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□夢のおわり
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「・・・う・・・」
 目を開けた。
 しかし、どうにも薄暗い。
「ここ、は・・・」
 海里の顔に影を落としていたのは、驚きの表情を浮かべる姉だった。

「海里!」
「姉、さん・・・?」
 呆けたような海里に、ゆかりは馬鹿馬鹿と怒鳴り付け、何事かと目を白黒させる海里の手を握った。
「良かった・・・。あんた、もう長いこと眠り続けてたのよ・・・」
「え?」
「御免ね。私が、無理ばっかり言ったから、海里、嫌になっちゃったのよね」
「・・・そんなこと、ありません」
 自身の現状さえ今一つ分かっていないのに、何故か否定しなければと本能的に思って、
 口が、勝手に動いていた。

「姉さんは、姉さんなりに俺を心配してくれていたのでしょう。ちゃんと、分かっております」
「そんな、気を使わなくっても良いのよ。本当、可愛げないんだから」
「俺は姉さんの弟ですゆえ」
「どういう意味よー!」
 ゆかりはぐしゃぐしゃと乱暴に海里の頭を掻き回した。
「・・・海里?」
 どうしたの?痛かった?手を止めたゆかりが心配そうに顔を覗き込んで、
「何で、泣いてんのよ」
「え?」
 海里は、頬を伝う涙に気付く。

「・・・・・・分かりません。でも、」





「ん・・・」
 ずきずきと痛む頭を押さえながら身を起こす。
 働かない頭で周囲を見渡し、
「なん・・・だ、ここ・・・」
 瞬間幾斗を抱き締めたのは、涙を流す妹だった。

「い・・・いく、とぉ・・・っ」
「歌唄?」 
 なんで、お前が、呟いた幾斗を歌唄は更に強く抱き締める。
「怖かったよ・・・。良かった、幾斗が目覚めて・・・」
「目覚め・・・?」
「御免、幾斗。あたしが、幾斗を置いてっちゃったから、幾斗、怒ったんだよね」
「・・・そうじゃ、ねぇよ」
 今日は何日なのかとか、お前仕事は良いのかとか、言いたいことは色々あったけど、
 口から出たのはそれではなくて、

「お前はあれで、俺を守ってくれてたんだ。ありがたいと思ってるよ」
「・・・ほんと? 良かった! あたし達両想いなのね!!」
「いや、そうは言ってないだろ」
「何よ、あたしはこんなに愛してるのに」
 むくれる歌唄に苦笑した。いつの間にかあの頭痛は消えている。
「幾斗? 幾斗、ねぇ、」
 再び歌唄は幾斗に腕を回す。
「泣かないでよ、お兄ちゃん・・・」
「え?」
 気付けば、幾斗は泣いていた。

「いや、そうじゃ、ないんだ。何か、」





「う・・・んん・・・」
 一度強く目を瞑って、手の甲で擦る。ずっと直らない寝起きの癖だった。
 そして、開いた瞳に飛び込んで来たのは、
「あれ・・・?」
 静かに唯世の頭を撫ぜたのは、かつて多くを教わった祖母と見紛う程に穏やかな空気を纏った母だった。

「唯世さん・・・」
「・・・お母様?」
 僕は、一体、問うた唯世に、母はそんなことは良いの、と身を起こすのに手を貸した。
「唯世さんが生きていてさえくれれば、それで良いの」
「どういう・・・」
「あのまま、唯世さんが死ななくて良かった。きっと、お義母様が導いて下さったのね」
「・・・・・・う、ん」
 母と祖母の、あれ程の確執が、急に消え去ったとは思えない。
 けれど、唯世は肯定の返事をしていた。

「お祖母様は、お母様を悲しませちゃいけないって、言ってくれたのかも」
「あの人は、唯世さんが幸せならそれで良いのよ」
「でも、僕はお母様が幸せじゃないと、幸せにはなれません」
「唯世さん・・・」
 祖母は帰らない。悲しい日々も、消えない。けれど記憶は少しずつ優しくなっていく気がした。
「御免なさい。思い出させてしまったわね」
「え?」
 目元を拭われて、けれど止まる気配はない。

「いえ、これは違うんです。ただ、」





「・・・あ、」
 誰かを呼ぼうとするようにその一音だけを紡ぐ。
 しかしどうしてもその先が続かなくて、口を閉じて目を開いた。
「・・・」
 静かな誰もいない部屋で、それでもなぎひこが感じる気配は、心に住まう分身だった。

「・・・なぎひこ坊ちゃま!? ああ、お目覚めになられたのですね!!」
「ばあや・・・?」
 扉を開いた老人が一目散になぎひこへ駆け寄る。
「何事もなくて良かったわ。なぎひこ」
 一歩遅れて部屋へ踏み行った母は、眉根を寄せてなぎひこの隣へ膝を付いた。
「お母様? ・・・えっと、御免なさい。何だか、心配をかけてしまったみたいね」
「なぎひこ、御免なさいね。もう良いのよ。もし貴方が嫌だというなら、舞いも、女の振りも」
「あら、そんなことないわ」
 そうして意識する声が仕草が表情が、どれ程魅力的なものか私は知っている。

「なでしことは、あと1年足らずの付き合いだからね。精々仲良くしなくちゃ」
「そう。・・・ヨーロッパへの留学の件は保留にしなくても良さそうね」
「勿論だよ。新しい場所は不安だけど、学ぶべきことはまだまだある」
「なぎひこ?」
 訝しげに名を呼ばれ母を見上げる。
「坊ちゃま、どうされたのです・・・?」
「え?」
 言われて目を瞬き、睫毛に掬われて滴が散った。

「あ、何でも、ないよ・・・。なのに、何でだろう」





 皆、さよなら。あたしは消える。
 道連れにしちゃって御免ね。でも、あたし、あの子たちを帰してあげるだけで精いっぱいだった。

 少しずつ、自分というものが無に還っていく。
 まるで、生まれる瞬間みたいな錯覚。なんて、切ない。なんて、哀しい。
 ・・・皆、ごめんね。

『いいんだよ。あむちー』

 闇の向こうから、自分の中から声が届く。

『私達も、あむと一緒にいくわ』

 一緒に、行くわ。逝くわ。そして、もし今度があるなら、

『俺達は、お前が大好きなだけだから』

 一緒に、生こうね。

「皆、御免。・・・ありがとう」

 あたし、ひとりじゃなかった。





「長い、夢を見ていたような気がします」

 ぼんやりと窓の外を見やって、1番目アリスは呟き、

「内容は、何も覚えちゃいねーけど」

 きつく眉を寄せた額を抑え、2番目アリスは言葉を続け、

「でも、どうしてだろう。とても悲しい」

 ぽたぽたと透明な涙を落とし、3番目アリスは唇を噛んで、

「・・・まるで、失恋したみたいな気分だよ」

 寂しげに微笑んだ4番目アリスは目を閉じた。





『人柱アリス』

END.



 という訳でこれにて人柱パロ完結。
 救済措置的なエピローグですがいらんことしいだったかも知れません。
 以下解説。

 『亜夢』は、あむちゃんの正体である『夢』に、接頭語の『亜』をくっつけた名前(公式では単に当て字だと思います)。
(接頭語=語構成要素のひとつ。単独では用いられず、常に他の語の上について、その語とともに一語を形成するもの。語調を整えたり、意味を添加したりする。「お話」「御親切」の「お」「御」等。「亜」は漢語に使われる接頭語。用例は「亜熱帯」「亜硫酸」等)

 『小さな夢』であるあむちゃんは自分で自分の形が保てないので、誰かの心に受け入れてもらって、その子に夢見て貰う必要があったのですが、本来自分のものではない夢を受け入れるのは結構な精神力が必要。で、その精神力を持ってる人(=アリス)を探してた、みたいな。
 眠っている人を自分の方へ迷い込ませて世界を作ってもらう。で、出来ればアリスになってもらう。
 三条君達が選ばれたのはあむちゃんと波長が合ったから。皆が一目惚れ状態なのは、そもそもあむちゃんと波長の合う存在だから。ということにでもしておこう(えー)。

 アリス候補達には3つの末路が用意されていました。
 1つ目は今回皆が辿ったように夢に捕らわれて目覚めなくなってしまうケース。
 2つ目は早い段階で正気に返って現実に帰ることを望んで普通に目覚めるケース。
 3つ目はあむちゃんの課題をクリア(力に頼らず自分のトラウマを払拭)して『アリス』になり、目覚めた後もあむちゃんを心の隅に住まわせてあげるケース。

 例えば三条君の場合だと、
 1つ目は、今回書いた通り友達やお姉さんを切ってしまって茨の檻に閉じ込められる。
 2つ目は、ゆかりさんの言葉に従って、あむちゃんを見捨てて一緒に道を引き返し目を覚ます。そしたら今回のことはただの夢で、全て忘れて終わっていました。
 3つ目は、剣の力に頼らずに、もう言いなりは嫌だ、俺には俺の気持ちがあるって自分の言葉で言って、お姉さん達を振り払ってあむちゃんと森を抜ける。めでたくアリス誕生。

 あむちゃんは3つ目のケースを願っていました。そしたら誰も不幸にならないし自分も消えずに済む。
 皆に不幸になって欲しい訳ではないので、三条君に「負けちゃ駄目」とは言いましたが切り殺せとは一言も言ってない。ゆかりさんが呼び戻しに来た時も邪魔はしてない。
 あむちゃんが手を貸すことは出来ませんが、最悪の結末を避ける為に、最後のストッパーとしてゆかりさん、歌唄ちゃん、おばあさんをそれぞれ派遣。が、上手くいかず。

 あむちゃんは所詮は「誰が見たのか分からない夢」なので、あまり大きな力は持っていません。
 あんまり何人も何人も自分の中に呼び込む力はないのです。
 だから、3人目の唯世君はようやっと呼び込んで、まだ呼ぶ力があって良かった、って言って、呼べたのが嬉しくて『君』付けで呼んでみたり、とか。
 そしてここで力が尽きて、自力で4番目を迷い込ませることは出来なくなって、誰かが向こうからこちらに来てくれるのを待つしかなくなったんです。そして向こうから扉を開けたのがなぎひこ。最後の望み。
 けれども彼もアリスにはなれず、あむちゃんはもう消えていくしかない。
 どうせ消えるなら、最後の力で彼等を助けよう。で、最後は皆目覚めました。

 『兎』『ピエロ』『トランプ兵』は元々あむちゃんが作った存在なので否が応にも巻き添え。いわずもがなややとりまと空海。
 あと城下町でなぎー達に最初に声をかけた男の子は一応ひかる君のつもり。つもりだけ。
 最後なぎひこが言った「あと1年足らずの付き合いだもの」っていうのは、なでしこの存在を消してしまうということではなく、その頃には精神安定して人格統合するだろうなっていう意味。

 ていうかどんだけ解説必要なんだ。

 本当はもっとホラーっぽいオチも考えてたんですが(誰一人目覚めないままで、どうしても消えたくないあむちゃんが5番目はあなたとか言って終わる感じ←要訳し過ぎ)、私は人柱アリスは切ない話であってホラーではないと思ってるのでこんな感じで。
 というかその手のオチは溢れ返ってるからもういいだろみたいな。

 結局後日談入れて全8話の長丁場になってしまいまして、読んで頂いて有難うございました。感想などありましたら是非教えて下さい。

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