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□覚悟しろ!
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「ちく、しょ・・・」
 今日も今日とてアルルの手によって地に伏したシェゾが呻いた。
 週に2,3度行われる小競り合いは、大抵血を見るか見ないか程度のレベルなのだけれども、本当に時折、思い出したように命のやり取りにまで発展することがある。
 そしてその選択肢は全面的にシェゾが握っていた。しかしそれは彼の方が優位だからではない。
 アルルはシェゾの本気に合わせて本気を出す。シェゾが剣を抜かないなら基礎魔法しか使わないし、シェゾが腕を切り落とそうとすれば脚をへし折ろうと応戦した。
 その余裕に時折耐えかね、年に何度かシェゾは本気でアルルを殺そうとした。
 すればアルルはシェゾを無害化するべく大火力を発揮した。
 ただ、いつものように、決して殺そうとはしなかった。

 血と泥に塗れ右腕と両足の動かないシェゾに歩み寄る。血が入ったのか右目は閉じている。
 そんなシェゾの傍らに立って、アルルは自身の外れた左肩と大きく抉れた右の腿、全身に散った創傷に回復魔法を施した。
 シェゾの呼吸は早く、浅い。ぼんやりとアルルを見上げていた左目も閉じかけて、
「ヒーリング」
 しかし繰り返されたその呪文に反応し、シェゾは残った左腕を振り上げ、
 アルルの胸をほんの微かに押しやると力尽きてぱたと地に戻った。
「や、」
 めろ、と、声にならず大きく咳込んだ後に黒い血の塊が吐き出された。
「・・・んでだ、何で、俺は勝てない。俺は、闇魔導士だぞ。力以外の何もかも捨てて、奪われて、闇と痛みだけ傍に置いて100年以上かけてここまで来たのに、」
 徐々に小さくなる傷口に反比例して呪いの言葉は高くなる。
「どうしてこの俺が負けるっ!? 殺す覚悟もないお前何かに!!」
「・・・うん。そうだね。ボクにキミの命を背負う覚悟なんかこれっぽっちもない。ボクはキミ程酷くないし、優しくも無い。それでもボクが勝つのは、」
 アルルは微かに憐れむようないろでシェゾを見返した。シェゾの瞳は色とは裏腹に炎を湛えていた。

「多分、死ぬ覚悟が出来てるからだよ」

 理由がそれだけで片付く筈もない。しかし、殆ど魔力の量に差が無い筈のシェゾとの間に一線を画すのはそれだろうと、アルルは思っている。
 胸を庇わず、首を庇わず、簡易で軽量の鎧だけを身に纏って、最短距離で相手に突っ込む。そんな、戦い方。
 シェゾの傷は殆ど四肢に穿たれていた。立ち上がれないように、剣を握れないように。そして死なないようにと、アルルが与えたものだ。
 一方のアルルの傷は深さこそ然程ではないが、全身、こと急所近くに集中していた。シェゾが経験から放つ攻撃が穿ったものだ。それでも、彼女は勝ち続けている。
 攻撃は最大の防御とは良く言ったものだ。あと肉を切らせて骨を断つ、とかね。

「かわいそうなシェゾ」
 文字通り無情な声だった。ただ、事実を告げるだけの音程。
「ボクがキミを殺すことは絶対にないから、どうしてもボクの特別になりたいと願うなら、キミがボクを殺してね」
 そうしてアルルはくつりと笑った。
 随分角の取れたシェゾを、殺し合いに至らせるのは本当は大概それだった。
 即ちアルルが、余りにも何も愛さなくて、憎まないことが、
 それで例え結果的に彼女を殺してでも、彼女の、『何か』になりたいと。
「出来たら、とっくに、」
 やっている。既に激情は去ったようで、諦めの籠った低いトーンでシェゾは呟いた。
「そうだね。シェゾはボクには勝てない。キミには覚悟が足りないからだ。キミの為に、ボクの為に、ボクは殺せても、キミはキミを殺せない」
 ぐ、とシェゾは眉を寄せる。それは、もう仕方のないことだ。
 シェゾは、この長い時間を、膨大な魔力を、気の狂いそうな疎外と孤独を、それを抑え込む精神力を、
 ただ、死なない為だけに、使って来たのだから。
 それが彼女の為でも、自分の為でも、今更それを投げ出すことなど、

「それでもどうしてもボクの特別になりたいと願うなら」
 大方の傷を塞ぎ終えてアルルは立ち上がる。
 限界まで治癒を促した身体には、痛いほどの疲労が残って、シェゾは指1つ動かせない。
「死ぬ覚悟を、キミもすることだね」
 とんとん、シェゾの右胸を軽く叩き、楽しくもなさそうな笑顔を貼り付けたアルルの、その声だけが酷く優しく響いた。

「そうしたらもしかして、ボクに殺して貰えるかも知れないよ?」


 また殺し合いネタ。
 アルルは聖母だったり悪魔だったりまちまちですね。

181 愛し殺したい

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