コロコロ系

□絡繰賛歌
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 幼い頃の記憶は酷く曖昧だ。

 背筋を伸ばせ。相手の目を見て話せ。それらの怒号が殆ど唯一の父様の記憶で、
 ちゃんとお父様の言う通りになさい、という悲痛な声が殆ど唯一の母様の記憶だった。

 僕が求められたのは父様の忠実な操り人形である事だった。

 僕の通っていた小学校に入学するには僕くらいの生活水準が必要で、教室に居たのは沢山の操り人形達と、ほんの少しの自分は人形ではないと叫んだ人達だった。
 どちらにもなれなかった僕を皆は敏感に見抜き、僕は教室の最下層で背を丸めて俯いているしかなかった。それでも誰にも干渉されず、何も期待されない学校は家よりもずっと安寧だった。

「水地君の髪、凄く綺麗だね」
「・・・え?」

 そんな日々に、波紋。
 彼女は『クラスの中でも人気者で誰にでも隔てなく話しかける』という人形だったから、きっとその一環だったのだろうけど、それでも彼女との会話は僕の学校での他者との関わりの全てだった。
「水地君、背も高いし、頭も良いし、」
「そう、かな・・・」
 彼女はよく僕を褒めたけど、彼女こそ頭が良くて美しい顔をしていて、きっと彼女自身もそれを知っていた。
 どうにか会話しながらもいつでも俯いていた僕は、腰まで伸びたその豊かな髪の艶何かをよく覚えている。

 そして、とある、日。

「ねえ水地君、顔、上げてよ。私の事、見てないでしょ」
 いつもみたいにぽつぽつと交わしていた会話の中で、何でだったか、そんな事を言い出して。
 彼女の手が、顔の半分程を覆った僕の前髪に触れた。
「・・・っ!」

 ぱしん、と、

 反射的に、手を払った。
 いつからか、背筋を伸ばせとも、目を見ろとも言わなくなった父様に、逆に目が合う度に情けない顔を見せるなと謗られては食事にありつけなくなっていた僕にとって、瞳を見られる事は本能に刻まれた恐怖だった。
 けれどそんな事は僕だけの理屈で、確かに目が合ったその時、彼女は困惑した後にほんの一瞬、酷く軽蔑と怒りを込めた表情を見せた。
 最も、僕が驚いている間にその表情は悲痛な泣き顔に変わっていたけれど。
 翌日から、唯一の安寧だった学校は、家と同じ地獄と化した。

 同じ血が流れていても両親は僕に何の繋がりも見出してくれなかった。
 あれ程眩しく見えた少女は父様と同じく僕に痛みを与えるだけの存在になった。
 嫌だ。嫌だ! 何で皆僕を放っておいてくれない! 痛いのも怖いのももう沢山だ!!

 あの日、握り締めた椅子から滴っていた紅は、父様のものか彼女のものか。

「君、水地零士君ですよねぇ」
「怯える事などありません。君には力がある」
「今度は君が痛みを与える側に、壊す側の存在になればいい」
「そうすればもう二度と、誰も、君を傷付ける事など出来なくなるのですから」
 突然、数年程も施設でベッドに縛られていた僕の前に現れ手を差し伸べた男は言った。

 そうして僕は、力を、ポイズンサーペントを与えられた。

 サバイバルバトル、チャレンジマッチ・・・窓の無い部屋でそれらをひたすら眺めながらしかし参加もせず、持ち主を変えた操り人形に課されたのはたったひとつ。

 鋼銀河を、伝説のペガシスを倒す。

 モニター越しに怒り、笑い、戦う彼の、その眩さに、一目で魅入った。
 どうして彼は、あんなにも強い?
 あの強い純白のようになりたい。
 彼の中には、何が詰まってるのだろう。
 だって、ペガサスはメドゥーサから生まれた筈だ。きっと彼が僕から、何かを奪って行ったんだ。

「嬉しいよ・・・。嬉しいよ鋼銀河。漸くお前と戦える・・・」

 僕の欠けは、彼の中にある筈なんだ。
 早く、早く彼と戦いたい。彼を叩き壊して、僕に足りない物を取り返そう。

 君の存在を、強さを、光を、僕に頂戴。

「さぁ・・・聞かせてくれよ。素敵な泣き声をさぁ・・・!」
「怖い・・・? 怖い、だと? 俺が・・・」
 バトルも終盤、僕の勝ちは決まったも同然で、銀河は俯いたまま動かない。
「ハハッ、そうかぁ、怖くて遂に動けなくなっちゃったんだね。でもそれじゃつまらないよ。僕は君の恐怖に歪む顔を見たいんだ・・・。頼むよ。頼むからお前のその絶望に満ちた顔をこっちに向けてくれよぉ。僕を恐れて逃げ出さんばかりのその惨めな顔を・・・。さぁ、早く!」
「・・・ふっ」
 そして、彼は笑う。
「お前、何を笑っている?」
「お前があんまり可笑しい事を言うからさ」
「な・・・!?」
「俺が怖いのは、お前何かじゃない!」
「何・・・?」
「俺が怖いのは! お前に負けて、決勝に行けなくなる事だ!!」
 その時砕けたのは、彼を封じた石だけではなく、

「何故僕を恐れない!?」
「ふざけるなぁあーっ! お前は、恐怖に震えていればいいんだよ!!」
「まだ笑うか!」
「僕は楽しくない!!」
「僕を恐れろ! 怖がれ!! 恐怖に震え上がれ―――!!」

 繰り出した渾身の暗黒転技は、彼の笑みと光に弾き返された。

「・・・笑うな。僕を見て笑うな!」
「行くぜぇペガシス!」
「やめろっ!!」
 飲み込まれる光。忘れていた筈の、恐れ。
「やめろ! 来るな!!」

 そして、敗北。

 何で、何でだ。何で僕が負ける。何で銀河まで僕を虐める?
 ああでも、そうだ。ペガサスは切り落とされたメドゥーサの首から生まれたんだ。

 きっと彼の存在でもって、僕は既に死んでいたんだ。

 またベッドに縛られた日々に逆戻りした僕には、外の世界の事は余りよく分からない。
 ただ、ベイブレードの世界最強を決める大会があるという事だけ、風の噂で耳に入った。
 ならばきっとそこには、彼の姿があるのだろう。

 君は僕の手では壊れなかった。
 その中身なんて、何一つ分からなかった。
 君は僕が思っていたよりずっと不可解で、未知で、強大で、恐怖だった。それでも僕は、まだ君の事を知りたいと願う。

 蛇は執念深いよ銀河。
 広大な砂漠を渡り星の海さえも泳いで、いつまでも君を追いかけよう。
 それでも今はただここで、君の勝利を祈っていようね。

 磨き抜かれた鏡で自ら石化したメドゥーサの首は、戦いの神の盾に埋め込まれ最強へ導いたという。
 あの暗黒の竜さえも、遂には打ち倒した君。
 石になって死んだ僕が、君の強さになれば良い。

 ねえ銀河。誰の操り人形にもなれなかった僕は、今は君の為のお人形なんだから。


 メタベ再燃の勢いで銀水。
 水地さんの表層に反した被害者精神に凄く萌える。
 タイトルはmayukoさんのボカロ曲から。



やめて!やめて!お人形なのよ!お耳は空洞のはずなのに!
聞きたくない言葉だけ 覚えてたくなんてないのに・・・
人間は自分の足で踊れるはずとか 私は木偶なんかじゃないのよ
もう聞き飽きたの うるさいわ!
私は人間なんかじゃない 絡繰人形なの

by mayuko 『絡繰賛歌』

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