短編集

□想いを小瓶に詰めて
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最近癒しとなっているお気に入りの喫茶店がある。そこはとても居心地が良く、ついつい長居をしてしまう場所。来店したきっかけはここに通う殆どの女性客と同じである。職場の同僚からイケメンな店員がいるとの噂を聞き付け、この喫茶店に訪れた次第だ。その目鼻の整った顔立ちと何人もの女性客を虜にしてきたであろう柔らかい笑顔に対面して早々に腰を抜かしてしまう。暫く立てず出会い頭に多大な迷惑をかけるという記憶から抹消したい思い出に今でも胸が痛む。しかしそのことがきっかけで彼とは少しずつ話すようになり、時々仕事の相談にも乗ってくれるようになる。今では疲れた顔をしているとサービスまでしてくれる間柄にまでなった。そんな彼に恋心を抱くのはそう時間は掛からなかった。

想いを伝えようと何度も試みるが、彼とのこの居心地の良い関係が終わってしまうかもしれないと思うとなかなか踏み出すことが出来なかった。しかし彼が他の女性と付き合うことになっても良いのかと問われると答えはNOだ。ならば、と自分に気合を入れ、バレンタインデーの日に想いを告げることを決める。

プレゼントに選んだのはベルト。客から食べ物を貰うのは怖いかなと悩みに悩んだ結果だった。W貴方と結び付きたいWという意味のあるそれは渡す直前になって重い女かも…と躊躇してしまう。束縛する女だと思われたら…と考えれば考えるほど想いを口に出すことが出来なくなってしまう。伝わって欲しいという気持ちも込めて「普段、お世話になってますので…」と手渡せば、彼は嬉しそうに受け取ってくれた。「実は貴女から貰えるんじゃないかと期待してました」なんてまたしても腰を抜かしそうなセリフになんとか意識を保った。

もしかしたらホワイトデーに良い返事がもらえるかもと淡い期待を抱いて迎えた一ヶ月後。ドキドキしながら会社終わりにポアロを訪れる。ノブに触れる手が震えていたが「いらっしゃいませ」と優しく迎えてくれる彼に、きゅん、と胸が疼く。

「安室さん、こんばんは」

「こんばんは夢乃さん。カウンター席へどうぞ」

「ありがとうございます」

店には自分以外の客は誰も居なかった為に緊張してしまう。

「今日はなんだか嬉しそうですね?」

え?と見ていたメニューから顔を上げる。そうだろうか。緊張からうまく笑えていない気もしたのだが。でもたしかに仕事終わりにこうして彼に会えたのだから心はウキウキだ。「そうですかねぇ?」なんておちゃらけた返しで誤魔化せなかったのは言葉とは裏腹に彼の表情は全く嬉しそうではなかったからだ。

「…あむろさ…?」

「その、箱…」

「え?はこ…?」

彼の視線の先を辿る。鞄の中から見えていた箱に興味があるようだった。おもむろに取り出し、彼に見せるようにカウンターテーブルの上へと置く。

「これは今日職場の後輩からバレンタインデーのお返しにと…」

「バレンタインデー…ですか?」

しまった。自分からこの話題を出してしまったと後悔しつつも、緊張からか口が勝手にベラベラと喋り出してしまう。

「はい。以前仕事のことで相談に乗ってくれたことがあったでしょう?ほら、萎縮してしまってミスが増えてしまう後輩が一人いるって…」

「あぁ、例の…」

「安室さんの言う通り、その後輩とよく話をして、ミスしたときは全力でフォローするようにしたんです。その子に合わせた指導方法に変えたら、徐々にですけどミスも減ってきて…」

その箱を見つめ、始めての後輩指導に四苦八苦しながらもその子が成長していく様を思い出しながら優しく手を這わせる。

「…っ…」

「バレンタインデーの日、ついてきてくれた部署の後輩全員にいつもありがとうという気持ちを込めて配ったんです」

「……」

「お返しはいらないからとその時に伝えてあったんですが、例の後輩から明日から違う部署に異動になるから受け取って欲しいと言ってくれて…」

せっかく用意してくれたものだ、夢乃は有り難く受け取ることにした。

「その子からお手紙まで貰っちゃいました」

「手紙?」

「はい!そしたらW先輩大好き!Wって書いてあって、嫌われてると思ってたからもうすっごく嬉しくて…」

「嬉し…かったん、ですか?」

「そりゃあもちろ、ん」

夢乃の口は段々と閉じてしまう。彼がすごく寂しそうな顔をしていたから…

「あの…どうされ…」

「僕以外にも…渡した人がいたんですね…」

「え…?あの、でも、これは…」

「その後輩の方とお付き合いされるんですか?」

「えぇっ⁉あの…」

「それとも僕の方が義理だったのでしょうか?」

「義理なんかじゃありません!!」

つい、席を立って大声をあげてしまった。驚いた顔をする彼だがその表情は未だ悲痛な面持ちだった。

「…なら、なぜ…」

「女の子です!」

「……は?」

「その後輩は女の子ですよ!」

「っ!?」

ようやく勘違いに気づいたのか彼は顔を真っ赤にして口元を手で覆った。よくよく考えたら彼にはW後輩Wとしか伝えておらず性別は一度も口にしたことがなかった。

「……」

黙ったままの彼はついに手の平で顔を覆ってしまう。

「あの、安室さ…」

「すみません。とんだ、失礼を。あの、先程のことは全て忘れて頂けると…」

「男性だと思ったんですか?」

「…っ…」

顔を背けているけれど、見える赤い耳先にこちらも顔を赤くする。こんな取り乱している彼を見るのは初めてだ。

もしかしてヤキモチを…妬いてくれたのだろうか…

「あの、これ…」

彼は顔を背けたまま、カウンター下から何かを取り出し、台の上へと置く。手が離れ、現れたのは可愛い小瓶。その中には彩りあふれたキャンディーが入っていた。

「あの時の返事をしようと…今日、ずっと貴女のことを…待っていました」

「…っ…」

「アクセサリー、とも思ったんですが、ホワイトデーにWこれWを贈る意味、夢乃さんはご存知ですか?」

うそ、そんなまさか、と両手で口元を覆う。嬉しくて、涙が自然と溢れ出てくる。ようやく彼が顔を覆うのを止め、こちらを向いてくれたというのに視界が滲んでよく見えない。

「あなたが好きです」

瓶の蓋を開け、彼の長い指がキャンディーの一粒を掬っていく。

「他の人から貰ったプレゼントよりも先に、僕のものを一番最初に食べて欲しい」

彼の手が伸びてくる。涙を拭い、コクンと頷いてから唇を開く。彼の指先が唇に触れる。優しく口の中へと放られたキャンディーは涙の味も混ざり少し甘辛い。

「おいしい?」

「少ししょっぱいかも…」

正直に答えれば彼は小さく笑って夢乃の頭を優しく撫でる。

W付き合い始めても長続きするW

口の中でなかなか溶けないことから、好きですの意味以外にもそういう意味も含んでいるんだよ、と彼はこの後自分を抱きしめながら優しく耳元で教えてくれたのだったーー…




終わり
2021.3.15


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