甘露の雨

□17
1ページ/2ページ



長野県警に配属されて四年目に入ったある日。警視庁にいる元後輩から連絡が来た。

《先輩って確か伊達さんと同期でしたよね?》

電話口から久方に聞くその名に彼の葬式に行ってからもう一年以上経つのか、と領は意味もなくカレンダーを見つめる。

「そうよ。それがどうかした?」

《伊達さんのロッカーから小包が出てきて…》

「小包?」

《えぇ、その小包の中に差し出し人不明の封筒が入ってたんですけど…》

ガサゴソと恐らくその封筒を出しているのだろう。紙を擦る音が電話口から聞こえる。

《その封筒に貼られてるメモに名前が書かれてるんですけど所々字がにじんでいて読み辛くて…先輩なら心当たりがあるかと思って電話したんです》

「わかった。その封筒の写真、送ってくれる?」

少ししてスマホに送られてきた写真を見て息を飲む。微かにだが、W諸伏Wという文字が見える。

《先輩、どうですか?何か…》

「佐藤」

《はい?》

「一人、心当たりがあるからその人に訊いてみる」

《えっ、本当ですか?助かります》

「またわかったら連絡する」

《はい、お願いします》

零と景光が公安に配属されたであろうことは四年前、異例の異動命令で何となく察しはついていた。

何かの事件に巻き込まれているわけではないのなら、これ以上の詮索は彼らに迷惑が掛かると考え、長野に移ってからは大人しくしていたのだが…

送られた封筒の写真を見て胸騒ぎがした。

字体を少し変えているが零の字に似ている。諸伏で連想するのは景光だが、もう一人、同じ苗字の人物を領は知っている。高明という名のその人物は半年ほど領が所属するここ新野署にいた男だ。

よくよく目を凝らせば諸伏の次に高明と書かれているようにも見える。彼は先日、県警本部に復帰したばかりだ。


W目元がそっくりだったよW


ぎゅっ、と領はスマホを強く握りしめた。






半年前ーー…

「おーい、成瀬」

先輩刑事に呼ばれ、領はデスクから顔を上げる。

「はい、なんでしょうか」

「本日付けで配属された諸伏警部の歓迎会、幹事お前頼むわ」

「いいですけど…喜びますかね?」

彼、諸伏高明はここ新野署でも有名だった。東都大学法学部を主席で卒業する頭脳の持ち主にもかかわらずノンキャリアで県警本部入りした変わり者。数々の難事件を解いてきた凄腕の刑事。

そんな彼がどうして新野署へ異動してきたのか。なんでもある被疑者を追っていた同僚が行方不明になり、その同僚を探し出す為、かなり強引な捜査でその同僚を見つけ出したという。

被疑者も確保され、結果として良かったものの、上司の命令に背き、単独で他県まで足を運んだことの責任を問われこちらに出向してきたのだ。噂のコウメイ警部の下で経験を積めるのは新野署的には大歓迎だが、彼はどうであろう。

「やらないわけにもいかんだろ」

その言葉に確かに。と納得し、領は早速店に予約の電話を入れた。



「諸伏警部」

ちょうど聞き込みから帰ってきた彼を廊下で呼び止める。

W目元がそっくりだったよW

学生時代に景光の兄に会ったことがあるという零の言葉が即座に思い浮かんだ。
似ている、と思った。
苗字が同じだと思った時からそうではないかと思っていた。

「警部の歓迎会、今日このお店でやる予定でして…」

わかりました。と淡々と応える彼の顔をまじまじと見つめる。一度そう思ってしまえば血縁者にしか見えなくなってくる。全ての動きが景光を連想させる。時々顎に手を当てる仕草なんかそっくりである。

「私の顔に何か?」

「い、いえ…では私はこれで失礼致します」

訊いてみたいが今は職務中であり、違っている可能性も十二分にある。今夜酒の席でさりげなく訊いてみよう。

「コホッ…」

領は咄嗟に出てしまった咳を慌てて手で押さえる。二、三日前に引いた風邪が長引いている。しかし今夜は上司の歓迎会。幹事となると休むわけにもいかなかった。




歓迎会も中盤に差し掛かかったところで領は一度席を立つ。お手洗いから戻ると頼んでおいた水が置かれていた。

そろそろ風邪薬を飲まなくては…。

一度口の中を潤そうと一口口に含む。

「っ!?」

バタンッ!!

顔面をテーブルに打ち付ける。
周りの慌てた声が遠くで聞こえる。


そこから記憶が飛んだーー…




次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ