片割れの君
□はじまりは一緒
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それはセーフハウスがまだなく、スリーマンセルからアマレットを入れたフォーマンセルでの仕事を上から命じられた時だった。アマレットにとって初対面となる二人。
緊張しているようだったから、落ち着けるようにと待ち合わせの場所をイチョウ並木の狭間にあるベンチにした。雪のようにハラハラと落ちてくる黄金のそれに目を向け、この景色を堪能している恋人同士を装い二人を待つ。金色の葉は秋空によく映え、風が吹けば葉同士の触れ合う音が心地よく耳に入ってくる。
彼女の表情から気持ちが少し和らいだのがわかる。
「やぁ、バーボン久しぶりだな。君がアマレット?」
よろしく、と人懐っこい笑みを向けるスコッチにアマレットも安心したように「よろしく」と挨拶を交わす。
問題は次に来る人間である。やってきた長髪の男に気づいたアマレットに再び緊張の色が窺える。風貌や目つきで分かったのだろう。明らかに場数が違う、と。煙草を咥え、遅れてきたその男は無愛想に挨拶した。
「ライだ」
「アマレットよ」
黒服に身を包み、明らかに堅気ではない男とここで仕事の話をするには目立ちすぎる。移動を試みようしたところでアマレットが声を出す。
「え?」
彼女の視線の先を追うように三人も視線を落とす。三歳くらいだろうか。女児がアマレットのコートの裾を掴み、興味津々といった目で彼女を見上げていた。
「ママ?」
マ…マ…
「ママじゃないわ」
透かさず否定する彼女。スコッチは念のためアマレットに確認した。
「アマレット、まさかとは思うが…」
「独り身な上に、隠し子もいないわ」
「じゃあこの子はいったい…」
スコッチがその子をアマレットから引き剥がそうと試みる。
「ふぇっ…」
目に涙を溜めた姿を見てすぐ様元の状態に戻す。もう一度試みたがぐずってしまうために諦めた。ここで泣かれては困る。これ以上の注目を浴びるのはごめんだ。
「やぁ、小さなお嬢さん…君はどこから来たのかな?」
バーボンはその子を抱き上げ、ベンチに座り直すと、その子を膝の上に乗せた。その際も彼女のコートの裾はしっかりと握っていて、何がなんでも離しそうになかった。子供をあやしているとジッと見つめてくるアマレットに気づく。目を合わせると頬を染め、ふいっと逸らされてしまった。
しかし子供もまた親指を咥え、ジッとアマレットを見ている。
やれやれどうしたものか。
黒色の髪のその子に目を向ける。ブロンド髪の彼女を見て母親と間違えたのだから恐らく父親が東洋人なのだろう。黒服を纏っている異質な自分たちは家族にも見えそうになかった。
「女児誘拐犯の集団に見えるな」
「スコッチ、それは言い過ぎでは?」
「チッ」
「お、おい!どこいくんだ、ライ!」
「母親を探してくる。どうせ、この近辺にいるだろ」
一人歩き出したライをスコッチが慌てて追いかける。
「どうしよう。そろそろジンがくるわ」
「まだ、時間に余裕はありますが…」
「どこで…見てるかわからないじゃない」
「確かに。ですがこの様子だとなかなか離してれそうにないですねぇ」
「・・・・」
ちら、と子供を見た後、彼女は葉で出来た黄色い絨毯へと視線を落としてしまう。
「何か…あった時…この子の本当の母親も、その子も殺されるわ…」
「…そうですね」
すっかり自分の腕の中で落ち着いてしまっているまだ小さな命を愛しみの目で見る。
「子供は、苦手です?」
どことなく子供から視線を外しているアマレットにそう尋ねる。苦笑いを浮かべる彼女に、バーボンの読みは当たっているようだった。
「どう…扱ったらいいかわからないから…苦手かもね」
困ったように眉を落とすアマレットにバーボンも苦笑いを浮かべる。すると突然子供がバーボンの服を引っ張った。
「ん?なんだい?」
内緒話をするように手で口元を隠し、その子はそっとバーボンに耳打ちした。
「その子はなんて?」
「どうやら君の顔がお気に入りのようだ
。お人形みたいで綺麗だって」
ジッと見つめるその子の瞳を真顔で見つめるアマレットに対し、バーボンは子供の脇に手を入れ、彼女の目の前に抱えた。
「ほら笑って、アマレット」
「・・・・」
少し気恥ずかしそうに頬を染め、小さく、頬を上げたアマレット。
「…っ…」
そんな、彼女に見惚れたのは自分だったーー…。
そんな二人を少し離れたところで見ていたスコッチ。イチョウの葉が舞う中、三人で幸せそうに笑うその姿はまんざら家族に見えなくもないな、と小さく笑う。
おわり
2021.1.20