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□Rainy Days
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「・・・あれ、獄寺君は?」
6時間目とSHRが知らぬ間に終わり、目を開けた時には教室は随分閑散としていて、そして俺を起こしたのは申し訳なさそうに躊躇いつつ声をかける彼ではなく、容赦なく肩を揺すった山本だった。
「さぁ、6時間目の頭にはいなかったっぽいぜ。つーか、あいつツナより前の席なのに気付かなかったのかよ」
「うん。見てなかったし。俺その前から殆ど寝てたし」
揺すられた余韻で少し痛む起き抜けの頭を掻きながら窓の方を見ると、既に俺達以外人の居ない教室がいつも以上に寂しく感じる原因へ思い至る。
「雨、降ってるんだ」
「5時間目終わるちょっと前くらいから降ってたぜ」
今日はグラウンドは駄目だし、体育館はバスケ部が使う日だから野球部休みだろうな、つまんねー、言いながら山本は鞄を掴んで立ち上がった。
俺も思い出したようにそれにならう。思い出した。今日は補修を受けたにも関わらず再テストで再赤点という、ダメツナの名に恥じない失態をやらかした俺に追加課題が科される日なのだ。
やれば出来る誰かさんはそんなとこまで俺の隣には居てくれない。
「・・・そういえば俺、傘ないんだけど」
ふと思い出す。今が梅雨なのは承知していたが、朝は綺麗に晴れていたので使わなければ荷物でしかない傘を持って行くのは躊躇われた。そしてまぁ、結局俺はそれを一度掴んだものの傘立てに戻し、ざぁあと鳴る景色に今更後悔する訳だ。
あぁどこまでダメなんだ、俺。
「あー、俺も持ってねぇや。しょーがねーから走って・・・」
山本が言いかけたところで、からりと教室の扉が開いた。
「10代目・・・」
ぽた、ぱた、
銀色の毛先から小さな雫が落ちる。
「獄寺?」
山本が先に反応した。どーしたんだよお前、と声をかけるが獄寺君の視線は俺に固定されたまま外れない。
「どうしたの、獄寺君」
帰ったんじゃなかったの、俺が言うとようやく、あ、と口を開き、
「あの、傘を・・・」
と歯切れ悪く告げた。
獄寺君の手には黒と紺の傘が1本ずつ握られていて、黒い傘の方はどうやら一度開いたらしく全体的に濡れている。
獄寺君の濡れたカッターシャツが張り付いて中の赤いTシャツ(勿論校則違反)を透かしていた。最も、彼は普段からカッターの前を閉じないので初めから少しも隠れていなかったが。
5時間目が終わりに近付き、俺が眠りに落ちた頃、降り始めた雨に気付いた獄寺君は勝手に教室を出ると雨の中一度アパートへ戻り(或いは近くの雑貨屋かどこかへ入って)、傘を2本掴むと直ぐに並中へ踵を返す。既に濡れそぼった彼はそれでも一応黒い傘を差して、俺の為に紺の傘を握りしめ、
そんな情景が酷く嫌なリアリティを伴って脳裏に浮かんだ。
「良かったじゃん、ツナ」
ついでに俺も入れてくれよとどちらにともなく山本は笑った。
俺はといえばもうどうやって断ろうかなとしか再三頭になく。だって俺がそれを受け取ってしまったら重そうにズボンの裾を引き摺る(明日どうするんだろう)獄寺君の痛々しい姿は俺の所為になってしまう。
「俺はいいよ。これから特別課題受け取らなきゃいけないし、ついでに説教聞かなきゃだからその間にやむかも知れないし。それ、山本に貸したげてよ」
「あんな野球バカに、」
すらすらと出てきた俺の言葉に、君は危機感を覚えて食い止めようとする。
うん。大分俺のこと分かって来たんじゃない?
ね、それなのに君はどうして俺の為に動くことを辞められないのかな?
「獄寺君」
「・・・はい」
抑揚を抑えて名前を呼ぶと、君は命令された訳でもないのに頷き、山本に濡れた黒い傘を差し出した。
山本は今までの俺と獄寺君のやりとりをどう見たのか、それともどうとも見なかったのか、悪ぃな、と実にあっさり一言礼を言うと傘を受け取り、課題頑張れよーと気のない激励を残して教室を出て行った。
「じゃあね山本」
「・・・じゅ、う、」
軽く手を振った俺は何か言いかけた獄寺君を振り返り、
「獄寺君も」
そう言って笑った。
「・・・あの、」
「何?」
課題を受け取るべく教室の扉へ手をかけると後ろから諦めの悪い君の声が響き、振り返ると獄寺君はまだ少なくとも今日は使われていない紺色の傘を示して、
「これ、10代目の下駄箱に置いときますんで」
「そう? ありがと。じゃあまた明日ね」
獄寺君は一層強くなった気がする雨へちらと目をやってから、今度こそ諦めたようにはい、と言った。
+
梅雨なので雨の話。バトフェス、結局終始雨で少し残念でしたよね(私情)。
最近綱獄書いてないなーと思ったので綱獄。結局濡れて帰る獄と、帰りがどしゃ降りでも絶対傘使わないだろうつー様。ここまで来ると怖い人なのか唯の意地っ張りなのかよく分からない。
ラスト、つー様と獄が相合傘とか山本と獄が相合傘とか考えた人ごめんなさい。最初は前者にするつもりでした(過去形)。
雨音ノイズ