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□3番目アリス
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「う・・・んん・・・」
 一度強く目を瞑って、手の甲で擦る。ずっと直らない寝起きの癖だった。
 そして、開いた瞳に飛び込んで来たのは、
「あれ・・・?」
 立派な大理石で出来た、広く高い天井と、

「おはよう」
 正面で微笑む桃色の髪の美しい少女。
「・・・君は、」
「あたしは、あむよ。あむ」
「あむ・・・ちゃん?」
「そう。あのね、ここは、貴方の夢の世界なの。そしてあたしは案内人」
 良かった。まだ、貴方を呼べるだけの力があって。
 あむは嬉しそうに饒舌に語る。
「そうだわ」
 不意にあむが少年を振り返り、少年はびくりと肩を揺らす。少年もまた美しい顔をしていた。
「まだ、名前を聞いていなかったわね」
「あ・・・えっと、僕は、」
 少年は、恐らく自分と同じくらいの歳であろう、自身の夢の案内人を名乗る少女にすっかり見惚れ、誘われるまま名を告げる。
「僕は、唯世。辺里唯世」
 そう。宜しくね。ねぇ、唯世君って呼んでも良い? あむはまた笑う。

「ねえ、あむちゃんが、僕を呼んだの?」
 良かった。まだ、貴方を呼べるだけの力があって。
 あむが呟いた言葉を思い出しながら唯世が問う。
「そうよ」
 酷く重厚なお城の廊下。かつかつと靴を鳴らして2人は歩く。
「何で?」
「・・・あたしの、望みを叶える為よ」
「あむちゃんの、望み?」
「そう。そしてその為には、唯世君の望みが必要なの」
「僕?」
「そうよ。唯世君の欲しいものは何?」
 ひと際大きな扉の前に立ち止まったあむは振り返り、唯世を正面から捕らえる。唯世も足を止め、あむを見返した。
「僕の欲しいもの」
 そんなものは1つだ。
「国が」

 国が、欲しい。僕が王になれる国が。

「分かったわ」
 答えたあむは、背後に向き直り両手でその大きな扉を開く。
 大きく口を開けた空間に、唯世の視線が吸い寄せられた、その先には、
「玉座だ・・・」
 大きなシャンデリアに煌々と照らされた、玉座、否、
 王座が、ひとつ。
「あれが、唯世君の力」
「・・・うん」
 唯世は玉座に視線を固定したまま、僅かに頷く。
「さあ、座って。そして、どうかアリスに・・・」
 あむの言葉を聞いているのかいないのか、唯世の足は玉座に向かう。
 玉座にぽつんと乗っていた王冠を頭に乗せ、ゆっくりと腰を下ろして、目を閉じ、開いて、彼の国を目に焼き付ける。

「この国は、まだ空っぽなの。唯世君の望みが、この国の全てを作るのよ」
 土地を、法を、人を、貴方の手で。貴方の望みのままの世界を。
「僕の、望み・・・」
 唯世が呟くのと、同時、部屋の壁も天井も真っ白に色を変えた。彼の、最も愛する色。
 彼の頭の王冠だけはもとの黄色のままだったけれど、視界の外のそれに唯世は気付かなかった。
「凄い・・・!」
 唯世は白い部屋で子供の様に目を輝かせた。
 次に彼は緑に溢れた街並みとそこに生活する人々を思い描き、
 そしてそれはその通りになった。
 それから、国を治める為、数々の法を作る。

『犬にリードを付けてはいけない』
『花を抜いてはいけない』

 そんな細かい決まりから、

『他者に優しくしなければいけない』
『自らに厳しくしなければいけない』

 大前提、そしてもう1つ。

『王を尊ばねばならない』

 唯世はその満たされた世界に思いを馳せ、最後に最も重要な法を付け足して、彼の国は完成した。

『法を破るものは、死刑』

 暫く、国は平穏であった。皆は王の望むように優しく強かった。
 しかしある時、飼い犬に噛み癖があり子供が危険だからと、ある母親が犬に鎖を掛けた。
 彼女はその日の内に王宮に取り立てられギロチンに掛けられた。
 それに立ち会う唯世を真正面から睨み付け、
 おうさまなんてしんでしまえ、
 そう言い放ったのは彼女の息子で、間もなく母の後を追うことになった。
 そしてその後、王に抗議する者が殺到した。何故なら彼等は皆王の望み通り優しく正しい者達だったからだ。
 彼等は順に捕らえられ王宮の広場に血を流した。

「・・・また極刑ね」
 王間の窓から広場を見下ろしあむが呟く。
「どうして皆僕に逆らう・・・! この、王たる僕に!!」
「・・・」
 あむは何も言わない。

「唯世さん」

 彼を呼んだのは彼女ではない。
「・・・お祖母様・・・」
 王間の中心に凛と立つのは、小さくも威厳を放つ老人だった。
「何故、お祖母様がここに・・・」
 彼女は唯世の父方の祖母で、今の唯世を、作った人であった。
「お祖母様は、もう、」
 長く床に臥せながらも厳しく優しい彼女に、唯世は実の母からよりも多くを教わった。しかし、彼女は
「亡くなった筈なのに・・・!」
 1年程前に、自宅で急死してしまったのだった。





『唯世さん、常に優しい人でありなさい』
 お祖母様は病床からでも僕に沢山のことを教えてくれた。
 厳しい部分もある人だったけど、僕はお祖母様が大好きだった。
 けれど、
『貴方まであの人の味方をするの!? ねぇ、唯世さん!』
 旧家の長男であるお父様と結婚したお母様は、周囲からの、こと、お祖母様からのプレッシャーと常に闘っていた。
 何度も何度も、僕を抱き締めてお祖母様への呪詛を吐き長い時間泣き続け、それを見咎められてはまた恨みを募らせる。
 子供心に、お母様を見捨ててはいけないのだと悟った。

 そして、あの日、
 小学校から帰ったら、家の前に救急車が止まっていて、運び込まれるお祖母様が見えた。
 そして、そのまま帰らぬ人となる。
 数日前から具合の悪そうなお祖母様が、心配だったけれどもお母様の手前何も言えなくて、こんなことになってしまった。
 死の知らせに涙を隠せなかった僕を、お母様はお父様や集まった親戚から隠すように隣室へ連れて行ってくれて。
 情けなくて目を擦る僕の隣で、声もないまま、お母様は、確かに、

 笑ったのだ。

 哀れだった。お祖母様がそれ以上にお母様が。
 お祖母様とお母様が上手くいかなかったのは、悲しいけれど仕方がない。
 けれど、こんなことにならずに済む方法があった筈だ。
 誰かが、母を支えてやれば。僕に、彼女を支える力があれば。

『常に優しい人でありなさい』

 亡き祖母の声が蘇る。
 けれどそれでは駄目だったんです。僕が優しくても誰も救うことが出来なかった。
 皆が、誰もが、優しくあれば良いのに。
 優しい国が欲しい。僕が王になれる世界があればいい。

 それはきっと唯一つの正しい世界。





「唯世さん」
 彼女はもう一度名を呼んだ。
「お祖母様・・・」
 そうだ、ここは夢だという。唯世の望みだという。だからきっと彼女も存在するのだ。

 どうですか、この世界は。ここでなら、僕は貴女を守れる。

「何ですか、この、おかしな国は」
 彼女の目は、かつて唯世の母に時折向けられたものだった。
「皆、貴方を恐れて貴方に従っているだけではありませんか」
 頭ごなしに唯世を叱った時に、決め付けで政治批判をした時に、何かに耐え切れずに泣いた時に、
 彼女は、こんな目で母を見ては、静かに叱咤したものだった。
「こんなものは政治ではありません。国家ではありません」
 厳しくも正しいその姿を軸に、唯世は今日まで生きて来た。
「唯世さん、今の貴方は王の器ではない」
 けれど、

 唯世の双眸はすうと細められる。
「・・・貴様、王たる僕に刃向かうのか」
「唯世さん! 力に惑わされてはいけません!!」
「黙れ! 王に逆らう者は極刑だ!!」
 連れて行け、唯世が命じれば、忠実な兵士達が彼女を捕らえる。
 彼女はもう抵抗一つしなかった。ただ、悲しそうに唯世を見るだけだった。
 それは首を落とされるその瞬間まで。
「仕方がない。仕方がないんだ。王の家族だからと例外を作ってはそれこそ国民に示しがつかない」
 僕は、たとえ僕が傷付いてでも国を守る。
 呟いた唯世は無表情だった。
「唯世君・・・」
「大丈夫だよ。あむちゃん。どうか悲しまないで。君だけは、僕が守るから。だから、」

 僕の妃になってくれないかい?

 そう言った唯世は、自身のそれと揃いの王冠をあむに差し出した。
 けれど、あむはゆっくりと首を振る。何故か泣きそうな表情だった。
「何で!? ねえ、あむちゃ・・・」
 ぽた、
「え?」
 問いかけた最中、何かが床に落ちて、真紅のそれを血だと認め、
 そこで唯世は、火傷のように爛れ血を滲ませる、

 自身の右手に初めて気付いた。

「う・・・うわぁああああああああああっ!!」
 ぱた、ぽた、
 剥き出しになった肉からは血や他の液体が滴り、認識と同時に、火が付いたような痛みを発する。
 がらん、両手をすり抜けた王冠が床を転がった。
「あ・・・あ・・・」
 そしてそれは腕だけに留まらず、
「・・・ぼくの、かお、が」
 唯世の右の頬もまた、同様の症状を見せていた。

「・・・ジャ・・・ジャック! ジャックっ!!」
 痛みを堪えながら、唯世は家臣を呼ぶ。
「はいはいオーサマ、呼びました?」
「遅い! は、早く、医者を・・・!!」
「・・・」
 しかし、ジャックスの階級を付けたトランプ兵は暫く呆けた後に、言ったのだ。

「王様、どうかしたんですか?」

「な・・・!?」
 この惨状を見て、どうして。
「こ、この顔を見ろ! お前は何でそんな・・・っ」
「顔? はぁ、そうですね。王様の顔は、いつだって世界一美しいですよ」
 にこり、トランプ兵は屈託なく笑う。

「この世界の基準は貴方なのだわ。貴方の顔が傷付こうが爛れようが、それがこの国にとって最も尊いもの」
「あむ・・・ちゃん・・・?」
「唯世君は、たとえ唯世君自身が傷付いてでも世界を守ると言ったわ」
 あむは玉座にひざまづき唯世を見上げる。
「その心が傷付かないなら、身体で示して貰うしかない」
「何・・・言って・・・」

 ざ、ん、

 また、誰かの首が撥ねられ、唯世の傷口も広がっていく。
「あ、ぁ・・・」
「それでもまだ、唯世君は王であらねばならないわ」
「い、やだ。嫌だ。やだ、やだよっ! こんな、い、痛い・・・!! 助けてよ、あむちゃん・・・」
「ここは唯世君が作った世界。皆が、貴方を崇める為に存在する国。だから、私には彼等から貴方を奪うことは出来ないわ」
「あむ、ちゃ・・・」
 ずる、目元の皮膚が削がれ、溢れる鮮血は正に血の涙で。

「さよなら、唯世君。3番目アリス」
 あむは顔を覆って別れを告げる。
「ねぇ、唯世君、貴方もアリスにはなれなかった」
 王間を横切ったあむは、扉の前で振り返り、
「ごめんね」
 呟いた声は王を指示する民衆の歓声に掻き消されてしまったけれど、

 どの道、王様の耳には誰の声も届かない。





3番目アリスは幼い娘。綺麗な姿で、不思議の国。
いろんな人を惑わせて、おかしな国を造りあげた。
そんなアリスは、国の女王。
歪な夢にとり憑かれて。
朽ちゆく身体に怯えながら、国の頂点に君臨する。



 お母様まじすまん(まず唯世君に謝れよ)。でも原作でもここの家上手く行ってないよね・・・。
 ていうか今更だけど、このサイトボカロも扱ってるのに何で態々しゅごキャラでパロってるのか。
 あ、解説は最後に纏めてやります。

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