甘露の雨

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キッドには逃げられてしまったが、それは宝石を元の持ち主に返す為、敢えて逃がしたのだと高明は言った。フェアリー・リップの所持者が本来の持ち主でないことを初めから見抜いていたのだ。そう、それはあの少年も、西の高校生探偵も。





数時間後、領達は警視庁に来ていた。

「あっ、高木くん」

領は廊下を歩く見知った背中に声を掛ける。彼とは伊達の葬式以来だ。

初めて会ったのは伊達が彼を教育係として面倒を見ていた時。周りからワタル・ブラザーズだなんて呼ばれているのだと嬉しそうに語りながら高木を紹介してくれたのを今でも覚えている。

彼も領のことを覚えていたのか嬉しそうに会釈した。

「成瀬さん!お久しぶりですね」

「久しぶり。元気そうね」

「えぇ、お陰様で」

「それで、いきなりで悪いんだけど佐藤に用があって…」

「あ、はい!話は佐藤さんから聞いています。どうぞこちらへ」

通された部屋は普段は捜査会議で使用しているのだろう。長テーブルが二つ、L字型で置かれていた。パイプ椅子も二つ用意されており、自分は入り口付近に、高明はその斜め向かいに座った。

「今、呼んで来ますので少々お待ち下さい」



カチ、コチ、と壁に掛けられている時計の秒針がやけに響いて聞こえる。普段はそんな音、気にも留めないのに今はそれが酷く耳に入ってくる。

斜め向かいに座る彼を見た。

目を閉じ腕を組んで静かに待つその姿は落ち着きのない自分とは大いに異なる。

喉が、カラカラに乾いていた。

「それにしても…」

高明の声に領は俯き始めていた顔をパッと上げる。すると彼は薄く目を開いていた。

「見事なコンクパールでしたね」

その宝石を思い出しているのか高明は顔を少し上に向ける。

「あの大きさのものは初めて見ました。とても美しい火焔模様は暫く忘れられそうにもありません」

領の頭に火焔模様と言われる曲線が浮かび上がる。確かに綺麗だった、と硬くなっていた表情は微かに緩む。いつの間にかこちらを見ていた高明と目が合う。領の顔を見て、彼もまた小さく口端を上げた。緊張している領の為に、場を和ませてくれたのだろうか。

「警部…」

がちゃり、と扉が開き、領は口を閉じる。佐藤と高木が挨拶しながら部屋に入ってきた。佐藤が持っている封筒を見て領はゴクリ、と生唾を飲み込んだ。

「この封筒なんですが…」

既に開封された伊達宛の封筒。佐藤はそこからメモ書きが貼られた別の封筒を取り出し、高明に渡す。送られてきた写メと同様のものだ。

領は立ち上がり、佐藤が机に置いた[伊達 航 様]と書かれた封筒を手に取る。その面を注意深く見たあと裏返す。

左下に書かれた丸印に領は息を飲む。

「…っ…」


W0(ゼロ)Wーー…
 

やはり、零(ゼロ)…貴方なのね。と領は唇をキツく結んだ。

「あなた宛で間違いありませんか?」

高木の問いにメモを見つめていた高明はゆっくりと肯いた。

「えぇ…私宛でしょう…」

「では中身の確認を…」

「はい…」

封筒を傾け、ゴソッと出てきたそれを彼の後ろから三人で覗き込む。

「これはスマートフォンですね…中央に穴が開いてますが…」

穴の、内側に黒ずんだ染み…
ひび割れた画面…

「確かに穴が…」

ドクン、ドクン、と心臓が脈を撃つ。

「何の穴でしょうか?」

佐藤と高木がその穴を覗き込むようにして見ている間、領一人だけが下唇を強く強く噛んだ。

「ん?」

高明がスマホを裏返す。

「っ!?」

領は、固まってしまう。

傷だらけのスマホの中に隠されたように刻まれたそのイニシャル…


その…どくとくの「H」の…文、字は…


あぁ、そんな…


「先輩?」

佐藤の声にハッと我に返り無意識に取っていた行動が目に映ってくる。景光のスマホを持つ高明の手を上から握りしめていた。

慌てて手を離し、「すみません。少し席を外します」と言って領はその場を離れたーー…






「人生、死あり…修短は命なり…」

領が出て行った扉を見つめていた二人は高明の言葉に「え?」と聞き返すように彼を見る。

「W人は死を避けられない…短い生涯をおえるのは天命であるW…ーーという中国のある軍師の言葉です」

高明は弟が公安に配属されたこと。スマホに開いた穴からそれが弾痕と、付着している血痕から潜入中に命を落としたであろうことを推測する。

高明はその穴を見つめる。命を懸けて情報を守ったのだろう。景光と過ごした思い出が頭の中を駆け巡っていく。

高明はそのスマホを大事そうにまた封筒の中へとしまった。

コンコンコン、と扉をノックする音。
彼女は何事もなかった顔で部屋へと戻ってきた。しかしその額は何故だか少し赤くなっていた。

「お待たせしてすみません」

「いえ、では帰りましょうか」

席を立ち、高明が持つ封筒を彼女は一瞬悲しげな目で見たあと、すぐ様いつもの表情に戻り小さく「はい」と応えた。

下まで送ります、と言った高木と三人で廊下を歩く。隣を歩く彼女の手を見つめた。その右手の甲は赤くなっており、やけに痛々しく見えたーー…





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