甘露の雨

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江戸川コナンは成人男性以上高さのある長方形に象られた巨大な氷を見上げる。そこにはフェアリー・リップと呼ばれる細長いピンク色の真珠が埋め込まれていた。

「けどジイさん!うまい事考えたのォ!」

服部が鈴木次郎吉に巧妙に練られたキッド対策を讃すると彼は首を横に振り否定する。

「儂の知恵ではないわ!今日もわざわざ助っ人に来て頂いた、 長野県警捜査一課…」

次郎吉は振り返り、いつの間にか皆の後ろに来ていたその見覚えのある男を紹介する。

「諸伏高明警部の考えた良計じゃよ!」

コナンはその高明の後ろにいるこれまた見覚えのある女性にパチリ、と目を瞬かせる。彼女は高明の背からひょこりと顔を出し、コナンを見た。

「諸伏警部!…と成瀬刑事まで!」

成瀬領に気づき蘭が嬉しそうな声を上げる。小さく笑った彼女にコナンはふと数日前のことを思い出す。

W今度また会った時に…W

なるほどね、とコナンはジト目を向けると視線の意味に気づいたのか彼女は苦笑いを浮かべた。

「二人ともどうしてここへ?」

蘭の問いに高明がある物を確認する為にここへ来たのだと説明するとそれを聞いた小五郎が怪訝そうな面持ちで成瀬に話を振る。

「けどなんで所轄のあんたが?諸伏警部は本部に復帰したんだろ?」

「はい、ちょっと訳ありでして。今日は警部の付き添いも兼ねてお手伝いしに来たんです」

少し濁した言い方に小五郎は納得していないのか片眉を上げふーん、と煮え切らない返事をする。

「ねぇ、ねぇ成瀬刑事」

彼女があまり話を広げるつもりがないとわかったコナンは透かさず別の話題を振る。

「今日僕たちが来ること知ってたの?」

スーツの袖を引っ張り無理やり蹲ませる。コナンの質問に彼女は薄く目を見開いた。

「どうして?」

何故そんなことを尋ねるのか。彼女はコナンがその考えに至った経緯を知りたがった。

「この間Wまた会った時にWなんて言ってたから」

長野県警にいる彼女と会うのは事件でもない限りそうそうないことだ。

それに今日コナン達がここに来たのは次郎吉に呼ばれたからではない。服部たちと、もともとここ博物館で展示されているフェアリー・リップを観にくる予定だったのだ。怪盗キッドの情報を知ったのはむしろ今朝の新聞だ。

けれどあの時の彼女は近々会うことが分かっていたかのような言い方であった。

すると彼女はいきなりふふっ、と小さく笑った。

コナンは目を瞬かせる。彼女は時折コナンがこう言った疑問を口にすると嬉しそうな顔をする。

なぜだろう。そう、思えば長野の事件で初めて会った時から彼女は子供のコナンが放つ言葉を戯言で済まさず耳を貸していたー…。

「君と会った時すでに相談役がキッドに挑戦状を出すことは知っていたから、キッドキラーの君も呼ばれるのかな、ってあの時はぼんやり思ったのが口を衝いて出ただけだよ」

「ふーん」

小五郎と同じ煮え切らない返事をすると彼女は「小さな探偵くんは何に納得してないのかな?」と言葉を続けた。

「どうして実家は東京なのに、長野県警なの?」

脈絡ない質問な上に訊かれたことが予想外だったのか、彼女は少し目を見開いたあと、ゆっくりとそれを細めた。

「私が長野県警にいるのはおかしい?」

色々な事情を抱え、他県で働く者もそれはもちろん沢山いるだろう。しかし、何故だか成瀬領のそれは違和感を覚えた。

「だって、基本刑事さんってお休みの日でも急に呼び出されたりするじゃない?だから他県だとなかなか実家に帰れないんじゃないかなーって」

都内の採用試験は受けなかったの?と訊けば彼女はうーん、と困ったように笑った。

「実はもともと警視庁勤務だったの」

「え?じゃあ一旦辞職して長野県警にわざわざ採用試験を受け直したの?」

黒田兵衛がその例であるように、県を跨いでの出向は警視から警視正へなる人間。他に教官としての出向や研修による派遣…などが考えられるが彼女にはそのどれにも当て嵌まっていない。それをコナンが知った上で質問をしていると彼女も理解したのだろう。「君は何でも知ってるのね」とまた口角を嬉しそうに上げた。

「実は特例の異動…と言った方がいいのかな…。もう長野に出向して随分経つから警視庁に戻ることはないかもね」

「…え、それって」

「…ごめんね、小さな探偵くん。今はそれ以上のことは話せない…かな」

彼女の、ほんの少し寂しそうな目を見てコナンはそれ以上何も訊くことは出来なかったーー…





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