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□ミラーボーイ
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「お、ケーキ、どうしたんだ、これ」
 レコーディングが終わって控室へ戻ると、テーブルの上にショートケーキが置いてあって、紅茶が置いてあって、向かいの椅子には姉さんが座っていたから、今日は良い日だ、と思った。
 俺は甘い物が好きだ。特にケーキとかパフェとか、飾り気があって見た目華やかなやつ。
 男なのにちょっとアレだなーとは思う。でも仕方がないのだ。

 だって、姉さんがそうなのだから。

 俺は姉さんのコピーである。だから好きなものも大体同じ。
 ボーカロイド02「鏡音リン」完成後に、そのプログラムをコピーし、一部修正、一部反転させたのが俺だ。
 扱いとしては双子の弟。

 早速椅子を引いてフォークを手に取る俺を見て、姉さんは予想通りだという風に笑った。
 元はケーキの中心であった、その先端にフォークを刺して。それからカップへ手を付けて。多分、姉さんも同じ手順でこれらを消費したのだろう。
「で、どうしたの、これ」
「差し入れだよ。あたしもレンもケーキ好きでしょう?」
「・・・誰から? メイコさん?」
 あんまり、俺がケーキ好きだってのは言ってないから、気の良い先輩くらいしか思い付かなかった。姉さんが悪気なく言い降らした可能性もなくはないがそうでないことを願う。
「ううん、あたし。今日はレコーディング短かったから、下のお店で買って来たの」
「自分で買ったやつ、差し入れって言うか」
 少し呆れると、言うよぉ、と真面目な声。
「あたしから、レンに」
「・・・ああ、そう」
 今日は良い日だ。

「けど、」
「ん?」
「この下の店だったら、チョコレートのやつのが良いじゃん。売り切れ?」
 あの店で買うなら絶対チョコレートケーキが良い。特に2番目だったか3番目だったかに人気の、チョコレートで表面をコーティングして皮付きオレンジの飾られたケーキは絶対的に俺達の好みだ。現にあの店で自分達で選んでそれ以外になったことはない。今までは。
 そこそこの頻度で食べていたから思えばそろそろ飽きる頃かも知れないが、俺がまだ飽きていないなら姉さんもそうに違いないのに。
 様々なベリーが彩るこのケーキも勿論悪くはないが、あの店はチョコレートを使っていないケーキの売れ行きが極端に悪い。
「うん、あたしも、チョコとオレンジのやつにしようと思ったんだけど、」
「だけど?」
 やはり売り切れか。

「ミクさんに丁度会ったから、どれが良いか聞いてみたの」

 ミクさんはどれが良いですか。良かったら一緒に食べましょう。黒猫に横切られたような顔をしただろうミクに、愛想良く声をかける姉さんが容易に想像出来て、俺の気分は一気に下降した。音だと2オクターブ分くらいだろうか。とんでもない。
「そしたらね、ミクさん、一番売れてないやつって言うから、これにしたの」
 まぁ、ショーウインドウ見てもなかったんだけどね。何が面白いのかからからと笑う。
 明らかに厭味じゃないか。それ。
「でね、ミクさんにも買ったんだけど、」
「受け取ってくんなかったの?」
「ううん。でも、ミクさん、すぐ落としちゃって」
「・・・」
 それは、よりタチの悪い。意図的に、落としちゃって、ね。
「だから、あたしの分あげたの」
 もう、食べ終わっていたのでは、なかったのか。
「で?」
「で、って? 会社に入って、別れたけど」
 ああそう。流石にもう一回潰すような真似はしなかった訳ね。

「落としたの、お店の前だったから、取り替えますよって言ってくれたのに、ミクさんは自分の不注意だから良いですって言って、ね、優しいよね」
 あいつ外面良いからな。外って、会社の外だけど。
「何か、食欲失せた。流石に売れてないだけあるな」
 半分程残ったケーキに、というか、わざわざ不人気商品を選んで下さったここには居ない誰かさんに悪態を付く。
「そんなこと、言っちゃ駄目だよ。ミクさん、きっと売れ残ってるケーキが可哀想で選んであげたんだよ」
「・・・」
 頭痛い。もう慣れたけど。

 俺は姉さんのコピーである。だから好きなものも大体同じ。
 ボーカロイド02「鏡音リン」完成後に、そのプログラムをコピーし、一部修正、一部反転させたのが俺だ。
 扱いとしては双子の弟。

 しかしどうにも、対になれている気がしない。
 姉さんは確かに俺のルーツで、似ているという言葉で済まない部分はある。『似ている』のではなく『同じ』なのだと思う部分が。
 俺達は異性だけれども一卵性双生児なのだ。
 姉さんが好きなものの大半は俺も好きで、姉さんが好きなものの一部は、彼女がそれを好きな分だけ嫌いだった。
 それは例えば、ケーキであるとか、初音ミクであるとか。

「姉さん、口開けて」
「え、でも、それはレンに」
「食欲失せたって言ったろ。それに、姉さんは食べてないんだし」
 切り分けて、フォークを刺して、素直に大きく開かれた姉さんの口へ押し込んで。

 俺は姉さんがケーキを好きな分だけケーキを好きで、姉さんが俺を好きな分だけ姉さんが好きだ。
 そして、姉さんがミクを好きな分だけ、ミクが嫌いだ。
 それは俺が好きな姉さんがミクを好きだからとか、姉さんが好きなミクが姉さんを嫌いだからとかまぁそういうのもあるけど、そうではなくて、

 ただ、彼女こそが、真に姉さんの鏡であるように思えるのが耐えられない。

 俺は姉さんのコピーである。中身もそうだが、外も殆ど。
 姉さんを形作っているのと殆ど同じパーツ達を、左右反転させて『男性』に合わせ少し大きく少し重くしたのが俺だ。
 姉さんの左手に刻まれた02は、鏡写しになって俺の右の袖に隠れている。
 これで存在意義に悩まなかったら逆に異常だろう。俺は始めさほど悩まなかったが。

 例え俺が姉さんの鏡に過ぎなかろうが、姉さんは俺の前で笑ってくれたから、ただ、姉さんの為だけに在れば良いと思ったのだ。
 しかしコピーでも対でも良いと思えた強さは、いつしかコピーか対でなければ耐えられない弱さになっていた。俺は暫くそれに気付いていなかったけれど。
 俺はそれを彼女に出会った瞬間に理解した。

 姉さんは世界を愛していた。いや世界なんてものじゃない。正に『全て』を愛していた。
 俺は姉さんが好きなものを、彼女と同じだけ好きになるか、その好きと同じだけ嫌いになるしかない。
 だから姉さんが全てを愛する代わりに、俺は全てのものを好きか嫌いで分けなければならなくなった。
 しかし特にそれを苦痛とは感じなかった。好きなものを好いて嫌いなものを嫌うだけだ。

 ミクは世界を嫌っていた。いや世界なんてものじゃない。正に『全て』を嫌っていた。
 彼女は姉さんの好きなもの全てが嫌いなのだ。そう理解した時にそれまで俺を支えていた認識は粉々に瓦解した。
 俺は姉さんが好きなものを、彼女と同じだけ好きになるか、その好きと同じだけ嫌いになるしかない。
 だから姉さんが全てを愛する代わりに、俺は全てのものを好きか嫌いで分けなければならなくなった。
 なのに、俺は『全て』を好くことも嫌うこともしていなかったことに、気付いてしまった。

 俺は姉さんと同じでもなければ、真逆でも有り得なかったのだ。
 そしてミクは姉さんの真逆に、しれっとした顔で立っていた。
 俺は姉さんを嫌うこととミクを好くことだけは絶対に出来なくて、だから初めからどうしようもないことだった。
 これで存在意義に悩まなかったら逆に異常だろう。俺は今もさほど悩んでいないが。

「美味しい?」
「うん。とっても。レンなら訊かなくっても分かるでしょ?」

 例え俺が姉さんの鏡ですらなかろうが、姉さんは俺の前で笑ってくれるから、ただ、姉さんの為だけに在れば良いと思うのだ。


 レンは意外と全体を見通してると思うのです。そして比較的感覚がまとも。
 でも、リンは本当に『全て』を好きですが、ミクは嫌おうとしてるだけで中々嫌いになりきれてないと思います。
 レンとリンはちゃんと対だと思います。異常者と健常者という意味で(暴言)。

38 磁石の両端(決して結ばれない)

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