泣いて笑ってまた明日

□衝動⑵
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事件解決後、東都ホールを後にした安室はベルモットを送り届けた後、少し前に送ったメッセージを確認する。

【風邪引いたって聞いたけど…体調は?】

返信はまだない。寝てるのかもしれない。

「………」

万が一ということもある。スリーコールだけ、と決めて電話を掛ける。最後のコール音に差し掛かった時、音が止む。繋がった電話に耳から離しかけていたスマホを再度押し当てる。

「ハルさん?遅くにごめん、体調はどう?」

《………》

「ハルさん?」

《………》

返答が一切ないことに疑問を抱く。

「ハルさん、大丈…」

ゴトッと何かを落とした音とともに通話は切れてしまう。時刻はもう夜も深まる頃だ。寝ぼけて出ただけかもしれない。しかし万が一ということもある。

「………」

気づいたらハルの家へと車を走らせていたーー…。



彼女のマンションにつき、インターホンを鳴らすが反応はなかった。留守?いや、本当に寝ているだけかも…。試しにドアノブに手をかける。

「開いて…る?」

どうやら鍵が掛かっていないようだ。不用心すぎる。入るかどうか迷っていると「うっ…」と微かに聞こえてきたうめき声にその迷いは吹き飛ぶ。

「ハルさん⁉︎」

部屋の電気をつけるとリビングで倒れている彼女を発見する。手にはスマホが握られていた。

「ハルさん!」

抱き起こし、額に添えた手からだいぶ熱が高いことが伝わってくる。薄っすらと開けられた目。

「だ、れ?」

再度名を呼べば彼女は困惑した表情を浮かべる。

「え、えぇ…?あ…あむろ…くん…?」

少々瞳は虚ぎみだが意識はあるようだ。緊急を要するものではないことにホッと胸を撫で下ろす。
寝室の場所を尋ねるとゆるゆると彼女はその部屋を指差した。横抱きに抱えベッドまで運ぶ。

「薬は?」

「さっき…のんだ…」

「さっきって、いつ?」

「ゆうがた…くらい」

「大分経ってるじゃないか。何か食べられそう?」

「ぜりー…」

念のため色々買ってきておいてよかった。安室は彼女にゼリー飲料を少し飲ませたあと薬を服用させた。


半刻程の時が経った頃、彼女の呼吸は突如乱れ始める。苦しそうに眉を寄せ、うなされていた。薬は効いている筈なのに。特に他の病気が疑われる症状もない。

「…やっ…ちゃん…」

伸ばされた手。彷徨うような…誰かを求めているような…そんな動きに安室はつい応えるようにその手を握ってしまう。すると安心したのか徐々に表情が穏やかになっていく。呼吸も落ち着いてきた。

瞼が少しだけ上がる。寝惚け眼の瞳が安室を捉えた。すると小さく、困ったように笑ったのである。

「あむろ…くんが、家にいるなんて変な…ゆ…め…」

夢と現実との区別がついていないらしい。先程の記憶はないようで、安室が家にいることを不思議そうにしていた。

「ハルさん、」

「ゆめなら、このまま話…きいてくれる?」

彼女からそんな頼み事をされたのは初めてな事で、訂正するのも忘れ、気づいたら「うん…」と頷いていた。

「さっきね…かなしい…ゆめ…をみて、」

「悲しい…夢?」

「うん…はなればなれになった…とも…だちの…顔が…思い、だせないゆめ…」

彼女の眉が悲しそうに寄せられる。

「ゆいいつの、大切な、ともだち…だったのに…」

「その子は今どこに?」

「もう…ずいぶん遠くて…もう二度と…会えない」

W二度と会えないW

安室の頭に景光や殉職していった仲間の姿が浮かんだ。

「…その子との、思い出は?」

「おりがみ…」

「ん?」

「折り紙がじょうずで…」

「前に楊枝入れの作り方を教えてくれた子?」

「うん」

「他には?」

「ほかにも…いっぱい、いろいろ、あるよ…?でも顔が思い出せないのが…いちばん、かなしい…」

自分もいつか失った仲間たちの顔を思い出せなくなる日がくるのだろうか。

「確かに、忘れてしまうのは悲しいかもしれない」

安室の視線はいつのまにか床に落とされていた。

「けれど、例え忘れてしまっても君が折り方を忘れなかったように、その友人と過ごした日々や思い出は君の一部になってるはずだ」

伏し目がちな瞼が少しだけ揺れる。

「僕もね…気の合う仲間が居たんだ…。全員…離れ離れになってしまったけど…」

ふぅー……と重く、長いため息を吐き出す。

「今の僕があるのはその仲間のお陰で…。料理もね、実は…苦手だったんだ。親友のお陰で今はそれなりにできるけど、昔はからっきしで…」

思い出を取り出すたびに、もう隣にいないのだと思い知らされる。

「君が…美味しそうに食べてくれたハムサンドは親友が教えてくれたものなんだ」

先程から何を言っているのだろう。彼女が夢現な状態なのをいいことに、口から余計なことがペラペラと出てくる。けれど止めることは出来なかった。

「すごく幸せそうな顔で食べてくれたのが、まるで親友まで褒められたような気になってね…」

とても嬉しかった、と伝えれば握っている彼女の手に力が入る。視線を上げると黒く綺麗な瞳が安室を捉えていた。

「そばに…いる…よ…?」

「え?」

その瞳にはうっすらと涙が溜まっている。熱のせいなのか。はたまた別の理由か。だって彼女は景光のことを知るはずもなくて…

「どんなに、離れていても…」

「…っ…」

「… みんな、あむろくんのそばにいる」

言葉が出ない。
未だ彼女は夢の中にいるような状態で…。
W降谷零Wのことなんて知る由もない筈で…。
そんな彼女が放った言葉に意味なんてきっとなくて…。

それでも、

それでも、

心に響いたのは確かで…

「君は…本当に、不思議な人だな」

溢れる感情を押し殺した声は掠れていた。
彼女は優しく笑いながら目を閉じた。溜まった涙が目尻から零れ落ち、それを親指で拭いとる。すーっと、深く寝息を立てて寝てしまった彼女。その顔をジッと見つめる。

「………」

小さく「ふふっ」と彼女が笑ったことで動きを止める。無意識に近づけていた顔。目の前にある唇に慌てて離れる。

いったい、今なにを、しようと…

「……っ……」

顔に熱が集まるのを感じ、安室は顔を抑えながらその場を後にしたのだったーー…。


2022.02.01.
加筆修正2022.03.09.


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