コロコロ系

□死餌給人
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「おいで」
 『彼女』を見付けて、空に向けて両腕を伸ばす。滑るように飛来した彼女は器用に袖の分厚い部分を足で掴んだ。それでも食い込む爪は結構痛い。
「お腹空いた?」
 問えば、まるで言葉が分かるみたいに首を上下させる。実際こちらが思っているよりずっと頭が良いのではないだろうか。
 彼女を乗せた手を伸ばせば、大人しく手近な柵へ飛び移った。
 身を屈めて、足元のクーラーボックスを開ける。
「ほら見て、大きいでしょ」
 クーラーボックス殆ど一杯を占領してのは、真空パックされた兎の死骸だった。
「今までマウスやウズラばっかりだったから、ちょっとだけ奮発してみたんだ。これで千円以上するんだよ?」
 言いながら、パックに刃を走らせ中身を地面へ落とす。どすと鈍い音を立てて兎は無抵抗に横たわった。
 彼女は地面に降り立ち、暫く伺うように獲物の周りをうろついた後、その腹へ嘴を突っ込んだ。力強い足で兎の胴を押さえ付け、中身を引き摺り出しては腹へ納めていく。
 猛禽の中でもフクロウ類は基本的に獲物を丸飲みにするが、タカ類は身体に対して大きな獲物を狩る事が多い為、こうして引き千切りながら食べる物が一般的だ。
「あははー、グロいなー」
 物が大きい分マウスやウズラより壮観だ。あんまり血肉の類は得意でないので、微かに気分が悪くなる。
 しかし声は全くいつもの調子を保って、美味しいかいと問うた。

「・・・遊?」
 背後からの声に、弾かれたように振り向いた。
「あ、つ、ばさ・・・。どうしたの。こんな、時間に・・・」
 まだ、たった今空が白み始めたような早朝。
 日本で、ワイルドファングとの試合も迫った朝、翼がふと目を覚まして見れば隣のベッドは空っぽで、ホテルのロビーや団欒室をざっと覗いても遊は見当たらなかった。それからホテルの周囲を散策すると、裏庭、というか設計ミスなのか無為に開けた広場に鮮やかな金髪を見付けた。
「こっちの台詞だ。何をしている?」
「えと・・・、試合勝ったらまた外国行かなきゃだから、ギンギンやケンチー達で一緒に遊ぼうって、言っててさ」
 そのケンタは自宅、銀河は恐らくまどかの所だろう。
 聞いた翼は呆れたような表情になり、遊は成功したらしい誤魔化しに顔には出さず安堵した。
「遊ぶ時ばかり起きるのが早いなお前は」
「だから潰してたんじゃーん。ボクだって最低限の常識はありますー」
 というか、多少気分屋なだけで、銀河や翼に比べれば自分は百倍常識人だと遊は思う。
 ぴぃーと遊の足元で鷲が高く嘶き、翼はお前も一緒だったのかと物珍しそうな顔をする。
「・・・兎?」
 鷲の足の下にある、とうに半壊した骸に気付いて翼は眉を潜めた。
「あ、うん。どっからか持って来たみたい。凄いよねぇ」
 あっけらかんと笑う遊に、こいつは優秀だからなと翼が誇らしげに答えた。
「おいでよ。ジュースあげるから」
 取り上げたクーラーボックスを肩にかけた遊が鷲へ手を差し出すが、鷲はちらりとそれを一瞥した後、飛び上がって翼の腕へ落ち着いた。
「残念だな。こいつは俺以外には懐かないよ」
「ちぇー、つまんないの」
「銀河の所へ行くなら、俺は別行動を取らせて貰う。チェックインは午後8時までだから遅れるなよ」
「分かってるよ」
 鷲を片腕に乗せたまま歩き去った翼を視線で見送って、遊は顔を顰めた。

「・・・懐かないのは翼でしょう」
 あの鷲は翼が知らないだけで存外懐っこい性格をしている。そして狩りはそれ程上手い方ではない。察するに、雛の段階から人の手で育てられたのだろう。恐らくは、翼の手で。
 翼と共に育った彼女は、翼も気付かないような翼の意を汲んで、それに沿って行動していた。
 即ち彼以外に簡単に気を許さない事。自分が生きる為の食物は、自分の力で確保する事。
 野生の鷲だって可食な死骸が落ちていれば飛び付くだろうに、翼のプライドと価値観がそれを良しとしない。
 彼女は、翼の前では死餌を口にしない。誰かに触れられる事を許さない。しかしあくまでも翼の前では、だ。
 そのしたたかさを好ましいと遊は思う。日本に居る間だけでもと、狩りの上手くない彼女の為に冷凍餌を買い込むくらいには。

「あーあ、折角買ったのにな」
 足元に半分程に減った兎が横たわっている。
「御免ね」
 言って、取り敢えず適当に木の葉を被せてそれを覆った。
 シャベル買いに行かなくちゃ。店が開くの何時だろう。思いながら、遊は兎の骸に背を向ける。肩に掛けた空っぽのクーラーボックスが遠心力で空を切った。


 79話見て。本気で需要ないだろこれ。ていうか何これ(訊かれても)。
 なんかメタベは他ジャンルにも増して公式からも同人からも逸れた道を突き進んでしまう。

183 夜明け前の殺戮

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