを喰らった黒髪が数本舞った。遅れて文字通り縛るもののなくなった髪が再びばさりと広がる。
 首元がちりちりと痛い。
「な・・・、な・・・」
「それはお前にやったんだから、次からはちゃんと付けて出て来いよ」
 偉そうに(いや偉いのだけど)言いながら綱吉君は愛用の小型拳銃を懐へ戻してついでに随分サマになってきたスーツの襟を整えた。
「何考えてるんです! 当たったらどうするんですか!!」
「当たらないように撃っただろ。動くなとも言ったし」
 いやいや忠告したら何やってもいいんですか。僕だってかつては(いや今も偶に)忠告もせずに好き勝手やりましたけど。

「だっていい加減鬱陶しいっていうのにクロームと違ってお前の髪は切れないし、あげるのに物が俺の手元に残ったんじゃ実感湧かないし」
 だからってこの状態で打ち抜く必要ないですよね。というかそもそも弾丸で壊す必要性皆無ですよね。
 あぁでも(やっぱり)嬉しい。彼から物を貰うだなんてこの先もう1度だってあるかどうか!

「本当は切りたいんだけどねー・・・」
 髪が伸びたって話をしているのにどうして僕の頭の上に視線が向いてるんですか。
「あー、えっとじゃあそろそろ引っ込みますね。あまり長居するとクロームが疲れてしまうので」
 あぁやっぱり勝手に出てくるのは良くないですかね。

「次からはちゃんと返事があってから出て来いよ」
「別にクロームは断ったりしませんよ」
 綱吉君が見透かしたように言うので、あの子が僕の言葉に逆らう訳がないと言い返した。これは僕が彼女の命を握っているのとは別問題だ。
「じゃあ仕事でもないのに俺の前で2度と出てくんな」
「・・・分かりました。ちゃんと許可を得ます」
 そもそも別に彼の言うことを聞かなくたっていいのに、どうして僕はそうは言わないのか。
 いやもう今更だなぁと思いながら立ち上がる。何となく彼に背を向けた。
 瞬間、背後から、声。

「じゃ、行ってらっしゃい」

「・・・」
「?、早く行けよ」
「クフフ、ああはい、行って来ます。綱吉君」

 分かりました。嫌だけどまたあそこへ行きますね。
 そしてまた、短い時間だけれどここへ帰って来ますね。
 ねぇ、君がそうしろと言うのだから。

 振り向くと既に興味を失くしたように僕から視線を離している綱吉君に静かに歩み寄る。
 気付いた彼が僕を見上げるより先に少し身を屈めて、

 その柔らかい茶髪に顔を埋め、首筋にそっとキスをした。

( ・・・お返ししますよ。愛しいクローム )
 色んな意味で。

「っ!? おま、え」
「え・・・? あ、れ、ボス?」
「あ、ぁ、クローム・・・」
 ぶん殴られる前にその体は細く小さく丸みを帯び、口元を押さえて顔を上げた少女を綱吉君は何とも言えない表情をして抱き寄せた。
 あぁ今日はいい日だ。君の悔しそうな顔を2度も見られた。
 昔より随分謙虚になったつもりだったけれどやはり僕の欲望は尽きないらしい。

『では行って来ますね綱吉君。次もまた君から何か頂けると嬉しいのですが』

 こうして世界征服なんかより余程贅沢なものを欲しがっている。


 キスの格言シリーズ 第3弾で綱様×W霧。
 おかしいなこのシリーズは全部シリアスにする予定だったのに。うちの綱様は骸相手だと尋常じゃなく口が悪いけど雲や獄の時より絶対優しいですよね。・・・あれ?
 ていうか10年後骸の髪型不思議です。下ろしたらどうなってんの。
 「行ってらっしゃい」「行って来ます」ってぴったり呼応したいい言葉だと思う。牢獄の方じゃなくてボンゴレが帰る場所だよって言われて喜ぶ骸と無意識の綱様でした。
 しかしうちの綱様は本当クローム可愛がってるなぁ。

07 腕と首ならば、欲望のキス

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ