小さくなった安室くん
□四日目
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彼女が朝、身支度をしている間に安室は自分のスマホの電源を入れる。明るくなった画面。残り少なくなっているバッテリーより、映った日付を見て眉を寄せる。また日にちが戻っている。安室がここへ来てから四日。経った日にち分戻っていた。
あと三日で安室がここへ飛ばされてきた日にちに辿り着く。もしや、三日後に元の世界へ帰れたりするのだろうか…。
ちらっ、とベッド下に視線を向ける。
クローゼットや棚は彼女が開ける可能性があったため、ベッド下以外に隠す場所が見つからなかったのだが…。
昨夜、買った敷布団を早速彼女がベッド横に敷き始めたことに酷く焦った。
家主がベッドで寝るのは当たり前だと何度言い聞かせてもナノカは納得せず、渋る彼女に最後はトランプで強いカードを引いた方がベッドで寝るのはどうだと提案したところ、しぶしぶだがやっと首を縦に振ってくれた。
しかし彼女が負けて敷布団で寝ようものならベッド下に隠してあるスマホと拳銃を発見され兼ねない。多少のイカ様はさせてもらった。そして見事敷布団を勝ち取った。
「透くん、お待たせー!帽子被ったー?」
安室は返事をし、スマホをベッド下に隠してから帽子を目深に被った。
「透くんは車好き?」
「好きです。でもどちらかといえば運転する方が…」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
助手席でシートベルトを締めながら、しまった。と慌てて口を噤む。ふとした会話につい気が緩んで子供だということを忘れた発言をしてしまう。気を抜きすぎだと胸の内で苦笑する。いくら彼女が少し抜けているとはいえ、これでは…
「遊園地にあるゴーカートの方が良かったかな?」
いや、大丈夫かもしれない。と安室は遠い目で流れる景色に目を向けた。
魚が跳ね、時々水しぶきが上がる。緑に囲まれ、真夏の日差しが所々木々から漏れ、さらさらと流れる川の水をきらきらと照らした。
ナノカは安室の隣にちょこんと腰掛け、川のせせらぎの音に包まれながら小さな少年が開く釣り講座に耳を傾ける。
「鮎は綺麗な川ほど美味しいと言われてます。また成長すると石につく藻しか食べないので餌を使って釣るのは困難です」
「うんうん」
「それでまずは鮎が縄張りにしている場所を探し出します」
「どうやって探すの?」
「鮎が食んだ石は他の石に比べて磨かれています。理想の石色はあそこにある石のような黄金色です」
「黄金色?」
「ビールのような色をしています」
「わかりやすい」
うっすらとアカの付いた石がそんな色をしているんだそうだ。
「鮎は瀬を好みます。水通しのよい瀬には新鮮なアカがつくので、鮎にとっては絶好のエサ場です。瀬にも色々種類がありますが、ナノカさんは初めてですしこの辺から始めましょう」
小学生とは思えない手際の良さである。成人男性に教わってる気分になる。
「本格的な鮎釣りはとても長い専用の竿が必要なんですが今回は釣り自体初めてのナノカさんに合わせて短い竿でやって行こうと思います」
「助かります」
「因みに、本来なら先ほど遊漁券を購入したオトリ場でオトリの鮎を購入して釣り糸に仕掛けるんですが…」
「え?鮎釣りって鮎をオトリにして釣るの?」
「はい。鮎は自分の縄張りに入ってきた他の鮎を体当たりしたり、しっぽで叩いたりして追い払うという性質があります」
「へぇ!そうなんだ!」
「この性質を利用して釣る方法を友釣りと言いますが、ルアーでも釣れないこともないので今回はこれでいきます」
「はい先生、よろしくお願いします」
素直に頷くナノカに安室は小さく笑う。
「鮎釣りの場合ルアーでは許可されていないところもあるので気をつけてください」
それで先程オトリ場の主人にルアーは大丈夫か訊いていたのか。本当にしっかりしている、とナノカは感心する。
「・・・・」
なかなか釣れず思わず無言になるナノカの横で彼はもう三匹目を釣っていた。
「透くん、多少…って言ってたけど実は結構やってたんじゃないの?」
「えぇ、まぁ子供の頃に、ですけど…」
今も子供に見えるのだが、気のせいだろうかとナノカは心の中で突っ込みを入れる。
「ナノカさん…竿、引いてますよ」
「えっ?わ!本当だ!ど、どうするんだっけ?」
「たも網を左手に持って、竿を右手に、鮎と釣り糸が一直線になるようにして」
「こ、こうかな?」
「上手です。そのままゆっくり引き上げ…」
「おわっ!」
ゴツゴツした足場。石に足を取られてバシャーンッと大きな水音を立てて尻餅をついてしまう。
「大丈夫ですか⁉ナノカさ…!」
尻餅をついた反動で引き揚げた竿はポーンッと釣り糸に着いた鮎も一緒になって飛んでくる。安室は咄嗟にそれを目で追い、「おっと」と軽くジャンプし見事網でキャッチした。
「……ふぅ」
「……すご」
ポカン、と思わず口を開けて惚けてしまう。
「ナノカさん、大丈夫ですか?」
心配そうに眉を下げて駆け寄ってくる彼。しかしナノカは違う言葉が出てくる。
「すごい!すごい!ナイスキャッチ!」
「あのっ…」
「あんな勢いよく飛んだのによくキャッチ出来たね!運動神経良すぎ!」
「ですからっ…」
「カッコ良かった!」
「……っ……」
あぁ、服がびしょびしょだなんて笑いながら体を起き上がらせるとペチッと小さな手が額を叩く。
「え?あれ?」
「……もう黙って」
「……はい」
燥ぎ過ぎて怒られた。
「何はともあれ記念すべき初の一匹目ですね」
おめでとうございます、と釣れた鮎をボックスへ入れながら安室はナノカにほくそ笑む。服を絞りながらナノカも嬉しそうに頷いた。
「わー!結構釣れたね!」
ボックスの中を見てナノカはきらきらと目を輝かせる。二、三日分はあるんじゃないだろうか。殆ど安室が釣ったものだが。
「では、さっそく…」
「待ちに待った、だね!」
「鮎の塩焼きといきましょうか」
釣った鮎がそのまま食べられるという場所まで二人で歩く。
魚の下処理をし、釣った新鮮な鮎に串を通していく。さすが別名、香魚と呼ばれるだけあって、鮎独特のいい香りがする。
パチッと炭火が音を立て、塩を塗した鮎を見つめる。ふと昔釣り好きの先生から聞いた話を思い出す。
「鮎って怒ると体が黄色くなるって聞いたけど、本当かな?」
「実は餌の苔の種類に由来しているんだそうですよ」
「えっ、そうなの?」
「はい。天然の謂わゆる縄張り鮎と呼ばれる鮎の主食が藍藻だそうで」
「あっ、そういえば藻を食べるって言ってたね」
「えぇ、その藍藻に成分にゼアキサンチンというカロチノイド系の色素が入っていてそれが体表に黄色として現れ…」
「透くんって本当に小学生?」
「え?」
「色々なこと知ってるし、頭もいいし、なんか三十路近い人が中に入ってるみたい」
「・・・・」
「なんてね」
冗談で言ったのに、そんな固まった顔にならなくても。でもそうだよね。三十路なんて言われて嬉しくないよね。
「お、大人っぽいって言いたかったんだよ」
「…そうですか」
複雑な顔をしている彼に、あぁ、ごめんよ。褒めたんだよ。と心の中で謝る。
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