片割れの君

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「で?何がどうなってあぁなった?」

先程まで笑いを堪えていたスコッチは今はキリッとした顔でバックミラー越しに彼女に問う。彼女は不服そうに唇を尖らせていた。

「…俺はちゃんと当初の作戦通りバイヤーのそばに居たんだ。バーボンに言われた通り余計なことは喋らずニコニコして…」

彼女は黙る。その先を躊躇い、表情険しいままの彼女にライはで?と話の続きを催促させると、彼女はミラー越しのスコッチから目を逸らすように自身の膝下に視線を落とした。

「…バーボンだよ」

え?と聞き返すようにスコッチとライは耳を傾ける。酒場でのことを思い出してでもいるのか、不可解とでも言うように彼女は眉を少し寄せた。しかし次にはその眉が悲しそうに下がったのをスコッチは見逃さなかった。

「いや、ごめん。ちがう。俺が悪い」

ちゃんと相手を見極めるべきだった、とアマレットは言ったーー…





W先にあの男を殴ったのはバーボンだW

そう言いかけた口はすぐ様閉じる。

バイヤーが自分に興味がありそうな素振りを見せた為、ターゲットが店を訪れる前にその男とカウンターで呑んでいた。バーボンをテーブル席に残して。

まずこの作戦の根底には薬を持ち逃げしたという例の男に不自然なく近づくことだった。幸いコードネームも与えられていないその男とは今回のメンバーとの面識はない。バイヤーとの交渉の場に立ち会うことが出来れば発信器をつける隙も出来、男の寝床が分かれば始末もしやすい。上手くいけば誰に薬を売ったかまで聞き出せる。


バイヤーは酒に酔い、とても上機嫌だった。進む酒とともに口は軽くなり、ふと持ち出した薬の話にアマレットが少しでも興味を示すと男は言った。この後その薬を売ってくれる奴に会うのだと。

「どんな薬なの?」

「気持ちいいぐらいぶっ飛ぶって話だ。その後は死んだように寝ちまうらしいから、外ではやらないほうがいい」

けど、その前に…と男がいやらしくアマレットのスリットの入った服の隙間から太腿に触れた。ゾワリと総毛立つ。でも笑顔は崩さなかった。嬉しそうに口角を上げてみたが、唇の端は気持ち悪さで少し震えていた。

男に気づかれないよう肌に触れている手をさり気なく取り口元に持っていく。両手で男の手を握り、表情を隠した。

男からしたら了承したと取るだろう。
空いた手が腰に触れ、引き寄せられる。

部屋に行こう

耳元でそう囁かれる。上に部屋があるという。それは大誤算だ。

あー…バーボンごめん、と恐らく後ろのテーブルで視ているであろう彼に胸の内で呟く。距離の取り方を間違えた。仕方ない、男を誘惑するのは初めてなんだ、と言い訳を腹の中でする。

まさか部屋まで行って仲良くトランプ、じゃないだろう。さて、どうやってターゲットが来るまで時間稼ぎするか、とアマレットは男と一緒に席を立つ。腰に添えられたままの手のせいで体はより男と密着する。

気持ち悪いなぁ、なんて思った矢先に男は吹っ飛んでいた。床に転がっている姿を見て、そこで初めてバーボンが殴ったのだと気づいた。

「なっ…!」

おいおいおい、とアマレットは目を丸くする。目尻を吊り上げ感情を露にしているこの男のこんな姿は初めて見た。

いつもの冷静さはどうした。らしくない。らしくないなバーボン。なんでこんなことーー…

男は口端に垂れる血を拭いながら立ち上がろうとする。店のドアが開く。写真の男だ。ターゲットが今、店に入ろうとしている。

アマレットは起き上がろうとしている男の肩を咄嗟にヒールで踏みつけ、また床に無理やり押し付ける。隣の客が呑んでいた酒瓶を持ち、上からドバドバと頭に降り注ぐ。

「うわ!冷てぇ!なにしやがる!!」

バーボンはそこでやっと我に返ったようだった。店の騒動に気づき、立ち往生しているターゲットの元へ足を向ける。一度口元を歪め、去り際に「すまない」と小声で言ったのが聞こえた。

バイヤーが立ち上がる。アマレットから受けた屈辱の方が頭にきたらしい。

「何しやがんだテメェ!」

標的をアマレットへと移す。まぁ、これはこれで我慢せず存分に暴れられる、とアマレットはにんまりと口角を目一杯に上げたのだったーー…







「時間がない、五秒以内に選べ。今死ぬか、情報を渡すかわりに拘束されるか」

命の保証はしてやる。銃口を口の中に捻じ込んだ状態で冷たく言い放てばターゲットはすぐにコクコクと首を縦に振った。組織から抜けたかった男は新薬を売って高飛びする為の金を作っていたらしい。

薬の効果は人伝に聞いただけ。実際にどんな作用があるのかわからないまま捌いたとのことだった。買った人間はすぐに使用せず、誰かで試してから使うのだろう。あのバイヤーのように。感情任せに振るった拳から血が滴る。何をしてるんだ、と剥けた皮の上にハンカチを巻く。

ライたちがここに来る前に全てを終わらせておかなければならない。フー…と降谷零は息を深く吐き出し、次に目を開けた時には感情を無にして待機している公安へ連絡を取った。





「おいおいおい、どういうことだ」

合流地点には拘束していたであろう縄と恐らくターゲットの血が床に水溜りを作りそこから引きずられたような跡があった。

「必要な情報は手に入れました。これ以上は用済みと判断したため死体は掃除屋に頼んで運んで貰いました」

ライは薄暗い倉庫を歩き回る。死体を引き摺ったと思われる痕を追い、途中不自然に消えているそこを注意深く視る。蹲み込み咥えていたタバコを指に挟んで床に近づける。微かな明かりでも分かるタイヤ痕。そいつの死体を車で運んだのだろう。もう一度タイヤ痕を視る。随分急いでいたようだな。まるで自分達が来る前に全てを終わらせたかったようだ。

彼の性格からして情報の信憑性もないのに今の段階で殺すにはあまりにも性急すぎる。大方ターゲットはまだ生きていてどこかで拘束しているのだろう。薄々諜報員ではないかと思っていたが、今回のことでその線はより濃くなったな。

生かすのは別にいいが、それがジンにバレれば自分たちが巻き添えを食う。もう少し慎重に行動してもらいたいもんだ。

「最近勝手が過ぎるぞバーボン」

「手柄を横取りされたからって突っかかって来ないで下さい」

「手柄?こんな下っ端を殺ったところでどうなる。ちまちまとポイント稼ぎをしなきゃいけない人間はご苦労なことだな」

「やーめろって!おまえら!」

スコッチよりも先に珍しくアマレットが声を上げた。

「もうここに用がないなら戻ろう。長居しても仕方がない」

ピリついた空気のまま、バーボンを車に乗せ、四人でセーフハウスへと戻った…。


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2020.10.29


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