甘露の雨

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振り回される鉄パイプやら、金属バットやらを避け、的確に急所を狙い、なるべく一発で仕留める。

足腰を鍛えて良かったと思う。体が軽く、思い通りに動く。相手の動きも遅く見えた。

男の降谷の方に集まっていた輩の人数が徐々に減っていることに気づく。逃げた者もいるが、何人か彼女の方に流れて行っていた。チッ、と舌打ちし彼女とあまり離れないように努めた。

ふと彼女の足元で倒れている男が彼女の足を掴もうと手を伸ばしているのが目に入る。

「成瀬!足!気を付けろ!」

大声を張り上げたが間に合わず彼女が気づいた時には足を掴まれていた。そのまま引っ張られカクンッと体が後ろに下がる。動きが止まった彼女の髪を仲間の一人が思い切り引っ張る。痛みで顔を歪め、掴んでるその男の手を振り解こうとするが彼女の手は届かない。

強く引っ張ったせいで、ヘアゴムがパチンッと音を立ててゴムの部分が切れてしまう。弾け飛ぶパールピーズ。その隙間から悲しげな目をしている彼女が見えた。

途端に怒りがこみ上げてくる。いや、彼女の足に触れた時点で既にキていた。立ちはだかる目の前の男を邪魔だと睨みつけ、やや低く構えて左に踏み込み腰を捻った。肘を曲げて側面から相手の脇腹目掛けて抉るように打ち込む。

「ゔっ!」

呻き声を上げ倒れた男。骨の折れる嫌な音が鳴る。その音を聞いて周りが怯んでいる間に彼女の元へ一目散に駆け寄る。

髪を掴んでるそいつの背中目掛けて思い切り飛び蹴りをお見舞いした。

衝撃で男は彼女から手を離し、地面に顔面を打ち付ける。

途端背後で振り被る気配。

気づいた彼女が降谷の背後に周り、ガンッ!と伸びている男から拝借した鉄パイプでそれを受け止める。リーダー格の男が金属バットを降谷目掛けて振り下ろしたようだ。

男はチッ!と舌打ちし彼女の腹を蹴る。

「成瀬!」

降谷が助けに入ろうとする。しかし彼女は腹に喰らったというのに平然としており鉄パイプを放り投げ、相手に深く踏み込んだ。しかしそのせいで男の拳を頬にもろに喰らってしまう。

「成瀬っ!!」

しかし彼女も脇腹に一発決めていた。メキ、と嫌な音が鳴る。どうやらこちらの男も肋骨が折れたようだ。呻き声を上げ姿勢が低くなる。待ってましたと言わんばかりに彼女は口角を上げる。彼女の拳が男の頬を抉る。地面に叩きつけるように上から下へ思い切り拳を振るった。

ドカッ!!とまるで地面に体がめり込んだような凄まじい音が響き渡る。

「・・・・」

さすが、元ミドル級王者の娘。
なんて一人で感心している場合ではない。

リーダー格の男がやられ、怖気付いたのか周りの輩は徐々に体が退いていく。持っている鉄パイプと金属バット、角材なんかを放り投げ、遂には走って逃げてしまった。

放心している彼女がハッと何かに気づいたように顔を上げる。

「つい、手加減なしでやってしまった…」

慌てて意識を失っている長髪の男の様子を見る。呼吸を確認して、彼女はホッと胸を撫で下ろしたーー…。





うっ…と男がすぐに意識を取り戻す。周りに仲間が一人もなくなったことを悟ると男は顔を歪めた。

「さぁ、これでやっとゆっくり話し合いができるわね」

「話し合い?ハッ!何を今更…」

「そんなことないわ。貴方たちが力づくで携帯を奪おうとしなければもっと早く終わった」

「じゃあなんだ、謝罪でもすればいいのか?土下座の動画が欲しいって言ってたな。撮ればいいじゃないか。もう、あんな動画があってもなくても俺は…」

そこで男は悔しそうに唇を噛む。

「…何を勘違いしているか知らないが、彼女はもうあの動画をすでに消してる」

降谷の言葉に男は目を丸くする。

「はっ…?」

降谷の言葉に彼女は困ったように眉を下げた。

「じ、じゃあなんであの時言わなかった!」

「言ったわよ。けど信じなかったじゃない」

思い当たる節があったのか男はハッと何かに気づいた。

「な、なら!なんでこいつと…!降谷と一緒にいるんだ!」

あー…なるほど。だんだん話が読めてきた、と降谷はその考えを口にする。

「別に君達に復讐を企てていたわけじゃない」

狼狽えた瞳が降谷を見る。どうやらずっと何かを勘違いしていたようだ。

「それに僕も、あの時のことはもう気持ちにケリがついてる。スポーツマンらしく、あの状況で優勝したことがもう報復したも同然であったと思ってる」

男は目を見開き酷く顔を歪めた。そして悲しそうに眉を寄せ、次には顔から力が抜けていく。

「俺が…勝手に、復讐されると…思ってただけ…?」

ハハッ…と力が抜けたように男は笑う。

「笑えよ、こんな…俺を…」

とんだピエロだと、言った男に彼女は「笑わないわ」とはっきりとした口調で男に告げる。

「…っ…」

その言葉に男は顔を手の平で覆い、黙ってしまう。

「……悪かった」

小さく、消え入るようなか細い声。彼からしたらこれが精一杯の謝罪だった。

「本当はあんたにしたこと、ずっと後悔…してた。何しても後ろめたさが拭えなくて、勉強も手につかなくなって…親にも見放されて」

もう、終わりだ。と男は言った。

また一からやり直せばいいじゃないかと降谷が口を開きかけた時、スッと彼女が男の前に立ち、ゆっくりと蹲んだ。

「やり直せるわ」

きっと、ぜったいに。

強く、言った彼女の言葉に男は顔を上げる。

「Wやり直すのに時の縛りはないのだからW」

「…っ…」

彼女は優しい口調でそう、男に告げる。
そして次にはいつから持っていたのか手にしている本を男の前に掲げる。

「って、この本に書いてあるの」

ズルッとコケそうになるのを降谷はなんとか堪える。その本、どこから出したんだ。

「今絶賛売り出し中のミステリー作家・工藤優作が書く、この『死人の消息』を貴方にあげる」

ポンッと寝ている男の肩に手を置き、得意顔で男に本を渡す。

「本人のサイン入りよ。大事に読んでね」

男も何故かそこで感銘を受けたような顔をしており、二人の空間にキラキラしたものが幻覚で見える。何やら感動の一場面を勝手に見せつけられている気分になり、置いてけぼりの降谷は遠い目でそれを見つめた。




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