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□modulation
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「お久しぶりです。レン」
「御足労頂いて申し訳ありません。ファビア姫」
片膝を付いたレンを見下ろす。ガンダルディアの正装に服が変わったくらいで、彼の姿はかつてのままだ。
「姫などと、止めて下さい」
「しかし、」
私達は、かつて同志であったブローラーズの時とは立場が違います。淡々と進言した。
「私は、今もブローラーズの一員のつもりです。ですからレン、貴方も。どうか否定しないで下さい」
「ファビア・・・」
分かった。俺が悪かったよ。レンは漸く顔を上げた。
「レン、」
「ん?」
ローテルディアとガンダルディアの戦争が終結して、半年程。
漸くガンダルディアの法治も形になって、いよいよ正式にローテルディアと交流を持つ事になりそうだ。今日これから行われる、姉とナザックの会合がその第一歩。
レンもガンダルディアの復興には相当な貢献を果たした。幾つものプログラムとシュミレーションを経て、資源の無いこの星で、どうにか生命が脅かされないだけのインフラを確立して見せた。その間殆どの時間を、この自室でひたすらモニタに向き合って。
「ご自分でおかしいとは思いませんか。こんな何も無い所に一日中閉じ籠って」
「俺は別に・・・というか、ファビアには関係、」
「ありませんけれど、この環境は幾ら何でも精神衛生に悪いと思います」
唯でさえ終日薄暗いガンダルディア。加えてこの部屋にはモニタ以外に照明になるものが一切無い。
「というか貴方、何故人間態なのですか」
レンの頬をモニタの光が照らす。浅黒い肌に、銀の髪と金の瞳。
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。今、俺は普段からこの姿なんでな。誰に見られるでもないし」
それは、こうしていても不便ではないという事実に過ぎず、態々人間態を取る理由にはならない。
「・・・レン、貴方、ダンの事で頭が一杯なのでしょう」
「!」
「だからこの状況の異常さに気付かないのです」
言えば、レンは目を細めて私を見下ろした。
「お前こそ」
刺す様に、レンは言う。けれど私は分かっている。理由も、異常性も。
『やっぱそっちの姿の方がしっくり来るな!』
レンがバリオディウス軍からブローラーズに戻って来て、再び人間態を取った時に、ダンの言った言葉。
きっとそこには何たる意図もない。精々そちらの方が見慣れていると、その程度の。
けれどレンは、そして私は、確かに『地球人では無い』事を、彼等と違う生き物である本来の私達を拒絶されたように感じた。
ダンは選ばれた人で、正しい力の持ち主で、だから私達の為に戦ってくれたけれど、それは『戦争を終結させる』という、遠く大きな定義の元、私達個人なんて関係のない所で決まっていた事に過ぎない。
別に、私達に何かを想って、受け入れてくれていた訳ではない。
「貴方が言った通り、貴方の姿は誰にも見られない。ダンにも、二度と、決して」
そして私は、とうとう一度も、本当の姿を彼に見せる事が出来なかった。
ローテルディア人の歴史。ガンダルディア人の誇り。
ダン1人への畏れの前に、それらのどれ程軽いことか。
「・・・そういえば、貴方にも見せた事はありませんでしたね」
光を屈折させていた空気の膜を霧散させる。
比喩では無く白い肌と、硬質な紫紺の瞳。私の、本当の姿。
レンは表情を固くしたまま人間態を解こうとしない。
「折角、人が素顔を見せたというのに」
「ファビアは、ガンダルディア人が嫌いだろう」
レンが漸く返した。
それは、その姿が私の為でもあったと?
「外見や人種に捕らわれる等愚かな事です。・・・ダンに、教えられました」
なのに、その彼の言葉で姿を縛られていた私達は、なんて弱い。
瞳孔の無い瞳も、角じみた外骨格も、全く凹凸の無い皮膚も、太く鋭い爪も、そんな差異は意味を成さない程の恐ろしさも、優しさも、私達は知っているのに。
「もう、ガンダルディアもローテルディアもありません。戦争は、彼が終えてくれた」
多分、
『ダン』は禁句だ。
お互い。
未だ、私達の距離は酷く遠い。
けれど、それでいい。
そんな風に不器用なのが、良い。
互いに今も、他の誰かを想ってる。
「折角国交が始まるのですから、時々は会いに来ます。貴方の姿、私が見届けましょう」
一方的な誓いは私の中だけにあれば良い。
貴方が選ぶのが地球人の姿でも、ガンダルディア人の姿でも。
その時には私も、あの人の隣で愛を誓った『姫』の姿と、ダンと共に闘った『戦士』の姿の、どちらかを貴方に差し出しましょう。
+
登場時から未亡人で主人公に素顔見せないまま終了とか斬新過ぎるヒロインだった。
相変わらずうちの主人公様は神格化が激しい。離別すると拍車。
タイトルは『転調』の意。