□唇の上ならば
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「俺、京子ちゃんが好きなんだ」

 偶然にも志望校が重なり彼との学園生活が6年目になって、目指す大学がようやく具体的に決まった秋の初めの放課後、話があるんだと私を屋上へ連れてきたツっ君は、中学1年生の『あの日』から始まる長い長い話を私にしてくれた。

 私とて全く何も気付いていなかったのかと言われれば勿論そうではなくて、隠している内は訊かないでいようと今まで変わらない態度を取り続けていただけだった。
 けれどもツっ君の話は私の浅い予想を大きく上回るもので、着いて行けない中でも思い出される幾つかの場面で私は一体どれ程彼らの足枷になっただろうと思うと今更胸が痛んだ。
 そして最後にツっ君は高校出たら10代目を就任するんだ、と告げて、それから私を好きだと言った。

「・・・ごめんね。困るよね。でも、全部整理しなくちゃいけないと思ったから」
 それはどれ程の覚悟を伴った言葉だっただろう。
 ツっ君には捨てるか巻き込むかの2択しか与えられず、どれ程長い時間をかけて沢山の何かを選んできたのだろうか。
「俺が、言いたかっただけだから。本当は一人で決めなくちゃいけなかったのに」
 悲鳴のようだと思った。

 彼は、つい先程知らされた事実とは無関係にとても強くて、だからきっと何も言わずに捨ててしまうことだって出来た筈だった。
 なのに貴方は苦しみながらもそれを一人で決めなかった。
 言いたい、と思って、この一瞬だけでも私を巻き込んでくれた。
 そう思うと、言葉と気持ちは自然に溢れ出して。
 きっとあの日貴方が叫んだ言葉を、私は時間はかかったけれどちゃんと受け取っていた。
 そうして心の隅に仕舞い込んでしまってた貴方の言葉と私の気持ちを、貴方が今もう一度開いてくれたの。
 
「ありがとう。ツナ君」

 思いきり背伸びをして、あぁ駄目だ届かないかも。
 少し困った顔をした私に、ツっくんは黙って少し腰を折ってくれた。

 初めて誰かと重ねた唇は、夢想していた程の感慨を残すことはなかった。

 屈んでくれたことに対して無意識にありがとうと言うと、ツっ君は俺の方がと言いかけて私をぎゅうと抱きしめるとそのまま泣いてしまった。
 長い時間私の肩に額を押しつけて静かに泣いていたその姿の方が余程鮮烈に焼き付いている。暗くなる頃にようやく泣きやんだ彼と黙ったまま一緒に帰った。

 そしてその日を境に私の心は少し変わり、彼の呼び名も少しだけ形を変えた。

 けれども私の生活は何事もなく続いて、
 私は志望していた大学の文学部へ進学し、お兄ちゃんはツっ君達の卒業と同時にプロ試験目前だったボクシングジムを辞め、家に帰る日と帰らない日が半々くらいになった。
 高校の友達とは徐々に疎遠になり、花とハルちゃん以外には友人といえば大学のクラスメートばかりになった。
 それでも時折、丁度1ヶ月に一度くらい、ツっ君は私に会いに来た。

 特別何をする訳でもなく。二人で、時にはお兄ちゃんや、獄寺君や山本君やハルちゃんを交えて、お喋りをしたり、お菓子を食べたり、ちょっとしたことで声を荒げるお兄ちゃんや獄寺君やハルちゃんをツっ君が慌てて止めに入って、私もお兄ちゃん落ち着いてと言って、そしてその場が収まるとまた笑いながらお喋りが再開して。
 それはまるで懐かしい日々のように。

 ツっ君が20歳になったその日、彼はその前の年もそうだったように私のところにはいなかった。
 私は包装された小さなオルゴールに付属されたバースデーカードをどうしようかなと思いながらぼんやりと予習をしていた。
 そして、11時を少し回った頃、もう寝てしまおうかと思った瞬間携帯電話が着信を告げ、非通知のそれはやっぱり貴方で、私がどうしたのと言うと貴方はある場所へ来て欲しいとだけ言って電話を切ってしまった。
 私は慌てて着替えてオルゴールだけを片手に家を出て、走って、走って、

「ツっ、くん・・・」
 並盛中の校門の前に、貴方は立っていた。
 彼はちらりと学校の時計を見て、間に合って良かったと笑った。正午までは後5分程だった。
「これ、」
 結局白紙のままだったバースデーカードは机に置いたまま、黒い小さなオルゴールを手渡した。
 ありがとうと受け取った彼は今は私よりひとつ歳上で、15cmも背が高いからもうどうしたって届かなくて、酷く大人びた表情で静かな悲しげな笑い方をしていた。
「ねぇ」
 でもその目の色は変わらなくて、
「京子ちゃん、」
 少し低くなった声は変わらない私の名前を呼んで、

「結婚しようか?」

 多分変わらない想いを告げた。
 何も言わないまま一つ頷くと、彼はこの学校の屋上でそうしたようにまずごめんねと言った。
「・・・私はね、ツっ君が笑っててくれたらそれでいいの。月に一度しか会えなくても、ツっ君が私を好きじゃなくても平気なの」
 彼がゆっくりと私を説得するように言っていた、刺客も、監視も、護衛も、どうだっていいの。
 もしかしたら貴方の気持ちさえ。
 だから貴方が私がいいと言うのなら私は貴方がいい。
 そんな私は嫌だと彼が言うならそれでもいいのだ。

「ごめん、指、サイズ分からなかったんだ」
 どうせ左手薬指に嵌めることなんて私も貴方も叶わないし、そんなことは構わないのにそんな事を言う。
 そうして彼はチェーンもお揃いなんだよ、と照れたふうに言いながら何の装飾もない細いシルバーリング、に通した鎖を私の首にかけた。

「俺達は、」
 ツっくんは呟くように、
「病めるときも健やかなるときも」
 或いは詠うように言葉を紡ぎ、
「喜びのときも悲しみのときも」
 息の掛かりそうな距離で、
「富めるときも貧しいときも」
 見つめ合うと、
「愛し、敬い、慰め、助け・・・」
 彼の瞳が揺らぎ、

「・・・ることは、出来ない、けど」
 言葉が落ちた。
 すうと雫が一筋彼の頬を流れ、気付けば私も泣いていて、
「この命ある限り、君を愛し続けることを誓います」
「・・・誓います」
 小さく続いた声が彼に届いたかどうかは分からなかった。

 彼の大きな手が私の頬を包み、身を屈めた彼に身体を預け、彼の哀れな、けれども満たされた生を思ってもう一筋涙を流した。時間は丁度正午だった。
 唇に触れた熱はやはりどこか遠いもので、その後目を開いて夜遅いのにありがとうと笑った貴方の仕草や声や瞳の方をやはりよく覚えている。

 翌日には籍を入れた。
 勿論戸籍なんか入れてしまうと私は格好の餌だと気付かれてしまうので、私と彼はボンゴレに保存されるという紙一枚で契約をした。
 だから私の苗字も生活も何も変わらない。
 勿論この心も。

『ツっ君が笑っててくれたらそれでいいの』

 ねぇ、貴方は今笑ってくれてますか?


 キスの格言第6弾。大本命だけど好き過ぎて書けない綱京。これはつー様視点のがやりやすかったです多分。
 一応4〜6年後ですがすっかりMy設定状態。
 2008年6月15日の日記の下の方読んだら大体分かるかと(めんどいわ)。
 初めもう少し薄暗い話書いてたんですが、少しらしくない気がしたので(私ではなくこの二人が)書き直し。そっちはそっちでまたちゃんと纏めます。
 しかし綱雲とかと比べたらつー様のキャラ違い凄まじいな。

04 唇の上ならば、愛情のキス

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