短編集
□クリスマスはチャペルで
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仕事の合間にポアロへと立ち寄り、そこで遅めの昼食を終えるとコーヒーを持ってきてくれた同期が途端思い出したように顔を上げる。
「そうだ。クリスマス、ポアロになった」
「へぇ、そうなんだ」
忙しい昼の時間帯は終わり、落ち着いた店内には今二人きり。いつもの口調で話してくる降谷についこちらも気が緩んでしまう。
「WそうなんだWってそれだけか?」
昔はよく同期のみんなで集まって朝まで飲み明かしたっけ。仕事一辺倒の自分達に恋人なんておらず、二人きりになってしまった今、なんだかんだ当時の癖でどちらかの家に行き、買った高そうなお酒でケーキをつつくのが恒例となっていた。
「だって、仕事なんでしょ?仕方ないじゃん」
恋人なら気にするところだが、残念ながらそうではない。それよりも今は別件で気掛かりなことがあり、頭はそれでいっぱいだ。スマホ画面を睨みつけながら「はぁ…」と重いため息をつく。気づいた彼が不思議そうな顔で訊ねてきた。
「どうした?」
「実は…再来週の25日に私が憧れてる結婚式場でイベントがあって」
自分が結婚するならいつかここで挙げたいと思っているほど、外観も内観も素敵なそこの式場は毎年クリスマスにイベントをやる。今年は式に出すコース料理が無料で食べられるのだ。
「SNSにそのコース料理の写真が掲載されてたんだけど、本当においしそうでさ。それで一ヶ月前にその席を予約したんだよね…」
その先を言い淀んでいると降谷は「で?」と催促してきた。
「実は…注意事項の所をよく読んでなくて…」
「注意事項?」
「条件として必ずパートナーを連れていかなければならないってところ」
「え?君、恋人いたのか?」
「いないよ」
「だよな。安心した」
「……ちょっと、それどういう意味?」
「……僕だけ一人寂しいクリスマスを送るのかと思ったから」
自分はバイトいれたくせに、と唇を尖らせていると、君だって先に予定入れてただろと返され、威嚇するように下顎を出す。
「で?話の続きは?」
「あー…でね?一緒に行ってくれそうな男友達を探したんだけど、よく考えたら男友達って降谷しかいないし、キャンセルするしかないかなぁって話…」
「そもそも誘われてないが?」
「そういうの嫌がると思って、端から降谷は候補に入ってないよ」
はぁ…とため息をついてから彼はスマホをポケットから取り出す。
「何時から?」
「え?」
「その予約」
「13時だけど…」
「わかった。17時までに店に戻って来れば問題ないから」
「問題ないからって…え?なに?来てくれるの?」
「キャンセル料とか掛かるんだろ。それに空席があっては式場側も、席を取れなかった人にも迷惑だ」
「そう…だけど。でも最近あんまり休みなく働いてるじゃん。少しでも体休めてさ…」
「ポアロの新しいメニューの参考になるかもしれないし、僕としてもメリットはあるから」
「………」
時々、ポアロが本業なのでは?なんて思うくらい店に注ぐ力が強い彼。まぁ、何にでも手を抜かないところが降谷らしいんだけど。しかしポアロのアイドル、みんなのあむぴをそんなところに連れて行って大丈夫だろうか。常連客にでも見られたらそれこそ集客に影響してしまうのでは…。
「僕も一度見ておきたいしな」
「ん?式場、興味あるの?」
「あぁ」
「彼女いないのに?」
「うるさいな。君だっていないだろ」
そう言ってバックヤードの奥へと消えていく。途端訪れる静けさ。なんとなく手持ち無沙汰を感じて、まだ温かさの残るコーヒーに口をつける。
組んだ足をゆらゆらと揺らしながら待っているとすぐに戻ってきた彼の手には紙のついたバインダー。棚や冷蔵庫を開け、在庫チェックでもしているのか個数を確認しては何やらそれに記入していた。
頸に掛かるエプロンの紐。さらにその紐に掛かる襟足を目で追う。その作業している後ろ姿に「…本当に来るの?」と言葉を投げた。
ピタリと数えていた指の動きが止まり、振り向いた彼の表情はどこか機嫌が悪そうだ。口には出さないが、「何か不満でも?」と多分言っている。「心配してるんだよ」と呆れたように笑って告げれば、短いため息が返ってきた。
「君と行くんだ。僕にとってはそれだけで息抜きになる。それに…」
言葉は続かず、細められていた目の端が今度は寂しそうに下を向く。哀愁を含んだ沈黙に、彼もまた友と過ごしたあの賑やかだった日を思い出しているのかもしれない。寂しさを紛らわすように予定を入れてしまうのはどうやら自分だけではなかったようだ。
「それとも…君は僕が相手だと嬉しくない?」
纏った空気を振り払い、今度は拗ねた顔になる彼に頬を緩めた。
「ううん!すごい嬉しい!」
カウンターテーブルから身を乗り出して、降谷の手を握る。犬の尻尾のようにブンブンと振り回しながら「ありがとう!」と満面の笑みで伝える。照れているのかコホン、と彼が咳払いし「わかった。わかったから」と嗜められた。
いつもより少しおめかしをして、待ち合わせ場所に迎えに来てくれた降谷の車へと乗り込む。いつもと雰囲気が違うのは自分だけではなく、式場に合わせてほんのり決め込んだ彼の格好に少しだけ、ほんの少しだけだが目を奪われる。ずっと友達だった彼と恋人同士を装うなんて、なんだか少し背中がこそばゆい。
とは言ったものの憧れていた式場の中に一歩足を踏み入れたら、そんな緊張も一気に吹き飛んだ。運ばれてくる料理すべてに舌鼓を打ちながら顔を綻ばせていると「嬉しそうでなによりだ」と、彼が途中で吹き出した。
「来年のクリスマスは降谷のわがまま聞いてあげるからね」
「言質…とったからな」
「えぇ?高いものは買えないよ?」
含みのある言い方にそう返せば彼は可笑しそうに笑いながら欲しいのは物じゃないと言ったーー…。
その後は式場内を見て回り、十二分に堪能したところで、一緒に館内を案内してくれていた担当の方が脇に抱えていた分厚いファイルを広げた。
「本日、式場のご予約をされていきますとさまざまな特典がつくんですが…」
今なら相当額の割引きもあると言われ、結婚予定もなければ相手もいないのにぐらいついてしまう。いやいや!予約してどうするよ!とノリツッコミをし、断るため口を開く。
「あの、予約は…」
「来年の今日で」
ん?と横にいる人を見上げる。今この人の口から出た言葉だろうか。え?聞き間違い?すると降谷が不思議そうな顔でこちらを見る。自分も今多分同じ顔をしている。
「ん?」
「ん?」
んー?と二人で首を傾げ合う。パチパチと炭酸が弾けたように瞬きをしてから、一気に目が覚める。
「いやいや!キャンセルで!!」
危ない!危うく流されるところだった!!えぇ?なんだって?来年の今日だと!?
「いえ、キャンセルはなしでお願いします」
「ちょっ…!降谷!?さっきから何言ってんの!?」
担当の人がものすごく困っているのが目に見えてよくわかる。ただ、自分も混乱していて、それどころではない。どうした?寝不足でついにおかしくなってしまったのか?
「キャンセルになったらその料金は僕が払うから」
「払うからって、降谷…」
そんなコンビニでおにぎり買うテンションで言われても。いくらだと思ってんの?
「わがまま、聞いてくれるんだろ?」
料理の時の会話を思い出し、あんぐりと口を開ける。言った…。言ったよ?言ったけども!!
「試してみないか」
「た、たた試すってなにを…?」
「来年まで僕をそういう対象で見れるかどうか」
「…っ…」
開けたままの口を今度はパクパクと鯉のように口を動かす。何か言いたいのに何も言葉が出てこない。
「見られなかったら君を諦める。今後一切近づかない。どうだ?」
どうだ、と言われても。何故彼はこんなにも自信に溢れた言い方なのだろう。それがまたムカつく。そんな彼だから警察学校時代からいつもムキになって返してしまうのだ。
「いいよ!来年の今日ね!」
その時の彼の嬉しそうに上がった口端を今でも忘れない。相手が手中にハマったときのような、したり顔。
そして来年の今日、本当にそこで式を挙げているのだから人生何があるかわからない。
おわり
2022.12.25