コロコロ系

□天橋立
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「うー・・・ん、」
 強く腕を伸ばす。肩の付け根がぴきりと音を立てた。
「いたたた・・・」
 長い事背中を丸めて同じ姿勢で居た所為だ。背中や腰も痛む。ああもう若いのに。
「まあでも、やっと終わったわ!」
 机に並ぶ『それら』の出来栄えに頷く。完璧だ。自画自賛。
 放っといたら中々自分からはここに来ない男共から、世界大会の終了を節目に半ば強制的に相棒達を預かってのメンテナンスは丸二日間に及んだ。ハデスインクでの激闘からまだ一月と経っていないというのに、それぞれ深く浅く無数の傷が刻まれていた。
「全く、ご主人がスパルタだと大変ね」
 特に傷や欠けの多かったレオーネとアクイラの表面を撫でる。これから朝まで定着させれば新品同様になるだろう。他にもリブラ、サジタリオ、皆本当にお疲れ様だ。ユニコルノもアメリカでちゃんとしたメンテナンスを受けられてると良いけど。

 きらり、

 視界の端、徹夜の瞳に刺すような光。
「・・・どうしたの?」
 反射の加減か、光ったのはペガシスだった。
「駄目よ。貴方も今日くらい休んで」

 きらり、

 また、瞬くように輝く。まるで訴えるように、疼くように。
「・・・仕方ないなぁ」
 あなたは本当に、彼そっくりね。
 苦笑してラボを後にした。足音を殺して2階に上る。





 どんなカラフルな服やアクセサリーよりも、ショーウィンドウに並ぶパーツ達は美しい。

 パパに連れられてB-Pitを訪れる度、私は本気でそう思っていた。けれど何回そう唱えても、パパもママもあんまり分かってくれてないみたいで、誕生日プレゼント何かは大抵玩具か装飾品の類だった。
 やがて小学校に上がると、確かに女の子たちは『そういったもの』が好きなようだとは理解は出来た。私はそんな事よりクラスメイトの考えや勉強ってものの余りの幼稚さに驚いたのだけど、テストを持って帰る度にパパとママは鳶が鷹を産んだと随分喜んでくれたから、まあ良いかと思っていた。
 褒められるのが嬉しくて教室の隅で、店の一画で独学を重ね、10歳の誕生日、こっそり手続きをして高校卒業の資格と、アメリカの大学の招待の書類を嬉々として両親に見せた。今思うとそういう所はどうにも馬鹿だった。
 その瞬間、時々会計やメンテナンスに口出ししていた時にも感じていた驚愕の色が、明確な畏怖に変わったのは今でも忘れられない。

「遠くに引っ越すのよ」
「え?」
 ママの言葉は唐突だった。
「でも・・・、じゃあB-Pitはどうするの?」
「やり直すの」
 ママは自答するように呟いた。
 漸く分かるようになっていた。理解の及ばないものに対する拒絶の感情。血を分けた1人娘が、それであるというある種の落胆。
「まあ直ぐにとはいかないだろうけど、この場所ならその内買い手が付くだろ」
「パパ・・・」
 予想はしていたのに、言葉が詰まる。
「・・・駄目よ。だって、この場所は・・・」
 言いかけた私を、ママが強く抱き締めた。微かに、手が震えている。
 視界の隅で、ベイブレード達がきらきらと、星のように瞬く。
「・・・私、1人でも大丈夫だから」
 それは、きっと決定的な決別だった。

 そうして2人を送り出して直ぐ、残して貰ったマンションは勝手に引き払い、荷物の半分は処分して半分はB-Pitの2階に移した。
 私の頭脳をもってしても未知数なベイブレードに囲まれたこの場所だけが、私の城。

 今なら認められる。不理解も、落胆も、お互い様だった。それは凄く寂しい事だし、申し訳ないと思っている。
 でも、駄目。貴方達に求められた日常を、私は生きられない。クラスメイトも、両親も、決して私を満たしてはくれない。
 この場所よりも貴方達を選ぶ事は、私には出来ない。
 貴方達が私に、『自分達の子供』に求めるものを私は返せないから。私は、貴方達の子供では居られない。

 小学校に行く必要も無くなったから、1人で家事をこなして、店を経営して、メンテナンスの腕を磨いて、シュミレーションのプログラムを組んだ。それでもまだ、ベイブレードの事を私は何も分かっていない。
 それくらいでなくっちゃ、考える意味もない。





「うーん・・・、視力下がったかな・・・」
 数ヶ月を経て、1人の生活にも随分慣れた頃。気分転換に河川敷を散歩していたら、何か言い争いじみた声が聞こえて立ち止まった。
 見下ろした先には少年が2人。片方はB-Pitでも偶に見かけるフレイムサジタリオC145Sを使う子だ。もう片方は今朝ベイパークで随分目立っていた、あの首狩団を倒したのだとかいう・・・。
 その彼がベイブレードを目の高さに翳した。
「相手が誰だろうと、ペガシスが居る限り俺は負けないさ」
 見た事のない青いモデルだ。トラックの低さから見るに、典型的なアタックタイプ。

 きらり、

 初めてベイブレードに魅せられたあの日のように、強く強く目を引く、何か。
 星の様に煌めくそれは、未知のベイブレードか彼自身か。
 嵐に飛び込むような心地で、真正面から彼に向き合った。





「・・・まどか?」
「あー御免、起こしちゃった?」
 仮眠室の扉を開けた音で目覚めてしまったようだ。私と出会う前にどんな生活をしていたのか、本当に彼は眠りが浅い。
「お早う銀河、メンテナンス終わったわよ。でもバトルはせめて朝まで休ませてからにしてあげてね」
「おー! ありがとな!! 良かったなぁペガシス」
 ペガシスを手渡して忠告する。夜が明ければ、彼は再びその翼で飛び立つのだろう。どうにも運命は、彼を放っておいてはくれない。

 次は何が起こるだろう。私には何が出来るだろう。
 考えても到底追い付かない何かを追いかけて先の無い道へ踏み出すような気持ちで、私は再びこの城を飛び出す覚悟をするのだ。


 まどかちゃん生い立ち捏造。いや「パパの店」とかいってパパ出て来ないから・・・。
 今まで生い立ちを書いた他の子と違って、育てて貰えなかったんじゃなくて、育てられてあげられなかったまどかちゃんの話。

天橋立:神の世の昔、天御中主神が高天原と下界を繋いだ橋をかけ、神々はそこから下界を訪れていた。ある時下界の娘達が高天原へ行きたいとせがみ出したので、決して声を出さないという約束で橋を登らせた。しかし娘達は橋からの景色に感嘆の声を洩らしてしまい、橋は崩れ娘達は放り出されてしまった。その後、残った架け橋の一部が『天橋立』と呼ばれるようになった。

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