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□部分死
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 ある朝起きると、青いたまごが割れていた。
 幼い頃から姉だからと言い聞かされしっかりせねば格好良くあらねばと思い続け、クールを演じて育ち、しかしいつしか本当に好きになっていたゴスとかパンクとか、ファッションには多少拘りが出来ていて、そんな所を色濃く受け継いだミキが居なくなった。

 翌日は緑のたまごだった。
 格好良くありたいと望みながらも、妹や級友を見ては女の子らしいもの可愛いものに、でも似合わないと、抑圧する分余計に憧れしかしあと一歩が踏み出せなくて機会さえあればと思っていた可愛いとか優しいとか、そんな物を具現化してくれたスゥが居なくなった。

 なりたい自分は幾らでもあった。
 まだ曖昧で、未来は分からなくて、どれもきらきら光って見えて未知なものは怖くてでもわくわくで。
 そんな気持ちから生まれたものだったから、ミキとスゥが消えて迷う余地何かなくなって、いや反対だ。道が定まったからあの子達は居なくなって、迷うのは終わりになったから、『どうしよう』から生まれた黄色い卵も割れてしまった。

「ねぇラン、本当に、これで良かったのかな?」
 ただ一つ残った赤いたまごを胸に抱えて、亜夢はぼろぼろと涙を落とした。
「あむちゃん、あむちゃん、そんな風に、言わないで?」
 ランは慰めるように小さな掌で亜夢の頬を拭おうとして、腕までが涙に濡れた。
「うん。分かってるの。御免ね。でも、」
 どうしても、あの子達が可哀想で。

 幾つもあった可能性達。
 自分で選んで、捨ててしまった。
 絵も、彫刻も、料理も、裁縫も、溢れる自信と輝きも、自分で決めて、手放した。

「あの子達、あたしの為に、生まれてくれたのに」
 あたしは、あの子達を選んであげられなかった。
「・・・しょうがないんだよ。こころのたまごが生まれるって事は、増して沢山のたまごを持てる事はとっても凄い事なの。でも、なりたい自分は、いつか選ばなくちゃいけない時が来る」
 リズムとてまりも、イルとエルも、どちらかが、或いは両方が、いつかは捨てられてしまう。
「そんなの、あたし、知らなかった。こんなの、酷い。悲しいよ」
「・・・ねぇ、あむちゃん」
 ランは酷く静かな声で亜夢を呼ぶ。
「さっき、あむちゃん自分で言ったけど、あたし達はね、あむちゃんの為に生まれたんだよ? だから、あむちゃんが良いっていうなら、それで良いんだよ。たとえ、あたしたちが消えちゃっても。でも、あむちゃんが、あたし達の事で悲しむのは、とても悲しいことなんだよ?」
「うん・・・」
「ミキも、スゥも、ヒロも消えちゃったけど、それでもあの子達は、生まれて、生きる事が出来た。あたしも、4人で、・・・ううん、5人、一緒で凄く、幸せだった」
 だから、良いんだよ。ランはひたすら穏やかに微笑む。
「あの3人は、幸せだった。あたしとあむちゃんには、分かるよね。・・・ふふ、でもやっぱり、あたし、特別幸せなんだろうなぁ」
 ランはふわりと浮いたハートとチェック柄の殻に飲み込まれ、
 亜夢は決心したように立ち上がるとそれに手を伸ばす。

『ずーっと、一緒だよ』

 心底嬉しそうな声に、消えてしまった彼女達のそれがダブった気がした。
 赤いたまごは、亜夢の胸に取り込まれ、そのまま溶けて消えた。





「・・・そ、うでした、か」
「やだな、そんな顔しないでよ」
 そんな顔、とはどんな顔だろうか、海里は思う。

 小学5年になった海里は、夏休みを利用して久方ぶりに上京していた。
 姉の愚痴を聞いたり何だりしている間に数日経ってしまい、それからまずはと亜夢に会いに行って、
 姿の見えないしゅごキャラ達に、ランさん達は、と問うて事情を聞いた。

「すいません。言い難い話を、」
「うぅん、どうせ言わなきゃいけなかったから、そっちから訊いてくれてありがたかったよ。あとね、もう一個報告があるんだ」
 振り向いた亜夢の表情に、確証を得た海里は無意識に拳を握る。
「あたしね、唯世君と付き合う事にしたの」
「そう、ですか」
 予想していた程の衝撃は無かった。1年かけて決めた覚悟は、諦めは、告白のショックをゆるりと受け流した。
 暫し、目的もなく並んで歩く。
 猛暑が予報されている日だったが、街路樹の生い茂る日蔭の道は、驚く程に冷えた風が吹き抜け、発汗する程の熱は感じない。
「・・・だから、ランさんなのですか?」
 唐突に呟いた海里に、亜夢は一瞬目を見開いたが、直ぐに微笑むと前へ向き直った。
「そうだね。そういう言い方しちゃうと、唯世君が悪者みたいになっちゃうけど」

 亜夢がランを選んだのは、ランのようになりたいと望んだのは、唯世の為だ。
 アミュレットハートが、素直で快活で誰かの為に頑張れと声を上げる亜夢が、唯世は好きだったから。

「っていうのは、ちょっと正しくないかな」
 唯世は、アミュレットハートが好きなのではない。ただ必要だったのだ。
 余りに弱くて、脆い唯世だったから、そんな亜夢でないと、駄目だと知っていたから、無意識にそれを求めていた。
「それで良かったのですか?」
 誰かの為に、なりたい自分を選ぶこと。唯世を選んだ事で、ミキを、スゥを、ヒロを選ばなかったこと。
「・・・良いんだと思うよ。あたしは、幾斗も、なぎひこも、空海も、多分あなたも好きだったけど、唯世君の為なら、やっぱり捨てられる」
 唯世を選ぶ事は、他の色々なものを捨てる事だ。
「あたしは、唯世君を好きだけど、それは最初は誤解と憧れだったの。でも今は、唯世君の色んな事を、弱いところも、独占欲が強いところも知って、そしてやっぱり彼が好きだった。その好きはもしかしたら『守りたい』だけなのかも知れないけど、それでも、」
 その為に、これからするかも知れなかった『恋』を捨てても構わないくらいの。
「でも、それは、」
 ここには居ない人へ抗議の言葉を紡ごうとして、あんまりにも静かに微笑む亜夢に、言葉が途切れた。
「あたしや海里には、きっと分からない。唯世君も、弱くありたくて、弱いんじゃない」
 一方で、強い所も、確かにあるのだけど。
「誰かの為だけに生きるのは、格好良くて気持ちいいけど、あんまり、良い事じゃないよね。でも、あたしは唯世君の為に、そんな生き方をしようと思う」
「・・・そうですか」
 言える事など、ある訳がない。

「泣かないで、海里」
 亜夢は微笑む。かつてのように照れる事も、気取る事もない。彼女のそれらは、唯世と共に生きる為に必要ないものとして、淘汰されてしまった。
「すいません・・・」
 亜夢が、手に入らなかったのが悲しいのではない。
 そんなこと知っていた。知っていて好きになった。
 照れ屋な部分も、いじっぱりな部分も、自分の方を見てくれないその心さえ、全部好きだった。
 なのに、愛した彼女の一部は死んでしまった。
 涙は止まらない。こんなの、亜夢の方が悲しいに決まっているのに。
「大丈夫だよ。変わらないもの何て、ないんだから。あたし、料理も、絵も、一杯勉強する。もっとあたしの事好きになる。そしたらスゥも、ミキも、ヒロも、いつかぴっかぴかにリニューアルして、帰って来てくれるかも知れないし」
 そうして、彼女らをも内包した自分になりたい。
「だからあたしも海里も唯世君も、きっと前みたいに話せるようになるよ」
「ええ、きっと」
 亜夢は確信を得たように微笑んで、海里に別れを告げた。唯世の元へ行くのかも知れない。要らぬ嫉妬などされなければ良いが。

「なぁ、ムサシ」
「何だ」
 気を使ってか、少し離れた場所へ行っていたムサシが、海里の傍へ戻る。
「俺も、ああやって覚悟すれば、日奈森さんに必要な俺になれるんだろうか」
 ムサシはふむ、と顎に指を押し当て、丸みを帯びた幼い顔を、それでも厳しく引き締め一言だけ呟いた。
「分かっておろう」
 亜夢は、必要なもの全て、自己の内に有している。
 彼女は、海里も、唯世も、誰も必要としない。
 海里は目を閉じる。
「・・・ああ、そうだな」
 だって、

 そんな強い彼女だから、好きになったのだ。


 しゅごキャラについて独自解釈語るの好き過ぎる。なんという誰得・・・!
 そして私は結局唯世君アンチなのか贔屓なのか。
 主人公=1人で生きていける人 というのがこのサイトの基本思想です。
 人の内部に深く根をおろしている他者の死は、その人と共有していた部分の死でもあり、これを『部分死』と呼ぶ人もいるそうで。
 あ、『ヒロ』はダイヤです。もう説明いらないですよね?

329 死は生より多くの言葉を告げているかもしれない

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