□僕の愛した彼の愛する
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「始めまして、京子さん」
「あ・・・、はい・・・?」
 背後から声を掛けると、戸惑った表情で彼女が振り向いた。

「助け、呼ばないんですか?」
 一瞬の後抵抗の暇すらなく僕に槍を突き付けられて、それでも彼女は怯まない。
「今からじゃ流石に間に合わないんじゃないかな。幾らツっ君でも」
 そしてあっさりとそんなことを言う。
「彼でなくてもそこら中に人間はいるでしょう」
「でも、それじゃどうせ多分私は助からないし、他の人を巻き込むのは嫌なの」
 勿論狙ってのことだが見える場所に人はいない。
 最も誰か居たところで術師である僕には幾らだってやりようがあるが。
「殺されるんですよ? いいんですか?」
「良くは、ないよ。逃して欲しいよ」
「なら、抵抗の一つもしたらどうです」
「・・・出来ない、かな。ちょっと、手も足も動きそうにないから」
 まったく動じていないように見えた、見える彼女の指先は、注視すれば確かに小さく震えていた。

「憎いですか」
 僕が。
 いや聞くまでもない。ただ、憎いと言わせて、憎むなら綱吉君を憎んでくださいと言いたいだけ。
 よりにもよって、この僕に(正確にはクロームに、だが)、彼女の護衛を頼んだ彼の、甘さだか浅はかさだか、そういうものを、少し思い知らせてやりたかっただけ。
 あとついでにこのやり場のない嫉妬を少しはどうにかしたい。
 そんなしょうもない目論見が色々あったのに、はっきりいいえと答えた彼女に苛立ったのは僕の方だった。
「何故です。貴方は僕に殺されるかも知れないんですよ。他でもない綱吉君の所為で!」
 荒くなった語気に彼女は肩を竦め、けれど最早槍の存在など忘れたように僕に向き直り、

「だって、私が貴方を憎んでしまったら、ツっ君を選んだ時の気持ちが嘘になっちゃう」
「私、ツっ君に手を伸ばしたあの日、あの時、確かにどうなってもいいって思ったもの」
「裏切られても、私が殺されても、彼が死んでも、それでもこの人がいいって、思ったもの」
「でも、やっぱり貴方が憎いな。ツっ君を悲しませる人は、本当は皆憎いよ。私も含めて」

「・・・すいません」
 ゆるりと槍を下ろす。
「うん。私こそ御免なさい。分かってるんです。私よりもツっ君を必要としてる人が沢山いるのは」
 苦笑じみた笑みを浮かべた彼女に、無意識に知ってたんですか、と呟いた。
 ううん、なんとなくだけどねと彼女が返してからようやく墓穴を掘ったことに気付く。
「出来れば、今日のことは内密に」
 バレても何もありやしないだろうが(あぁでも彼は何気に大人げないから暫く露骨に無視されたりするかも知れない)(殺されないだけマシだけど)。
「それと、先のことについて貴女が気に病むことはありません。綱吉君の方が貴女を必要としているだけのことです。それと、今更敬語なんて必要ないですよ」
 貴女が僕を敬う必要なんて皆無だ。たった1年早く生まれたのは事実だけれど。
「ありがとう」
 去り際に背後から届き、それにどういたしましてと返す余裕は流石になかった。

 お礼を言うのはこちらの方。
 貴女が居るから、僕は僕で遠慮なく彼を愛せる。
 綱吉君に相応しい貴女が彼の傍に居てくれて『ありがとう』。


 骸京ではなく。以前京子ちゃんに喧嘩売る雲雀さん書いた(「迎える場所」)から今度はムックで。
 京子ちゃんもつー様とは違った意味で最強なんだよ。

177 感謝の心を込めて

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