泣いて笑ってまた明日

□不意打ち
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「ウソつき…」

ポアロに来て、安室の顔を見るなりそう言い放ったコナン。その言葉に思わずフッと笑みが溢れる。来ると思ってたよ。

「君に言われたくはないさ」

今までの出来事を思い返し、安室は少年にそう返したのだったーー…。


遡ること数日前。杯戸中央病院で起こった毒殺事件後のこと。
高木渉から得た情報から考察するに、楠田陸道が拳銃自殺していた可能性が出てきた。推論を確実なものにするためFBIのジョディと親しくしている友人に目をつける。

「澁谷夏子28歳…小学校教師…」

「誰よ?それ…」

「僕の依頼人であり…なおかつ…僕が探し求めている最後のピースを…埋める手助けをしてくれそうな人物ですよ」

「だから何なのよ?そのピースって…」

詳しい説明はされずに杯戸公園前に車で連れてこられたベルモットは相変わらずの迂遠な話し方をするバーボンに眉を寄せる。

ドシャーー…

しかし突如何かが落ちるその音で二人の意識はそちらへと向く。

「今、誰かが階段から…」

「っ!?」

現場を見たバーボンはほくそ笑む。まさかこちらが仕掛ける前に舞い込んでくるとは。

「どうやらパズルは完成しそうですよ…」




ベルモットに協力を仰ぎ、FBIのキャメルが漏らした情報はバーボンにとってとても有益なものだった。楠田が拳銃自殺をしていたことは確かであり、赤井の生存が確実なものとなった。昂る気持ちを抑え、一度冷静になる。

WまさかここまでとはなW

赤井のセリフから察するにこの死体すり替えトリックを考案したのは奴自身ではなく、別の誰かが考えたということ。頭を掠めたのは小さな少年。あの作戦を瞬時に思いついたであろう彼に震慄に近いものがバーボンの体に走る。我々の目を欺いたその思考に恐れすら感じた。

W安室さん、敵…だよね?悪い奴らの…W

本当に、恐ろしい子供だ。とバーボンは心の底から思った。


来葉峠の一件後に江戸川コナンの周辺で不審人物が現れていないか調べ上げたところ一人だけ浮上した。沖矢昴、東都大工学部に通う大学院生。調べれば調べるほどに彼が赤井秀一である説が濃厚になってくる。それと同時に毛利ハルへの疑いは晴れていった。
どの事件に関しても江戸川コナンが関わっていることはあっても彼女が関与している事件は一つもない。

楠田の件の時もその日病院にいたのは江戸川コナンとFBIの連中のみで、彼女は関わってすらいなかった。彼らと密会している様子もない。

彼女の様子からして何かしら赤井秀一と接点があると踏んでいたのだが…深読みしすぎだったのだろうか。

しかし腑に落ちない点があるのは確かだ。当たり障りのない、必要最低限なことしか話さないあの感じは、まるでこちらに情報を渡さないよう言葉を選んでいるようだった。そしてその姿はどこかあの少年を彷彿とさせる。

妃英理が入院をしていた時もそうだ。女性のプライベートに関することだからと言われてしまえばその通りなのだが、彼女はなかなか言いたがらなかった。

W歳の近い男性と接する機会がここ数年なかったからかもしれませんW

彼女が他の男性と親しく話している姿を実際目にしたわけではない。不自然に感じていた部分は彼女の言うW緊張していたからWなのだろうか。

まぁ、赤井秀一が生きていることがわかったのだ。これ以上彼女に固執するのは無意味だ。

「では梓さん、先に上がらせてもらいますね」

「はい!安室さんお疲れ様でした!」

安室は店を出る。昨夜の処理もまだ片付いておらず、やることが山積みだ。とりあえず風見に連絡だとスマホを取り出す。

W彼の事は…今でも悪かったと思っている…W

ふと蘇ってくる記憶。階段を登り、聴こえてきた銃声に扉を開ける。硝煙が漂う。佇んでいる長髪の男の顔には飛沫血痕。そして壁にもたれ掛かっているのは…心臓を撃ち抜いたーー…

キィー…パタンッ

扉の閉まる音で我に返る。気づけば探偵事務所の階段横で立ち止まったままだった。降りてくる足音に視線を上げる。

「ハル…さん…?」

ゆっくりと降りてくる彼女は安室に気づくとふにゃりと笑った。いつも壁を感じる彼女から初めて何の隔たりも感じられないその笑顔に戸惑う。

覚束ない足取り。今にも階段から転げ落ちそうだ。

「まさか酔って…?危ないからこっちに…」

彼女に手を伸ばす。彼女も受け入れるように両手を伸ばした。

「ハルさ…!」

避けられなかったのは彼女があまりにも優しい顔をしていたから。安室が抱き止める前に、温もりのある手が安室の耳を覆うように頭を挟む。くしゃりと優しく撫でたあと彼女は口を開いた。

「お疲れ様」

何故だか振り払うことができない。柔らかく微笑んだあと、彼女の手がゆっくりと離れていく。ぴょんっと段を飛ばすように階段を降り、彼女はそのままどこかへ行ってしまった。

「………」

撫でられたところが熱い。今の彼女の状態を考えると追いかけなければならないのに安室はその場から動くことが出来なかった。

バンッ!!と再びドアが勢いよく開く。慌てた様子で出てきたのは蘭だった。

「あれ!?安室さん!?」

「…こんばんは、蘭さん」

「こ、こんばんは!あの!今ハルお姉ちゃん降りてきませんでした?」

「はい。ここですれ違ってあちらの方に行かれましたけど…」

「何もされませんでした!?」

「え?」

「例えば一本背負いとか」

「一本背負い?」

深刻な顔で安室を心配する蘭。どうやら冗談を言っているわけではなさそうだ。

「いえ、特になにも」

「そ、そうですか」

ホッと安心したように胸を撫で下ろしている蘭。彼女の様子を見るにやはり先程のハルは普通ではなかったのだと察する。

「何かあったんですか?」

「実はお父さんが飲んでた日本酒を水と間違えて呑んでしまったようで」

「日本酒を呑むと一本背負いを?」

「はい…」

頷く蘭に「え?」と安室の目は点になる。冗談で訊いたつもりがまさか肯定で返ってくるとは。

「おーい、蘭見つかったか?」

「ううん!まだ!」

いてて、と自分の背中を摩りながら扉から顔を出す小五郎。既に犠牲者が出ていることを知る。

「ったく!あの酒癖の悪さはいったい誰に似たんだ!」

悪態つく小五郎に蘭はどの口が言うと言わんばかりにジト目で自分の父親を見つめる。

「とにかく、私はハルお姉ちゃん探しに行ってきますね」

「僕も手伝いますよ」

「助かりま…あ、待ってください!今コナン君からメールが…」

携帯を開き、文面を確認している彼女の目は徐々に落ち着きを取り戻していく。

「どうやら近くのコンビニにいるみたいです。大量にアイスを買ってるところを捕獲したって…」

「それならよかった」

「お騒がせしました!」

恥ずかしそうに何度も頭を下げ、彼女はそのままハルを迎えにコンビニまで走っていった。

先程起こった出来事が不意に頭を掠め、彼女が触れた部分に手を添える。何をしているんだと一度首を振り、すぐ様頭を切り替えてから改めて風見に連絡を入れたのだったーー…。



2021.10.17


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