泣いて笑ってまた明日

□見えない未来
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「RUMって知ってるよね?」

日原泰生の依頼で訪れたここ長野の山奥にある廃教会。そこで起こった殺人現場のトイレをコナンと二人で調べている最中、突然投げかけられたその名に安室は目を瞠る。

「君は一体どこからそんな情報を…」

W知ってる?WではなくW知ってるよね?Wの確信にも近い言い方からすでにRUMという人間が組織の中でどういう位置にいるのか知っているのだろう。

「会ったことあるの?」

なかなかにいい質問をする。どちらを答えても、その答えである程度の人間をふるいに掛けることが出来るのだから。
取り繕った子供騙しの嘘はこの子には効かないし、かといって正直に言うわけにもいかない。

「どう答えたらいいか…悩むよ…」

安室は胸の内をそのまま口にする。

会ったことがあると答えれば彼は安室が関わっている人間に探りをいれるだろうし、会ったことがないと答えれば安室やコナンに近づく人間を必要以上に警戒するだろうと言えば「そだね…」と彼は肯いた。

「どの道、僕にメリットはないけど…ヒントとしていうならその人はとてもせっかち、ってことぐらいかな」

その言葉に片眉を上げ、考える仕草をするコナンにクスッと小さく笑う。

「そろそろ戻ろう。毛利先生たちが待っ…」

「あっ、あともう一つだけ!」

この子の問いかけほど身構えるものはないな、とフッと笑った息に溜息が混ざる。

「なんだい?」

少し迷うように視線を左右に揺らした後、ゆっくりと彼の瞳が安室を映す。

「ハルお姉さんと何かあった?」

「………」

むしろRUMのことよりそっちを訊かれると思っていたよ、と安室はここにくる前の出来事を思い返すーー…。





「何ィ⁉︎長野に行けなくなっただと⁉︎」

急ぎの仕事を全て片付け、あとは新宿駅まで送ってくれるというハルを待つだけだというのに直前で蘭が行けなくなったと言い出した。
ごめーん、と手を合わせて謝る蘭。どうやら一緒に行くはずであった園子が熱を出し、そのお見舞いに行きたいのだという。

「そんな園子を置いてわたしだけ旅行なんて行きづらいし…それに事件の依頼で長野にいくんだよね?」

「あ、ああ…」

「だったらわたしよりも適任の人を呼んだから…」

適任?と小五郎とコナンが訝しげに目を細める。

「そうよ!二人共よーく知ってる…」

「喫茶ポアロのウェイター兼…毛利先生の一番弟子の安室透です!」

「何だお前か…」

「ポアロのマスターが友人と温泉に行く都合で今日の午後から明日一日お店を閉めるようなので…一泊二日の探偵旅行!付き合えますよ‼︎」

「じゃあ梓さんも行けるんですか?」

「いや、一応誘ったんですが…明日の予定はもう決まってるらしくて…」

「そいつは困ったなぁ…。依頼主の都合で W四人で来てくれWってことだったんだが…」

「持て成す食事の数とかが決まっているんでしょうか?」

「とにかく、旅の連れをもう一人探さねぇと…そろそろハルが迎えに来ちまうぞ」

「ハルさんはダメなんですか?」

「あいつは明日仕事で無理なんだと」

腕時計に視線を落としながら小五郎がそうぼやくと「そうですか… 。ミステリー好きの人がベストなんですよね?」と顎に手を当て他に候補がいないか考えている安室をコナンはジッと見つめる。特に変化のないその表情からは何も読み取れない。

「あのさ、安室さ…」

「呼びやしたかい?アッシを!」

新たな声の主に安室の裾を掴もうとしていた手を下ろす。自らを指差し、寿司桶を持って現れたのはいろは寿司の脇田。店も休めるからぜひ自分も連れて行ってほしいとのことで、最後の一人は彼に決まった。

「けど折角の寿司なのに勿体ねぇなぁ」

食べる時間はなく、かと言って冷蔵庫に入れたとしても魚の鮮度は落ち、シャリが固くなってしまう。

「なら折り詰めにしてくんで、皆で新幹線で食べやしょう」

「おっ!いいねぇ!」

「後ほどスクーターで向かいますんで、先に行っててくださせぇ。駅で会いやしょう」

「あぁ!」

脇田が探偵事務所を後にしたところで安室も「では僕も」と自分の車を取りに一旦探偵事務所を出て行こうとする。安室がドアノブに手をかけたところで扉が勝手に開き、ハルが顔を出した。

「ねぇ、今いろは寿司の脇田さんが降りてくるのが見えたけど、出かけるのにお寿司頼んだ…の…?って、あれ?な、んで…?」

普段安室が探偵事務所にいてもそこまで驚かないのに彼の姿をみた途端、持っていた車の鍵を落としてしまった。

「ご、ごめん…その、驚いて…」

あはは、と笑いながら落とした鍵を拾うためしゃがみ込むハル。この前、安室に相当ご立腹な様子だったが、もう腹の虫はおさまったのだろうか。様子は些か変だが、もうそこまで怒っては…

「………おい?」

「ハルお姉ちゃん?」

なかなか立ち上がろうとしない彼女にどうしたものかと皆で顔を見合わせる。

「ハルさん?」

安室の声かけにも反応を示さない。身長の低いコナンから見えた彼女の顔色は青白かった。手のひらに食い込むほどにぎゅっと握りしめている車の鍵。彼女を引き戻すように震えているその手を掴んだ。

「ハルお姉さん!」

俯き加減だった彼女が顔を上げ、目が合う。途端泣きそうな顔になるハルにコナンは当惑する。

「おい、どうした。ハル」

小五郎の声にハッと我に返ったように立ち上がった彼女を目で追う。

「ごめん、なんか貧血?っぽくて」

気持ちを隠すように笑っているハルをコナンだけが怪訝そうに見つめる。

「えっ、貧血って…ハルお姉ちゃん大丈夫なの?」

「そんな大したことないから大丈夫、大丈夫。それでえっと…園子ちゃんは?」

「実は熱出しちゃったみたいで…」

「えっ!園子ちゃんこそ大丈夫なの?」

「そんなにひどくはないみたいだけど、ちょっと心配だから私も旅行はキャンセルしてお見舞い行ってこようと思って。それで今、安室さんと脇田さんが代わりに行ってくれることになって」

「そっか、そっか。じゃあ兄さんとコナンくん…あと安室くんと脇田さんの四人を新宿駅に送ればいいかな?」

「脇田さんはご自分のスクーターで駅に向かうそうだよ。ハルさん、調子が悪いようなら僕が毛利先生とコナンくんを乗せていくから」

前回のハルの態度を気にしてか、どこか様子を窺いながら提案する安室。

「本当?じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

ありがとう、とにっこり…そう、にっこりと笑った彼女にまたも皆固まる。

「蘭、ちょうど帰り道に通るし、園子ちゃんの家に送ってくよ」

「あ、ありがとう」

「じゃあ私、下でエンジンかけて車温めておくから。兄さんたちも気をつけて行ってきてね。安室君、二人をよろしくお願いします」

そういってそのまま階段を降りていってしまった。

「「「………」」」

ジッと何かを訴える三人の視線が安室に突き刺さる。彼はそれを受け流すように苦笑いを浮かべながら人差し指で頬をかいたのだったーー。





「で?本当に心当たりないの?」

皆が待つ礼拝堂へと移動しながらコナンは隣を歩く安室に問う。彼は「うーん…本当にないんだよねぇ」と顎に手を当てながら苦笑いを浮かべた。

「一つ確認するけどハルさんは本当に怒って…?」

こくん、と頷くと安室は難しい顔をする。分からないのも無理はない。どんなに洞察力が長けている人間でも長年の付き合いがなければアレはわからない。それほどに笑顔で、知らない人であれば安室のように機嫌がいいと勘違いをする。

「ハルお姉さんは隠してるつもりだけどね」

そう、やっかいなのは本人にその自覚がないということ。

「ハルさんとの付き合いの長さは僕と然程変わらないはずなのに君はよく彼女のことを知ってるんだね?」

ぎくり、と跳ねそうになる肩を慌てて抑える。

「ら、蘭姉ちゃんに教えてもらったんだよ」

「なるほど」

嘘は言っていない。実際、工藤新一の時に蘭に教えてもらったのだから。

「僕より君の方が検討がついてそうだけど?」

確かに。博士からだいたいの事情を聞いて、恐らくハルが怒っているとしたらそのことだろう。しかし疑問が残る。だとしたら何故、ハルは安室を問い詰めないのだろう。確かに安室が消したという証拠はない。しかし確かめもせず怒っているというのも彼女の性格からして少し珍しい。はぐらかされると思っているのだろうか。まぁ、恐らく彼はシラを切るだろうが。

それに安室も何故痕跡を消す必要があったのか謎である。メールの内容も博士から聞いたが特に差し支えるような内容ではなかった。

安室にそのことを問いたいが、「自分が来たことは秘密にしておいてほしい」と帰り際ハルに口止めされたと博士が言っていたから、知らないはずのコナンがこれ以上介入することは難しい。

安室はハルが気づいたことに気づいているのだろうか。まぁ、例えわかったとしてもその件に触れれば安室が消したと認めることにもなってしまうため、現状『何もしない』が得策なのだろうが。

「うーん…じゃあ、僕も安室さんにヒントだけ」

「さっきの仕返しかい?」

RUMの件を言っているのだろう。それにコナンは「まぁね」と少し戯けたように笑った。

「怒りたくて、怒ってるわけじゃないのかも。身内の人間にしかあの怒り方してるの見たことないし…」

Wごめん、なんか貧血?っぽくてW

とても貧血のようには見えなかった。
泣きそうな顔をしていた。
助けて、と訴えているようにも見えた。
何かに怯えてるあの表情をコナンは以前にも見たことがある。

W兄さん!!W

爆発音に混ざるハルの悲鳴にも似た叫び声。

以前小五郎が爆発に巻き込まれた時も彼女はあの顔をしていた。目の前で起こった出来事が信じられないのか「なんで」「どうして」をひたすらに繰り返していた。

余程ショックだったのかそれ以降、依頼があっても彼女が自分達についてくることはなかった。まるで自分のせいであの事件が起きてしまったとでも言うように…。

「ハルお姉さんはW家族Wをとても大事にする人だよ」

もしかしたらハルは安室に惹かれているのかもしれない。

ガタガタと吹雪で震える窓ガラス。コナンの言葉を考えているのか眉を寄せ、難しい顔をしている彼の横顔が映る。

ライトで照らさなければ暗くて見えない廊下はまるで先の見えない二人の未来を表しているかのようだったーー。




2022.6.19


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