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□正しい選択
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 この3階から地下層へワープする為に設えられた魔法陣だろう。
 描かれた記号の1つ1つを手にした本と見比べてシェゾはそう結論付けた。
「よし、じゃあ行こう」
 答えたアルルにシェゾも頷いて、魔法陣の上に踏み込んだ2人の身体は淡い光に包まれ、視界が徐々に白く染まって、

「え?」
「わぁ!」
「ぐぎゃっ」
「いたたた・・・」
 何故か2人は空中に出現し、シェゾを下敷きに落下した。
「重い」
「重くないよ。非力なんだからー」
 厭味をさらりとかわしてアルルは立ち上がる。
「・・・屋外、か」
「ちょっと、地下に降りるんじゃなかったの?」
 頭上に広がる空を見てシェゾが呟き、アルルが抗議する。
「その筈なんだが・・・」
「ていうか、ここって、」
 覚えのある景色を見回す。
 2人が立っているのは、目的のダンジョンの地下ではなかった。どころか、魔導世界ですらなかった。
「『地球』・・・だよね」
「チキュウ? ああ、あの『りんご』とかいう・・・。俺が前に飛ばされた場所とは随分様相が違うな」
「そうなの?」
 アルルは知らないがシェゾが以前地球に飛ばされた時は砂漠に出てしまい、うっかり餓死しかけたのである。
 今2人が居るのはすずらん商店街の入り口から少し離れた場所で、早朝だった為幸い人通りは無かった。

「でもなんで、地球に、」
「恐らく・・・偶然繋がったんだろう。そう言えばサタンが、最近また時空が不安定になってるとか言ってたような」
「もう、知ってたんなら何で不用意に移動魔法陣何か使うのさ」
 無数の並行世界は全て一定の周期で、或いは全く無秩序に近付いたり離れたりを繰り返している。そして時空が近くなっている時に、移動魔法を発動させると時折バグが起こる。
 つまり、予定外の場所にすっとばされる事がある。とはいえ世界間を越えての転移などそう起こることではないが。
 この地球にはそもそも魔法が存在しない為、こちらから魔導世界へ飛ぶようなことはない。
「ま、時空の狭間じゃなかっただけマシだけど」
 厭味半分本音半分でアルルがごちる。
「あのなぁ、俺だって好きで、」

 ヴォン、

 シェゾが言いかけた所で、背後から、音。
 耳慣れない重音に振り返って、目を、見開く。
「・・・な、んだあれはっ!?」
 数メートル先に迫った、大きな、得体の知れない、何か。
 魔物!? ゴーレム!? 速い! 近付いて来る!!
 速決を下したシェゾはばっと掌を翳す。

「アレイア―――」
「じゅげむっ!!」

 ド、と、唱え切る前にその言葉尻諸共シェゾは地面にめり込んだ。
 トラックの運転手は訝しげな表情を向けたものの、アルル達の手前で右折してあっさりと視界から消えた。
「何しやがる!? 敵だったらどうすんだ!」
 がばと半身を起こしたシェゾが怒鳴った。
「何する気だったの」
「殺すに決まってんだろ! 殺されてからじゃ遅いだろうが!!」
 安全が確認出来ないものは全て危険。危険なものは排除。疑わしきは滅せよ。
 魔導世界では常識。望まない闇の力を宿したシェゾならば尚の事。
「駄目」
 アルルは短く言って首を振った。
「あれは、殺さなくても良いものなんだって」
 幼子に聞かせるようなトーンで、シェゾの傍らに座り込んだままアルルは訥々と呟く。
「この世界に敵なんかいない。ここは平和なんだ。折角の世界だ」
 乱しちゃ、駄目だよ。アルルは微笑った。

 敵なんかいない。魔法なんかない。

 下手な冗談みたいだとシェゾは思う。
 そんな世界、まるで作り物のようだと。
 それを、アルルは奇跡と呼ぶのだけど。
「・・・大丈夫?」
 アルルの問いかけには反応を返さないまま、ひたすらじいと、ちまちまと舗装され整備された街並みをシェゾは見詰める。
 街灯や信号機や自動車が何なのか、シェゾには勿論分からないけれど、矢張り贋作めいていると、思って、何故か酷い疎外感を覚えて、
「空気が、悪い」
 それだけを、呟いた。

『アルル』

「あ、サタン」
「げ」
 脳内に響いた声に2人は同時に反応した。
『何処だ。地球か?』
「うん。そう。シェゾの不手際の所為で」
「何でだよ! あんなもん事故だろ事故!! 大体俺に頼りっきりだから巻き込まれんだろうが!!」
「だってボク古代魔導語何か殆ど分かんないもん。言っとくけど馬鹿じゃないからね。学校じゃ優秀な方何だから。だたキミみたいに、年中魔導書とだけ会話してる訳には、」
『こほん』
 サタンが軽く咳払いをして、5分後に世界を繋ぐからそこを動くなと言った。

「5分じゃりんごの所までは行けないなぁ」
 アルルが残念そうに言って、シェゾが漸く思い出したように身を起こした。
「ふん。いっそこっちに住んだらどうだ」
「そうだねぇ。ここは平和だし」
 酷く皮肉の込められた笑みを浮かべてシェゾは言い、のほほんと予想通りの反応を見せたアルルに、仕向けておきながら奥歯を鳴らした。
「でも、シェゾは戻るんでしょ?」
 そのトーンを保ったまま、アルルは問う。
「当然だ。・・・こんな世界、無理だ」
 車も、信号機も、直線ばかりの街並みも、煤けた大気も、
 安全。静寂。整然。平穏。安寧。健全。秩序。普遍。平和。
 作り物みたいな。世界の死骸、みたいな。

 こんな、正しい世界では、自分みたいなのは存在出来ない。

 大きな力は魔導世界でだって異質だ。この世界ではそれどころではないだろう。
 覇王のような振る舞いは、恐れられたり、敬われたり、蔑まれたりするけれど、結局、そんな風にしか、なれないだけだ。
 異質はどこにあっても異質で。本当は、居場所何てここでなくたってありやしない。
 ただアルルだけは、どんな世界ででも受け入れられるような気がした。それが救いなのか絶望なのかは分からなかった。

「シェゾが帰るならボクも帰るよ」
 あっさりとアルルが言って、唐突に現実に引き戻される。
「ボクは平和が好きだよ。安全で、誰も殺し合わないで済む方が好き。でも、キミ達も好きだ」
 世界と1人とを、平等に天秤にかけるその不平等。
「キミやサタンの世界に平和はないだろうけど、ううん、逆だね。平和な世界にキミ達は居ないだろうから」
 きん、と、自身のものではない魔力が周囲に流れ、
 察したアルルは顔を上げて焼き付けるように地球の姿を見回して、
「ボクは、どっちかだったらキミ達を選ぶよ」
 そしてもう一度、シェゾを見た。

 アルルの表情を見ようときつく瞳を凝らしたけれど、その時には既に全て白い光に飲まれていた。


 ダンジョン探索とお互いの家以外のシチュが思い付かない。
 7その後設定。車にビビって攻撃するシェゾが書きたかった。
 サタン様が万能。御都合主義すいまそ。

234 世界の亡骸

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