他ジャンル

□ぎんいろのかみさま
1ページ/1ページ

「最後を美しく飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか」

 それは、後に彼の経典となった。





 先生が死んだのは、或いは、戦友達が死んだのは、自分が弱いからだ。
 その認識は、未だ20にもならない青年を追い詰めるには充分だった。
 家柄が良く、学問にも剣にも特化し、ついでに見目麗しかった。
 そんな、何もかもを与えられたかのような少年は、けれどそうでは有り得なくて、しかしそう、錯覚したままで育ち、そして唐突に、

 彼の目の届かぬ所で恩師を失い、

 仇討ちだと刀を手に戦場へ出れば、今度は、手の届く所で多くの仲間が死んだ。
 責任の取り方なぞ知らない。謝罪の言葉と金でどうにも出来ない時はどうすれば良いのか誰も教えてはくれなかった。
 何故だ。俺には力が与えられたのではなかったのか。手を血に染めながら最近そればかりを思う。
 如何して誰も教えてくれなかったのだ。俺がこれ程に無力であると。
 俺には仲間を守ることすら、出来ないのだと。

 銀時の怒りも、哀しみも、少しも拭ってやれやしないのだと。





 銀時は、俺とは対照的に何も持たぬ、少なくともその様に見える子供であった。
 今日から貴方達のお友達です、仲良くしてあげて下さいね。松陽先生の言葉と共に寺子屋へ最後席を受けた銀時は、それまでどのように生きてきたのか人に合わせる事がどうも下手で、それこそ最初は言葉が覚束ない様子さえ見て取れた。
 しかして彼は剣の才だけが誰よりも秀でていた。それまで頭一つ抜けていた俺や高杉よりもずっと。彼はいつでも不似合いに大きな真剣を抱えて離さなかった。
 それは自然畏怖の対象となり、銀髪赤目という異様な外観もあって銀時は何時でも孤立していた。それに対して彼が何かを思っている様子はなかったが。

 その彼が、松陽先生と一緒に暮らしていると聞いて、俺と高杉は途端彼に興味を持った。
 いざ話してみれば、銀時は横暴で手前勝手ながらも、分かり易くて存外好ましい男であった。実はそれぞれに学内で浮いていた俺と高杉も、彼を通じて随分話すようになっていた。
 銀時は剣も腕力も俺より上であったが、学業はてんで駄目であったし、基本的に器用ではあったが何かにつけ危なっかしい彼を、俺が守らねばと思っていた。

 そのつもりで俺は、いつでも彼に守られていたのだけれど。





 松陽先生が江戸で処刑された。
 5日遅れて村へ届いたその知らせは、それまでの俺の生活を、思考を閉じるものだった。
 泣き崩れた俺も、怒り狂った高杉も、それから2年の後無言で刀を取った銀時に付いて行こうと悩む余地もなく決めた。
 たとえその戦況がどれ程絶望的であろうとも。それが先生の望みでは決してなかろうとも。





「・・・・・・これまでか」
 恐らく罠であろうと、半ば気付いていた筈だった。
 勢いのまま踏み込む銀時に不安は覚えていた。
 けれども強く意見することも、彼から離れることも出来ないで、気付いた時にはたった2人天人の輪の中。
 尋常でない数。きっと初めからこうなる算段であったのだろう。

 分かっていたのに。
 何が分かっていても、何を斬ることが出来ても、結局俺は何も出来やしない。
 彼に怒鳴られなじられることを覚悟出来さえすれば、この現状には至らなかったかも知れないのに。
 それとも、多少決意を決めた所で俺には何も変えられやしないのだろうか。

「敵の手にかかるより、最後は武士らしく潔く腹を切ろう」
 それでも銀時の背中だけは守りながら、そうか俺はもう随分前から死にたかったのかと思い至る。
 何だかそうすれば全てから許されるような、そうでなくても全てから逃げられるような気がして。
 だってそこには先生がいて、待ってくれているかどうかは知らないけれど、この世界よりも悪い場所なんてどうせないのだから。
 どちらにしても銀時が付いて来てくれれば、連れて行ってくれれば、もうそれで。
 けれども、

「バカ言ってんじゃねーよ」
 立て、言って、銀時はふらりと、しかし刀だけはしかと握り締めて立ち上がり、

「最後を美しく飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか」

 告げられた言葉は呪いのようでも祝いのようでもあった。
 少なくとも俺にとって、それはその両方の意味を有していた。
 銀時に習い刀を振りかざした俺は、かつてない数の天人を手にかけ、そして生き延びた。





 その日を境に、小太郎の剣は少し変わった。
 味方からさえ恐れられ、間もなく白夜叉の愛称を受けた銀時と違い、実戦経験が絶対的に浅く後れを取ることが多かった彼の剣から迷いが消え、彼の人から学んだ太刀筋を寸分違わず戦場に描き、
 それはまるで舞うように。

 間もなく、彼にも誰からともなく通り名が与えられた。





「俺達の戦はまだ終わってなどいない」

 俺はまだ彼の言葉を叶えていないのだから。
 美しく、生きねばならない。
 そう、最後まで。





 守ること叶わず死んでいった仲間達に詫びる為、
 愛した夜叉の言葉に準じる、否、
 いつか、殉じる、為に、

 『狂乱の貴公子』は、生まれた。


 寺子屋時代捏造。銀さんの生い立ちも捏造。またその内別途詳しく纏めます。
 桂が歪んだっていうか、ちょっとおかしい方に行ったのは銀さんの所為半分、本人の本質半分。

225 約束を現実に

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ