コロコロ系

□ぐるって廻って貴方は
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 黒鉄家は明治時代から続く財閥で。
 都内でありながら、大きな松の木や定期的に補修されては白く輝く漆喰と黒い瓦の高い塀に囲まれたその家は、就学まで殆ど敷地から外へ出なかった僕にすら一度も窮屈さを感じさせないくらいだった。
 私立の小学校へ進学した後も、運転手付きの車の床と小学校の敷地以外を踏む事はほぼ無く、それに疑問を抱く事も無かった。

 そんな、とある、日。





「え、・・・事故、ですか」
『はい。当分動けそうにありませんで・・・お父様に許可は得ましたので、申し訳ありませんが善九郎様、タクシーでお帰り頂けますか』
「あ、はい・・・」
 運転手に返事をしながら、家は徒歩圏なのにな、と、いつも送迎される時には気付かなかった事実に初めて思い至った。
 それでも、いつもなら言われるまま従っていただろうに、その日はどうしてか、そうしなかった。

 知識だけはある、車の窓越しに幾度も見た筈の道路を、店先を、公園を、初めて見る心地で眺めながら進めていた足が、ふと止まった。
 視線の先、触れたことも無い滑り台やブランコを超えた公園の中ほど。
( 『スタジアム』・・・ )
 ベイブレードというスポーツ独楽の試合場だ。自分と同い歳くらいの少年2人が向き合っている。
( もっと、近くで、)
 引き寄せられるようにふらり、足を踏み入れた。

「いけぇ! ―――ッ!」

 手前の、背を向けた少年が叫んだ。彼のベイブレードの名前だろうか。
 まるで応えるようにベイブレードはぶつかり合い、がちん、と、一瞬の拮抗の後、

 ぱぁん!

 ぶつかられた方のベイブレードが、はじけ飛んだ。
 瞬間、歩み寄りかけていた膝ががくりと折れた。
 視界が眩む。呼吸すら不安定になる。

( 何・・・、何だ、これ )

 何だ、あれ。

「おい! オマエ大丈夫か!?」

 生まれて初めて向けられた呼称に、混乱冷めやらぬまま顔を上げる。
 先程、勝利した方の少年が芝生を突っ切って駆け寄って来ていた。
 何故か、
 酷い焦燥に襲われて、漸く動いた足で背を向けて駆け出していた。
 背後から声がするが振り向けなかった。ばくばくと胸が鳴る。内側から叩かれているようだった。

 まるで何かが、目覚めたように。





 その日から時折、何かを探さなければならないという、脅迫観念めいた衝動に駆られた。
 古さ故かセキュリティはやや甘い家からの脱走は徐々に頻度も移動距離も伸びていって。世界はなんて多様で広いのだろうと知る度、自分の無知さ加減を知る度、外界を求める気持ちは増すばかりで。
 そうして雑踏の中を歩くのにも漸く慣れた頃、その人に、出会った。

「ねえ君、ちょっと良いかな」
「え?」
「あ、御免ね急に! 私、◯◯事務所の者なんだけど、」
 君、もうどこかに所属してたりするかな? 親御さんは一緒じゃないの?
 差し出された名刺を反射で受け取りながら、世間知らずなりに警戒心の強かった僕は一瞬で犯罪の類を疑って後ずさった。
「ああ、吃驚させちゃったかな。名刺に私の携帯と、会社の電話やHPも載ってるから、良かったらお母さんやお父さんと相談してみて欲しいんだ」
 まぁ、今日はそれだけにしておくよ。
「でも、君ならきっとスターになれるから!」

 後に僕のマネージャーになる男は、予言めいてそう言った。





 暫しあって、財布に入れたまま名刺の存在等忘れた頃、いい加減に脱走が見咎められたその日。

「善九郎さん、説明しなさい」
 母の硬質な声に気圧されながら、説明して謝罪して溜息と叱責に耐えて、
「貴方はこの黒鉄家の跡取りなのよ。貴方は、あれとは違うのだから」
 話の締めくくり。いつもの決まり文句。
 あれとは。
 僕がものごころ付く前に芸術家を志すのだと家を出て行ってそれっきりの、歳の離れた僕の兄とは。
「家の外等知らなくて良いのよ。その所為で道を踏み外すのだから」
 そうして漸くいつも通りに話が着地しようとした時、母は古い本を開いて僕に差し出してきた。
「貴方の人生はね、もう決まっているの」
 曰く、黒鉄家の当主は皆そうであったのだと。
 手綴じで製本された本はその中身も手書きのようで。恐らく10年は前に書かれたと思われるそれは酷く仔細な年表だった。進学や就職、結婚等の記された、達筆過ぎて読み辛い文字列は頭を上滑りする。
 父か祖父の物だろうか。それに比べて貴方はと続くのだろうか。思いながら閉じたその本の、表紙には、

『黒鉄 善九郎』

 と。

 その瞬間の、吐き気がするほどの嫌悪を、僕は決して忘れないだろう。
 僕という人間は、この薄っぺらな紙束の中にしか無いのか。
 重厚な張りぼてのこの箱の中で、どこかの誰かが綴った文字列を再現する為に生きているのか。

 殆ど反射で両親に食って掛かった僕はその夜に家から叩き出され、僕の知る連絡先は親族以外にはあの名刺一枚しか無く。
 以降今まで、事務所と弁護士の同席でしか彼等には会っていない。どこで聞きつけたのか兄が連絡を取って来たのには驚いたが。
「申し訳ないね。あの時、お前も連れ出してやれば良かったね」
「でも、『ああいうの』が『幸せ』な人も居るからねぇ」
「お詫びと言っては何だけど、僕の名義は好きに使ってくれて構わないよ」
 芸能活動に寛大な学校に転校手続きをして、これ幸いと兄の名義で契約したマンションで生活しながら歌やダンスを習い、衣装を採寸して、芽吹きの瞬間を待つように時を過ごして。





「いよいよデビューの日、決まりそうだよ! 社長も凄く期待してくれてて、」
「えぇ・・・? 大丈夫ですかね」
「大丈夫大丈夫! 君、何気に物怖じしないタイプだし。それで、今日は相談があって、」
「はぁ・・・」
「善九郎君、デビューって本名で大丈夫かなって」
「え・・・、あ、そうですね・・・本名は、ちょっと・・・」
「うん。それで、君の芸名、ちょっと考えてみたんだけど、」
 僕なぞ事務所の商品だろうに、彼は生い立ちを考慮してか、よく僕の希望を聞いてくれた。それでも長い抑圧の名残か意志らしい物は急には芽生えず、言われるまま髪を染めて、練習をこなして来ていた。
「『善九郎』に因んでクロウってどうだい!? 君にピッタリだし、格好良いでしょ!」
 勢いに気圧されながら、短く息を吸った。ひゅ、と、喉が鳴る。
 違う。だって、僕は、
「衣装とかも黒にして、こう、闇の貴公子みたいなイメージで、」
「あ、あの・・・っ」
 漸く、声を出す。言わなければ。伝えなければ。
「名前って、僕が決めちゃダメですか」
 僕がここに来た、本当の理由。
「・・・僕は、光になりたい」
 夜で無く、星で無く、唯一絶対の太陽の光に。

 あの日、僕を導いた輝きのように。





『ビクトリーヴァルキリー、バーストフィニッシュ! 3対2で、蒼井バルト選手の勝利!』

 走馬燈めいた一瞬、昔の事を、思い出していた。

 ザック・ザ・サンシャインとしてデビューして、そこからテレビ、CD、雑誌と、余りに順風満帆な、気さくで、自信家で、きらきらと輝くアイドルとしての僕が生まれた日。
 イベントに呼ばれて改めてベイブレードに興味を持って、いつの間にか組まれた特番で僕専用に開発されたジリオンゼウスと共に、四転皇の一角として今日までブレーダーとしても光の中を歩いて来た。
 その、僕が、

「負けた・・・ゼウスが・・・」
 太陽であるこの僕が、星の欠片だった筈の彼に。
 接戦の末、最後の最後勝利をもぎ取った少年を呆然と見詰める。
 そうして、漸く気付いた。

( ・・・ああ、そうか )

 君は、あの日の、

「・・・輝いた熱き魂、砕け散り、太陽も今、沈みゆく」

 今、分かる。
 僕は、この瞬間の為に。あの光に壊される為に、ここまで来たのだ。
 ねえ、シュウ、そしてルイ。
 僕よりずっと強い、きっとキラキラ君ともっと運命的で熱く激しいバトルをするだろう君達にも、否、
 そんな君達だからこそ、
 君達には、決して出来ないだろう。

「僕の周りの星達よ、ああ忘れるな。今日のこの日を!」

 太陽をも打ち砕く、あの青い星。
 『黒鉄善九郎』という名の箱の中で生きていた僕はあの日、彼にではなく、彼に砕かれたベイブレードに、彼に踏み散らされた花にこそ、魅せられたのだ。
 ほら、彼が、青いきらめきが笑っている。
 あの日のように世界が変わる音がする。やっと見つけたあの日の続きが、漸く描かれる。

「僕はブレーダーを引退する!!」

 彼に殺される為に、僕は、生まれた。


 ザックさん重苦しいお名前だから良いお家の生まれなんじゃないかなと思って。
 今まで無敗誇ってた訳でもないザックさんが、バルトにたった一回負けた事実を受けてあの一瞬でベイ辞めようと思った思考回路ってなんだったんだろう・・・って凄く思ってて。
 これから先バルトや他の子と切磋琢磨続ける事より、あの殆ど偶然の敗北を永久保存しようとしたのは何でなのかな、と。
 まぁ瞬間前言撤回されたしあっくんに普通に予想されてたからその場のテンションでしょっちゅう言ってるだけなのかも知れないですが。
 タイトルは酸欠少女さユりの歌詞から。





ぐるって廻って 貴方をみつけた キラキラしていて僕は怯えた
ぐるって廻って 貴方は笑った 世界が変わる音がした
叶わぬ恋を夢みてた

by 酸欠少女さユり 『るーららるーらーるららるーらー』



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