甘露の雨
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零と一緒に会場に入ったコナンから連絡が入る。
《皆、作戦開始だよ》
それに「了解」と領は応える。待機していた車にコナンを乗せ、零を追う。
「ベルモットが成瀬刑事に変装して現れたんだ」
世界的女優が組織にいるということにも驚きだが、彼女は男でも女でも変幻自在に変装できるのだという。コナンの言葉に領は片眉を上げる。
「私に?」
「うん…。長野に帰った成瀬刑事なら鉢合わせがないと思ったのかもしれないけど…」
「なにか気になるの?」
「……」
顎に手を当て、コナンは思案する。あの時のベルモットは成瀬領に似せる気があまりないように感じた。
「いや…もしかしたらわざと俺に気づかせようとしたのかも、って…」
以前にも似たようなことがあった。赤井秀一の件を探りに来た時、わざと自分たちが絡んでいることを匂わせ、コナンを赤井秀一の元へ向かわせようとしたのだ。今回もそれと似た匂いを感じる。
「なんのために?」
「まだ確証はないけど…安室さんに何かあった場合ベルモット側にも何か不利益なことがあるのかも」
彼女がバーボンに情けをかけるとも思えない。
「組織が絡んでることがわかったら俺が追いかけてくることはだいたい予想がつくし…」
「彼女は味方なの?」
「わからない。けど…今回は信用してもいいのかもしれない」
コナンは彼らが向かう先をある程度予測するため、スマホで地図アプリを起動させる。
「このまま行くと、今は使われてない廃ビルがある」
赤井さん!とコナンはイヤホンに話しかける。
《聞いていた。その廃ビルに覚えがある。そこに向かってるのは確かだろう》
「赤井さん、何か知ってるの?」
《彼の仲間が、拳銃自殺したところだ。悪趣味なジンが考えそうなことだな》
「か…れの、仲間…?」
「成瀬刑事?」
《ボウヤ、多分狙撃手が見張り役も兼ねているだろうから、俺は先に行ってそいつらを相手してくる》
「わかった!」
青い顔をしている彼女にコナンは成瀬刑事、大丈夫?と声を掛ける。
「えぇ…大丈夫よ」
私たちも急ぎましょう、と彼女はアクセルを踏み込んだ。
「この建物だ」
ポツ、ポツと降ってきた雨が地面を濡らし始める。雨脚が段々と強くなっていく。
《屋上だ!!急げ!》
別の建物からこちらをスコープか何かで見ているのだろう。赤井の声に二人は建物の外側に付いている階段を急いで駆け上がる。横降りの雨が領の顔に当たる。濡れたアルミ階段は時折足を滑らせた。
もっと急いで!早く!早く!
心臓が潰れそうな程に痛い。顔を歪め、駆け上がる足は怖くてもつれそうになる。風に混ざって降りてくる血の臭いに領の心は押しつぶされそうだった。
「間に、合って…!」
間に合って…間に合って…!間に合って!!
屋上の扉を開ける。血塗れで倒れている彼の姿に領は息を呑む。
「零!」
駆け寄り出血の箇所を確認する。
「しっかりして、零!!」
呼吸が浅い。焦点の合っていない虚ろな目。足を上げ、心臓に血を巡らす。コナンに太腿の止血を頼み、領は上着を脱ぎ、それを腹部に押し当てる。ヘアブレスレットが血に染まっていく。
止まらない…!
「だめ!」
彼の綺麗な髪が血で染まっていく。
「だめ、だめだめ!!」
止まってよ!!と溢れ出る涙に下唇を強く噛む。しっかりしろ!泣いてる場合なんかじゃない!領は「い…やだ…!」とか細く声を出す。
萩原くんも
「みんな!」
松田くんも
「勝手に」
伊達くんも
「死んじゃって!」
諸伏くんも
「酷いにも程がある!」
貴方だけは、貴方だけは!絶対に死なせない!
「れっ…!?」
意識を取り戻した彼が領の胸ぐらを掴んだ。触れる唇に目を見開く。絡めてくる舌。覚えている体はそれに応えてしまう。立ち込める鉄の臭いの中で交わすそれに救急隊と会話していたコナンは顔を真っ赤にしてスマホをカシャン、と地面に落としてしまう。その音にハッと我に返る。領を掴んでいた彼の手が離れ、地面を叩いたのは同時だった。
「零…?」
あぁ、待って…
「あい、してる…領」
な、んで今そんなこと…
「なんでそんなこというのよ!」
待って、待ってよ!目を閉じないで!
「待って!お願い零!しっかりして!」
呼吸が止まってしまった彼に領は心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。救急隊がその後到着し、彼は病院へと運ばれたーー…
ーー零!!と誰かが呼んだ…
目の前に広がる青空に零は首を傾げる。
ここは…どこだ?
「おい、遅いぞ!」
誰かに呼ばれている。
「早く来いよ!ゼロ」
制服をきた景光が自分を呼ぶ。あぁ、そうだ。今日は警察学校の卒業式だった、と皆が待つところへ足を進める。
領がカメラを持って待っている。なかなか集まらない自分らに「ほら伊達班ー!写真撮るよー!」と手招きしている。
「ポーズはどうする?」
訊く松田に伊達と零は片眉を上げる。
「ポーズなんているか?」
「班長わかってねぇな!大事だろ」
「ベタに警察帽を投げるのはどうだ?」
「お!いいね!さすが萩!」
「よくドラマや映画で見かけるやつだな」
「え?ヒロもやるのか?」
「みんなでやろうよ、ゼロ」
「班長もだからな!」
「わかった。わかった」
「じゃあ撮るよー!」
せーの!
空高く上がる帽子。五人の…警察官である証。晴れた青空によく映え、零はそれがとても眩しくて、つい目を細めそうになる。カシャッと領がシャッターを押す。
「うん!よく撮れてる!あとでみんなに送るね」
撮れた写真を見て領が嬉しそうに微笑む。ぽん、と誰かに軽く肩を叩かれた為、振り返る。
「じゃあな、降谷」
「伊達班長…?」
「成瀬ちゃんと仲良くね。喧嘩しても、もう手助け出来ないからさ」
「萩…何言って…」
「ほら、早くあいつのとこいけよ、ゼロ」
「松田まで…」
「ゼロ」
「ヒロ?まさかお前まで変なこと…」
「大丈夫…」
目を伏せ、彼の手が、いや、皆の手が降谷の背中を押す。
「ゼロは一人じゃないよ」
「…っ…」
「成瀬によろしくな!」
またな、ゼロ…
そう、皆の声が重なる。ふっ、と意識が浮上する。微かな消毒液の臭い。窓から入る風がカーテンを揺らしている。
起き上がろうと体に力を入れるが激痛が走り指一本も動かせそうになかった。
「こ…こ、は…病院か?」
生きている。どうやら自分は助かったらしい。あの後どうなったのか知りたい。組織は?ジンは?ベルモットは?いったいどうなって…
ドアが開き、入ってきた風見と目が合う。
「ふ、ふ、降谷さん!」
お目覚めになったんですね!と嬉しそうな顔をした後、気づいたように慌てて先生を呼びに行く彼の姿にまったく、と零は呆れたように笑う。公安にいる身ならこれぐらいのことで動揺してどうする、なんて思ったが、自分のことでかなり心配をかけてしまったのだろう。今回は見逃してやろうと零はまた小さく笑った。
「風見、現状報告を」
すでに仕事のことを考えている上司。相変わらず自分にも厳しいお方だと風見は胸の内で苦笑いを浮かべる。
「FBIがジンの捕獲に成功しました」
やはりな。と零は舌打ちをする。零が打たれた直後、ジンが顔を抑えていたのは奴が放った弾丸を食らったからだ。それ以外考えられない。
「ベルモットは?」
「逃げられてしまったようです…」
それと…と風見は小さなトレーに乗せた物を自分に見せる。
「だいぶ血が付着しておりましたが、スマホと腕時計は無事でしたのでこちらに置いておきます」
ラックの上へと置く風見に降谷は疑問に思ったことを口にする。
「僕は心臓を撃たれた筈だが?」
「その話は私からでは無い方が良いかと…」
「来てるんだな?」
「はい。病室の外で待ってもらっています」
「入れてくれ」
わかりました、と風見は病室の外へと出る。暫くして入ってきた男に降谷はぎり、と拳を握る。
「赤井、秀一…」
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