短編集
□予想外な展開
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「ねぇ、バーボン」
ドレスコードに身を包み、夜景を楽しみながらフルコースであるメイン料理を食していると、彼女は突然ナイフとフォークを皿の上に置いた。
「なんでしょう?」
味の濃いソースに内心眉を顰めながら、バーボンはメインの料理から顔を上げる。仕事の話がひと段落した後だ。閑談すら好まない彼女から話しかけられるのはとても珍しい。
普段は感情をあまり表に出さない、そんな彼女から微かな緊張の色が窺える。バーボンにもそれが伝染した。
まさか今からする話が本題なのか?
「私、こういうお洒落なレストランって実は少し苦手なの」
身構えていた話とは異なり、バーボンは深刻な表情から顔を元に戻すことが出来なかった。
ワイングラスを片手に赤い液体を揺らす彼女から先ほどの空気は感じられない。そこでバーボンも漸く肩の力を抜くことが出来た。
「そうだったんですね。すみません、先に伺うべきでした」
「他にもそういった類いのカフェやバーもあまり好きじゃない」
「覚えておきます」
彼女は幹部の人間だ。店選びが失敗したからといって切られることはないだろうが、閑談すらしない彼女がわざわざ言うということは余程お気に召さなかったのだろう。
「本当は今直ぐにでも家に帰ってベッドでゴロゴロしながらゲームしたい…。それで一歩も外に出たくない」
肝に銘じておこう…なんて思った矢先に目が点になる。手の甲で肩に掛かる髪を払い除ける仕草はとても妖艶だ。しかし出てきた言葉は綺麗に着飾っている女性からはとてと想像がつかない私生活の暴露だった。艶と潤いのある唇がやけに色っぽくバーボンを誘っているようにすら感じるのに…。
「家では常にスウェットで、料理は出来ないし、掃除も苦手」
「イ、インドア派だったんですね。というかゲームするんですね…」
「いつも本を持ち歩いて暇さえあれば読んでるフリしてるけどだいたい1ページ目で飽きてる。活字より漫画が好き」
「あ、あの…」
「あとね…」
「まだあるんですか」
「私って…実はそんなに頭良くないの」
「・・・・」
薄々はそうでないかと思っていました、とは口が裂けても言えなかった。
「知らなかったでしょ?知的な女を装ってきたけど全然そんなんじゃないのよ」
「はぁ…」
「ちなみにこの世で一番美味しい食べ物はカップ麺だと思ってる」
「・・・・」
「それと…」
「ちょ、ちょっと待ってください」
捲し立てるように己のことを話し出したアマレットにまだあるのかとバーボンは慌てる。理解が追いつかなかった。待てと言われて素直に口を閉じる彼女に、バーボンは一度深呼吸をする。
「どうしてそんな話を?」
「貴方のことが好きになったから」
へ?と変な声が出かかったが直前で飲み込む。彼女は手に持っているワイングラスをテーブルに置き、頬杖をつく。
小首を傾げながらうっとりとした目でバーボンをその瞳に映した。
「貴方のこと、あまり興味ないフリをしてきたけど実はゴリゴリに興味があって、今直ぐにでも押し倒したいと思ってる」
抑揚のない声で淡々と応えるものだからバーボンは身の危険を感じるまで少し時間が掛かった。
「今のを聞いた上で、私を好きになってもらいたい」
どうかしら?と訊く彼女にどうなんだ、と言いそうになる。
「貴方とは笑いのツボも違うし、話も合わない上、一緒に暮らすと破局しそうだけど…」
「・・・・」
「それでも好きになったの」
今の話でいったい僕のどこを好きになったというのだ。だいたいいつからそういう目で…。
色々…色々言いたいことがたくさんあったのに
一番疑問に思っているのは彼女の告白を受けて、引くどころか逆に高鳴っている己の心臓だ…。
「ねぇバーボン…」
なんでーー…
「その顔はイエスととってもいいのかしら?」
顔がこんなにも熱いんだーー。
真っ赤なバーボンの顔を見て彼女は嬉しそうに微笑んだ。
終わり
2020.10.24