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□其の時までは
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「げ、ほっ」
 漸く吐き出せた空気の塊はやけに重く、見れば赤いものが大量に含まれていた。
「シェゾ、大丈夫?」
 ぽつと、傍らから落とされた声は酷く乾いたもので、
「お、ま・・・」
 浅い呼吸を繰り返しながら、どうにか視線を引き上げ、俺は少女を、見上げた。

 脇腹の破れた生地が気になるのか、その下の掠り傷が砂埃に傷むのか、片手でしきりにシャツを引っ張りながら、アルルは御免ねと言った。
 それは、俺の肋骨を2本へし折ったことを言っているのか、左上腕を抉り取ったことを言っているのか、それとも俺を負かしたことそのものに対して言ったのか、分からなかった。

 こんなに、本当に強いとは思わなかった。
 以前から勝負強いとは、思っていた。傷を負わされたことも、何度もあった。
 けれど、本気で、闇を全部解放して、
 殺す気で、
 挑んでも勝てない、なんて、そんな、

 もう一世紀程前、一度だけ本気でサタンに挑んだことがある。実力差なんて分からなかった。
 最後の最後、1激だけ喰らわせるとサタンは目を細めてほぅ、と洩らした。
 でも余りにも適わなくて、寧ろ殺されなかったことが悔しくて、その後2、3年くらいはひたすら悔しがることに費やしたけど、相手が相手だったからその内諦めは付いた。
 多分、俺がこいつに適うようでは、何かが駄目なのだろうと。
 それでも今も時折挑まずにいられないのは、それはそれで俺自身の世界に関わって来るからだ。
 最も、最近は邪魔が入って血を見る前に大抵中断されてしまうが。

 サタンには適わなかったけれど、他の奴には決して負けなかった。
 俺はやたら運が悪いし、この剣は一種賭けみたいな力の出し方しか出来ないから、うっかりルルーにぼこぼこにされたりすることもあるけれど、ラグナスに腕を持って行かれそうになることもあるけれど、ドラゴンに喰らい付かれ毒に呻く夜もあるけれど、
 それでも、皆、殺される前に、殺す自信はあった。

「ヒーリング」
「・・・止せ、」
 翳された小さな手を払いのける。
「お前は、勝ったんだ。・・・好きに、しろ。はやく、」
 殺せ、というのは声にならなかった。
「うん。好きにする」
 言って、アルルは今度こそ回復魔法を施した。

 これだから、
 こんなだから、殺さなきゃいけないと、思ったのだ。

「御免ね。御免ねシェゾ。ボクは、こんなに強くなりたいなんて、思ってなかったのに」
 その言葉が、俺の、俺と同じような思考を持つ者を殺すと、こいつは、
 ・・・ああこいつは、多分知っている。
 それでも、言うのだ。彼女は余りにも、自分に逆らわない。それが誰を殺そうとも。
 散々好き勝手して生きてきた俺に言えた事でもないけれど。
「・・・謝んなクソが」
 良いんだ。そうだ。俺だって別に、強くなりたいなんて、大して願ってなかった。
 家庭は中流で、魔力は溢れ返っていたが術はあまり覚えなかった。当時は自分が光属性だと信じていたから、殆ど覚えられなかったのだ。
 そしてそれでも困らないと、思っていたのに、何故か闇を襲名するに至って、力を手にして、半端に強くなって、
 ただ、弱いままじゃ、生きる事が出来なくなったから、
 ただ、死にたくないと、それだけで、こんなところまで、

 思い出してしまった。少女と俺は同じだった。余りにも対極だったけれど。

 これだから、
 こんなだから、殺さなきゃいけないと、思ったのだ。
 こいつと居たら、今まで生きてきた意味が、分からなくなる。
 ただ、死なない為だけに、生きてきたのに。

「大丈夫だよ」
 表面的には傷を塞ぎ終えて、少女は顔を上げた。
 ボクは、もうすぐ死ぬから。
 言ったアルルに、一瞬病でも抱えているのかと思い、直ぐにまさか、と思った。
「ボクは、ただの人間だから、すぐにキミの前から居なくなる」
 あとほんの、50年くらいの辛抱だよ。
 アルルはいかにも、それが救いであるかのように口にする。事実そうだと信じているのだろう。
「だから、それまで、一緒に、ね」
 彼女は死にたくないと言わない。ただ、生きたいと思っている。

 ああ、
 これだから、
 こんなだから、殺さなきゃいけないと、思ったのだ。
 こいつと居たら、今まで生きてきた意味が、分からなくなる。
 ただ、死なない為だけに、生きてきたのに。

 今更生きたいなんて、
 死んで欲しくないなんて、

 今、殺してくれと、喚きそうになってどうにか堪えた。
 殺さないでと、叫んだ命を何度も両断した自分にその権利はないと思った。

「最後まで、一緒だったら、良いね。キミとも、サタンとも、ルルーとも」
 ルルーにはアルルと同じように寿命があるから難しいだろう。
 けれど、何だかアルルは、最初に死んでしまう気がした。
 その時、寂しいのはどちらだろうかと思ってしまって、
 兎に角、取り敢えず、その日、その時まではと、
「・・・気が、向いたらな」
 沈みかけた意識でどうにか返すと、アルルは少しだけ目を見開いてから静かに微笑んだ。


 ガチでやりあったら勝てると信じてたのに普通に負けて吃驚するシェゾ、が書きたかった(良く分からない目標)。
 シェゾは一応180歳設定で書きましたが、でか変身でちゃんと成長してるからどっかで時空越えてるだけかもと思う。それともあれは魔導の184cmどうとかっていうアレですか。
 寿命話はサタアルでも書きたい。

268 僕は見惚れる(看取れる)

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