泣いて笑ってまた明日

□メンマましまし!
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「真純ちゃん?」

仕事の帰りにビニール袋をぶら下げている制服姿の真純に会う。

「ハル姉!」

人懐っこい笑みを浮かべながら駆け寄る姿にハルの頬も自然と上がる。園子の呼び方が気に入ったのかミステリートレイン以降、姉のように呼ぶ彼女に蘭や園子に次ぐ新たな妹が出来たようですごく嬉しい。

「ん?なんか真純ちゃんから香ばしい、いい匂いがする…」

夕飯がまだなせいもあり、その匂いにつられ腹の虫がぐぅと鳴る。真純はクスリと笑い持っているビニール袋を見せるように少し掲げた。

「実はこの先にあるラーメン屋の帰りなんだ。これは朝食用のチャーハンと餃子」

「もしかしてラーメン小倉?」

「そうそう!なんだハル姉も知ってたのか」

「あそこ美味しいよね」

元は杯戸商店街に店を構えていたラーメン小倉。値段は安く、味も絶品でファンも多かったが、とある不動産会社社長の嫌がらせと店の老朽化で徐々に客足が遠のいてしまっていた。良くも悪くも当時は待たずしてすぐに入れた隠れた名店。米花町に移転してからはもともと味が良かったのもあり、一躍人気店に。飯時は常に行列が出来ており、以前のようになかなか行けずにいた。

「そういえば蘭君たちには黙っててくれてるんだな」

「え?」

「僕たちが昔からの知り合いだってことさ」

「真純ちゃんが蘭には自力で思い出して欲しいから内緒にしてって言ったんじゃない」

「まぁ、そうだけど」

「なーに?私の口が軽いとでも思ってたのかしら?」

「そ、そうじゃないけど、ほらハル姉って意外とドジなところがあるから…」

「なっ!」

「おっと!そろそろ帰らなきゃ!それじゃあ僕は失礼するよ!」

「あ!こら、まだ話は…!」

八重歯をちらりと見せ、悪戯っ子な笑みを向けながら走り去る姿にまったく、と困ったように笑う。

「もう10年も経つのか…」

彼女の後ろ姿にさざ波の音とともに幼い水着姿の少女の姿が重なる。

真純はまさかハルが覚えているとは思っていなかったのだろう。再会したとき大きくなった彼女の姿を見て感情を隠さずに感極まった顔で話しかけようとしたら慌てた様子で口を塞がれ、蘭には黙っていて欲しいとお願いされたのだ。

ぐぅ、とまたお腹が鳴る。もうすっかり口の中はラーメンだ。久々に食べたくなってきた。このぐらいの時間だったらさすがに空いてるはず。夜だけど、今日ぐらいはいいよね!と浮き足立ちながらラーメン小倉へと向かったのだったーー…。




 

人気のない場所で夜、風見はひっそりと上司が現れるのを待つ。冷たい風が吹き抜け、冷えた手にハァと息を吹きかけるが気休めにしかならなかった。聴こえてくるRX-7独特のエンジン音に姿勢を正す。白いスポーツカーから降りてきた上司に早速、頼まれていた物を手渡す。彼はそれを懐へとしまい、「ご苦労…」と告げた。また冷たい風が吹く。身震いし、冷えた己の体を抱きしめる。

「うぅっ寒い!!こんな日はラーメンでも食べたくなりますね…」

「ラーメンといえば、眼鏡のあの少年がお勧めしていたラーメン屋が米花町にあったな」

「眼鏡のあの少年って…毛利探偵事務所の?」

「あぁ…メンマで有名なラーメンらしいよ!」

行ってみるか、という流れになり着いたラーメン屋の看板を見て抱いた感想は嘘くさいだった。半信半疑で店へと入ると気のいい店主に出迎えられ、カウンターへと腰掛ける。名物のメンマをましましに閻魔大王ラーメンと餃子を頼み、数分もしないうちに出てきたラーメンはとても美味しそうだった。何かと拘りある上司の食べ方を真似ながらラーメンを口にする。思わず「うんまー!」と声を出してしまうほどラーメンも餃子も美味かった。飲み方でスープの味が変わるらしく、ヘルシーに食したいならお勧めだと教えられ、アドバイス通りの飲み方をしたのだがあまりのスープの旨さに全て飲み干してしまった。全部飲んだら意味がないだろうとジト目で睨まれてしまう。

「だいたい君は…」

しかしここで新たな客が来る。そのお陰で上司の意識がそちらに向き、それ以上のお咎めはなかった。

「こんばんはー!」

「ヘイ!らっしゃい!ってハルちゃんじゃねぇか!久しぶりだな!」

ハルと呼ばれたその女性に見覚えがあった。確か彼女は毛利小五郎の…。チラッと降谷の方を見る。ジッと彼女を見つめるその表情は安室透なのか、降谷零なのか風見には判断つかなかった。そんな彼女は我々の存在に気づいていない。

「ごめんなさい、閉店間際に。まだ注文出来ますか?」

「あぁ、大歓迎さ!いつもの閻魔大王ラーメンでいいかい?」

彼女は嬉しそうに頷き、そのままカウンターへと腰掛ける。

「お客さん、お冷のおかわりどう?」

風見に女性店員がそう声をかける。そこでようやく彼女の視線がこちらを向いた。

「えっ!?」

驚きの声を上げ、ガタガタッと慌てて席を立った彼女に店の大将も店員の子も、ハルを見る。

「あ、安室くん⁉︎」

「こんばんはハルさん」

「なんだい?あんたら知り合いか?」

「えぇ、実はお世話になっている方の妹さんでして。飛田、こちら毛利ハルさんだ」

「はじめまして」

「は、はじめまして。飛田さん」

もうこちらはラーメンも餃子も食べ終わってしまったし、そろそろ店を出るだろうと飛田こと風見は壁に掛けてあったコートを羽織る。しかし降谷はまだ座ったままだ。どうしたのだろう。

「ふ…安室さん行かないんですか?」

その背に問いかけたが、彼と視線が交わることはなかった。

「あぁ。悪いがここで解散でいいか?」

「え?」

見えている後頭部は彼女の方を向いている。

「もう遅いし、家まで送って行くよ」

ハルさん、と名を呼べばスープを飲んでいた彼女はゴフッと咽せていた。まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。

「だ、大丈夫だよ安室くん!ここから家までそんな距離ないし」

「それでも遅い時間に変わりないから。何かあってからだと毛利先生に申し訳が立たないし」

それに、と上司は続ける。最近ここいらに変質者が目撃されているなどや、帰宅途中の女性を狙ったひったくりの被害も多発していること。また先日は通り魔の事件もあり、その犯人はまだ捕まっていないなど、全て事実ではあるのだが、そんなに怖がらせなくてもいいのではと思うほど少し大袈裟に伝える上司。彼女の顔は少し青ざめ、ぜひお願いしますと素直に受け入れていた。
少し気の毒にも思ったが、なるほど。と納得する。そうやって相手の懐に入り、情報を得るのですね!勉強になります降谷さん!と胸の内で伝え、仕事の邪魔にならないよう上司に頭を下げて早々に店を出た風見であったーー…。






「大将!ごちそうさまでした!」

「おう!ありがとうございやしたァ!」

約束通り彼女を送るため帰り道を一緒に歩く。何故か彼女に車で来ていることは伝えなかった。通常なら早く着く車を選択すべきだし、今日は特に冷え込んでいるのだから暖かい車内がいいはずであるのに…。

「安室くんもあそこのラーメン屋知ってたんだねぇ。びっくりしたよ」

赤くなった鼻先を隠すようにマフラーに顔を少し埋めながら彼女はそう口を開く。しているマフラーは以前自分に巻いてくれたものだった。

「コナン君に教えてもらったんだ」

「あぁ、なるほどね」

「君はいつからあの店に?」

「私はねぇ、結構前からだよ」

彼女は色々話してくれた。前は杯戸町にあって、当時は掛かっている暖簾の文字が分からないほどボロボロなお店だったんだとか、その時の謳い文句は『死ぬほど美味い』だったが、米花町に移転してから今風に変えて『マジで死ぬほどヤバイ』になったんだとか、そんな…他愛無い…安室にとって何の利益にもならない話であるのに聞き逃しがないよう一つ一つ、真剣に耳を傾けていた。

今の彼女に聞きたい情報なんて無いのに。時間稼ぎをするかのようにあえて徒歩を選んだのは何故なのか。しかしこの時の安室はそんな疑問よりもあの時の笑顔をどうやったら素面で見せてくれるかだった。

「ハルさん」

名を呼ぶと「なに?」と彼女の目がこちらを向く。

「実はポアロに新しいメニューが出来て…」

「へぇ!今度行くの楽しみだな!どういう感じのものなの?」

「ハムサンド」

彼女の目が徐々に大きくなっていく。

「初めて会った時、食べたがってたから…」

「ほ、ほんとうっ⁉︎」

キラキラと…まん丸に見開いた瞳が安室を捉える。吸い込まれそうなその瞳は安室の時間を止めた。

「君の、口に合うといいけど…」

「食べに行く!ぜったい!」

嬉しそうに目尻を下げるハル。思わず顔を背けてしまう。じんわりと胸の奥に温かい何かが広がる。気づけば歩調はとてものんびりに。彼女に合わせたフリをして…ゆっくり、ゆっくりと歩いていたーー…。





2021.12.12


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