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□上
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 舞いを終えてステージを降りる。
 観客からは歓声が湧き、珍しく母も褒めてくれた。
( 今の、出来、良かったかなぁ )
 そうして、自分でも思い返そうとした時、
「・・・あ、そっか」
 ふいに、この世界が何たるかを知る。
「どうしました?」
「・・・」
 問いかける母に返事もせず、ただ一つ念じた。

 消 え ろ

 そして、母も、観客も、舞台も消えて、世界は一旦消失する。
 筈だった。
「あれ?」
 闇色に潰れた世界の中で、艶やかな着物から、動きやすい制服へ衣装を変えた少年は呟いた。
「何でだ? これ、僕の夢だよね・・・」
 1人言葉を続ける。
 ここは少年自身の夢なのだと、認識して、今までにも何度もそうしたように何も、光すらない世界を望み、全てを消した筈なのに。

「何だろう。この扉・・・」

 ひたすら黒い世界に、ぽつんと緑の扉。
 細かな細工の施された木製のもので、上部にはスペードのマークが模られていた。
 何度消えろ消えろと念じてみても、扉はひたすら存在する。
「・・・開けて、みようかなぁ」
 誰にともなく呟いてみた。
 どうせ夢なのだし、何か面白いことが起これば儲けもの。
「よし、」
 ひとつ頷いて、少年は取っ手を捻り扉の向こうへ飛び込んだ。





「・・・森?」
 再び目を開いた少年は、鬱蒼と茂る森の中に立ち尽くしていた。
 振り返ると、既に扉は消え失せていて、
 仕方がないから先へ進もうと、長い黒髪を翻らせ前に向き直った少年の、文字通り目の、前には、
「!?」

 一瞬、鏡かと思った。

「な、なんで・・・」
「あら、失礼ね。そんなに驚かなくても良いじゃない」
 少年と、全く同じ顔をした少女が微笑んでいた。
 否、少女ではない。桜飾りのリボンで髪を結い上げ、少年と同じ学校の女子用の制服を纏った目の前の存在は、それでも少年であった。

「ここは夢の世界なのだもの。私達が同時に存在することも不可能ではないわ。ね、なぎひこ」
「・・・・・・なでしこ」

 実に女らしい動作でなでしこは笑う。
 自然過ぎるそれになぎひこは苦笑した。
 だって、なでしこは男の子で、更に、この僕自身であるのに。





『ねえお母様、何で私は男の子なのに、他の子と服や言葉が違うの?』
 幼稚園にも保育園にも通わなかった私は、5歳も間近になった頃にようやくそれに気付いた。
 町を歩く男の子達は、誰も『私』なんて言わないし、スカートだって履いていない。
『貴方はこの藤崎家に生まれた男子なのですから、女形舞踊を学ぶ為、小学校を卒業するまでは、女の子として生きねばならないのですよ』
 分かりましたかなぎひこ、いいえ、
『なでしこ』
『分かったわ。お母様』





「それより、さっきから気になっていたのだけど・・・」
「うん。血・・・みたいだね」
 森の中、彼等の足元から一本伸びた小道は、べったりと染まっていた。たった今、誰かが血を流したかのように、赤く濡れている。
「どうしようか」
「どうしましょう」
 2人、否、1人、呟いたその背後から、

「悩むくらいなら進んじゃえー!」

「へ?」
 振り返れば、赤い大きなリボンを両耳に付けた、薄茶色の兎が2人を見上げていた。
「・・・今喋ったの、君?」
 なぎひこが問うと、もっちろん!兎は元気に応える。
「君達は進まなきゃ駄目なんだよ! この道を辿らなきゃいけないの!」
「どうしてかしら?」
 今度はなでしこが答える。
「だって、」
 兎は一度ぴょんと跳ね、

「2人は、アリスだもん」

「アリス・・・?」
「って、何?」
「ほら、早く行こーよ! 置いてっちゃうよー!!」
 2人からの今度の問いは綺麗に無視され、兎はぴょんぴょんと森を進む。
 なでしことなぎひこは慌てて後を追った。

「あれは・・・」
 暫く歩いた先で、道は唐突に行き止まっていた。
 うず高い緑の茨が行く手を塞いでいるのが見える。
「ねえ、あれは一体、」
 なぎひこが問おうと振り返ったが、兎は少し手前で足を止めていた。
「兎さん?」
「案内は、ここまで。後は2人で見届けるの」
 ぴくぴくと耳を震わせた兎はぴょんぴょんと道を引き返し、

『あむちーを、助けてあげて』

 そう言い残すと、藪に消えた。
「・・・意味の分からないことばかりだね」
「あそこへ行けば、何か分かるのかしら」
 さく、さく、
 べちゃ、べちゃ、
 茶と赤の地面でそれぞれの足音を立てながら、2人は茨の前に辿り着く。
「・・・なんだろう、これ、茨に見えたけど、何か金属みたいな・・・」
 緑色の太い蔓から、幾つも赤く長い棘が突き出していて、それらは木漏れ日を反射してきらきらと光っていた。
 興味を持ったなでしこが手を伸ばしかけ、

「触れては危ないですよ」

「!」
 唐突に、蔓の向こうから、声。
 恐らく自分達と同じ年頃の少年のものと思われるその声は、しかし驚く程静かに沈んだもので。
「・・・なでしこ、誰か居る」
 なぎひこに言われ、蔓と蔓の隙間から覗き込むと、淵なしの眼鏡をかけた少年が地面に座り込んでいた。
「貴方、一体・・・」
 何を、しているの、と、問いかけた言葉は途切れた。

 彼の両手の指はどれ一つまともな形を保っていなかった。

「その・・・手は・・・」
「ああ、これですか」
 少年は何でもないことのように、肘近くまでずたずたになった腕を持ち上げ、
「何度か、ここを出ようと試みた結果です。無駄なことでしたが」
「どうして、貴方はこんな・・・」
「僕達に、助けることは出来る?」
 一歩引いた場所からなぎひこが声をかけ、少年は力なく苦笑する。
「それは無理ですし、その必要もありません」

 これは、俺の罪ですゆえ。

「姉さんは命令なくしては動けない俺をずっと心配してくれていたんだ。家を出た自分の処へわざわざ俺を呼び寄せる程に。嗜好や興味が希薄な俺がまともな振りをしていられたのはあの人のお陰だったのに。そのお陰で先生も友人も母さんも俺なんかを頼って信頼してくれていたのに楽しそうにすることも子供らしくすることも誰一人信じ慕うことさえ出来なかったこの俺を・・・っ!!」

 なのに、俺はこの手で、
 少年は血塗れの手で頭を抱える。

 ごぉ、ん

「・・・何?」
 懺悔の呻きが続く中、遠く低く鐘のような音が鳴り、
「扉だわ」
 森へ入った時と同じように、空間へ唐突に扉が出現していた。
 ただ、最初は緑だったそれと違い、今度は真っ青に彩られ、模られているのはダイヤの紋章で。
「・・・えーと」
 どうしたものかと黙ってしまった2人に、少年は行って下さいと告げた。
「でも・・・」
「良いのです。俺はもう後にも先にも動けない。お2人は先へ進んで下さい」
「・・・行きましょ。なぎひこ」
「うん・・・」
 扉を開き、足を踏み入れる2人の向こうで、少年の言葉が続く。
「そしてどうか」
 扉が閉まりかけて、

「あむさんを、頼みます」

 ばたん。
 そして森には再び静寂が戻る。





「今度は・・・」
「草原ね」
 扉が閉じて再び消え失せた後、2人の周りに広がったのは、一面真っ赤な薔薇の咲き誇る草原だった。
「えーと、見たとこ道もないし、今度は何すれば良いんだろう・・・?」
 周囲を見渡したなぎひこがやや困惑したように言って、

「お茶会をするのよ」

「え?」
 振り向いたなぎひこの視線の、やや下に、黒目がちな大きな瞳があった。
「うわっ!」
 あまりの近さに驚いて。
「道化は唐突に現れるものよ。いちいち驚くなんて馬鹿みたい」
「な・・・っ」
「お茶会って、どうすれば良いのかしら、ピエロさん」
 なぎひこを宥めつつなでしこが問う。
 桃色の衣装を着込んだピエロは、あれよと短く答えて、草原の中心を指差した。
 そこには青い薔薇を付けた木と、白いテーブルセットが存在していた。

「随分・・・本式のお茶会なのね」
 3段のティースタンドに飾られたスコーンとクッキーとサンドイッチ。
 真っ白なテーブルクロスに品の良い銀食器や砂糖壺やミルクピッチャーが並んでいる。
 しかし、
「でも、肝心のお茶が入ってないじゃないか」
 なぎひこの言った通り、ポットに湯気は立っているし、カップも温めたばかりのような熱を持っているけれど、茶葉は缶の中に全て収まったままだった。
「そうよ。だから、早くお茶会を始めなさい」
 涼しい顔をしたままのピエロがせっつく。
「・・・僕が入れるの?」
「当然でしょ」
 ピエロは言い切る。

「だって、貴方達はアリスだもの」

「アリスって?」
「そんなことも知らないの」
 馬鹿みたい。ていうか、馬鹿なのね。
「・・・どこの世界に客にお茶入れさせるお茶会がある訳」
「ここにあるわ」
「もう辞めてよ2人共。お茶は私が入れるわ」
 怒りを顔に出さないままで言い合う2人に呆れたなでしこが割って入る。
 茶道を嗜み、一応紅茶の知識も持つなでしこは効率よく茶葉を開かせた。
 勿論、それらはなぎひこの持ち得る知識でもあるのだけど。

 そうしてお茶を入れ終えたなでしこがようやく気付く。
「カップ、2つしかないのね」
 カップだけではなく、良く見れば椅子も食器も全て2人分しかなかった。
「ピエロさんは・・・」
「私は良いの。私の導きはこれで終わり。さあお茶会を始めなさい。後は2人で見届けるのよ」
 ピエロは兎と同様の台詞を吐いてふわりとスカートを翻し、

『あむのこと、お願い』

 小さく小さく呟くと、現れた時と同じく唐突に姿を消した。
「・・・で?」
「お茶会を始めろって、これ、食べて良いのかしら?」
 なでしこはマイペースに席に着くとクッキーを一枚手に取った。
 ふわり、
 瞬間不意に辺りを満たす薔薇の芳香が強くなって、
 さわさわ、
 風もないのに頭上の木がざわめく。
「・・・何かしら?」
「・・・」
「ねぇ、なぎ・・・」
「なでしこ、ちょっと黙って」
「?」
 言われたなでしこが口を噤み、ひらりと、目の前を青い花弁が舞い降りて、

『何しに来たんだ?』

「え・・・?」
 さわさわ、ざわざわ、
 揺れるざわめきの中から、確かに、声。
『人の死体の上で飲み食いしようなんて悪趣味な奴らだな』
「死体・・・」
「の、上って、じゃあ、君は」
『ああ、俺はお前らの下に埋まってる。つっても、もう身体なんてなくなってるけどな』
「どうして、」
『仕方がないんだ。俺はこれで良い。だって、』

 これは、俺の罪だから。

『歌唄は自分だけでも歌い続けて俺が音楽を忘れないようにしてくれてたんだ。いつだって誰かの為に音を奏でていた父さんのように。だからあいつの歌がある内は俺は何にだって耐えられた。強かったのは俺じゃなくて歌唄だったんだ父さんの意志を継いだのは歌唄だったんだ父さんのバイオリンが例え壊されようとも俺の心が父さんの意志を魂を継げばそれで良かったのに・・・!』

 なのに、俺はこの手で。
 ぴたりとざわめきが止まる。

 ごぉ、ん

 また、音。そして扉。
「黄色、か」
 光の加減で金にも見える扉に模られていたのはクローバーの紋章。
「行きましょう」
 ティーセットもそのままに、立ち上がったなでしこが率先して扉を開く。
 なぎひこも後に続き、扉が閉じる直前、

『あむを、救ってやってくれ』

 ばたん。
 さわさわさわ、青い薔薇の木が悲しくざわめく。





「あら、今度は賑やかなのね」
「本当だ」
 がやがやと人々が賑やかに活動する街の中で、2人は暫し周囲を見回し、
「お姉ちゃん達、見たことない服だ。旅の人?」
 通りかかった男の子にそう聞かれ、ええそうよとなでしこが色々な意味で若干の嘘を返し、

「そうなのか、じゃあ街を案内してあげようか」
「お金はある? お昼御馳走しましょうか」
「疲れてないかい。宿まで乗せてあげるよ」

「え、いや・・・」
「ありがたいですけど、大丈夫ですから」
 次々に掛けられる声をやりすごす羽目になる。
 本当に大丈夫、遠慮しなくても良いのよ、食い下がる街人からどうにか逃げ切った2人の背後から、
「あげる」
 声が聞こえてびくと肩を跳ねさせ、
「君、さっきの・・・」
 初めに声をかけて来た少年が水の入ったボトルを差し出していた。
「あ、ありがとう・・・」
「この街の人は皆親切だね」
 無駄に。とは勿論口にしないなぎひこだが。
「だって、王様が、人には優しくしなきゃいけないって言った」
「・・・それを、皆正直に実行してる訳」
「うん。だって、」

 そうしなきゃ、王様に首を切られちゃうから。

「それは随分・・・優しくない国ね」
 1人でボトルを空にしたなでしこが呟いた。

「おあー! やっと見付けたぜ!!」

「え?」
「今度は何な訳」
 こちらを遠慮なく指差すのは、ジャックスの紋章を胸に付けたトランプ兵だった。
「お前らがアリスだな?」
「またそれ・・・」
 うんざりしたような表情を見せるなぎひこに構わず、トランプ兵は一通の封筒を差し出し、

「王様から、正式な招待です」

 そう言って恭しく頭を下げたトランプ兵の背後には大きな城が聳え、
 開いた封筒の中には、
 真っ赤なカードが、一枚。





森の小道を辿ったり
薔薇の木の下でお茶会
お城からの招待状は

ハ ー ト の ト ラ ン プ



 ゆかりさんと歌唄ちゃんのフォローが終わって胸がスッとしました(笑)。
 後2話で完結予定ですんで、宜しければもうちょっとお付き合いくださいね。

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