小さくなった安室くん

□大きくなった安室くん
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ワンッワンッワンッ!

ハロに吠えられオロオロしながらも彼女は必死に今の状況を説明する。

「や、家主の方ですか⁉あの!決して泥棒とかではなくてですね⁉気付いたらここに居て…」

「ナノカさん、落ち着いて下さい。僕です、安室透です」

安心させるように極力柔らかい言い方を心掛ける。あの時彼女がしてくれたように。

「あ、あむ…あむ、あむ」

「落ち着いてください」






ハロを落ち着かせ、彼女にお茶を出す。未だソワソワと落ち着かない様子の彼女を尻目にハロを抱っこしながら真向かいに座る。

「ほ…ほんとに、透くん…なの?」

「はい」

二度と会えると思っていなかった彼女に会えた。幸福を噛みしめながらそう返事をする。

「だ、だって!私と離れて時がそんな経ってな…」

W実は僕、二十九歳なんですW

安室の言葉を思い出したのか彼女はハッとしたように口を閉じる。

「あ、あれは本当…だったんです…ね。あっ、で、では…本名は…降谷、零…さん?」

「はい。降谷零ですが、探偵業を営んでいるため偽名で安室透と名乗ってます」

「あっ、探偵になられて。就職おめでとうございます」

「あの…ナノカさん?」

「ち、違いましたね!出会った時から二十九歳ということは既に探偵で、通りで子どもらしからぬと…」

「どうして敬語なんですか?」

ソワソワと挙動不審な動きをしていた彼女は安室の言葉にピタッと固まる。チラッと安室を上目遣いで見た後、またテーブルに視線を落としてしまった。

「だ、だって…!そんな大人になっちゃって、気軽に話せないです!透くんではなく、透さんじゃないですか!」

それに…と彼女の顔は徐々に赤く染まっていき、次第には俯いてしまった。

「い…今までのことを思い出したら…その、恥ずかしくて…」

両手で顔を覆い、もそもそと話す彼女。小さい姿の時には見せなかった表情についつい顔がにやけてしまう。いかんいかん、と口元を手で隠し咳払いをする。

「穴があったらもっと深く掘ってそこで暮らしたいです…」

「・・・・」

大分動揺していることだけはわかった。





ナノカは今まで自身がしてきた行動を省みて冷や汗が滲むほどの羞恥心に駆られていた。ふと膝の上で固く握りしめたままの拳に気づく。手を開けばサージカルテープが出てきた。そうだ。自分は仕事中だったのだ。ずっと動揺やら緊張やらで心が忙しかったから忘れていた。

というか、こんなに大きくなったら思いっきり抱きしめて本名を呼ぶなんて無理だわ!

偽名を名乗っている、ということは今まで通りの呼び方でいい、ということだろうか…。

W好きだ!W

ぶわっと顔が熱くなる。そ、そういえば別れ際にそんなことを言われた…んだ、よね…

「ナノカさん?」

「は、はい!」

「今からご飯、食べませんか?」

へ?と間抜けな返事をしてしまう。彼は小首を傾げ、柔らかく笑った。

「美味しいものを食べて、それから今後のことをゆっくり話し合いましょう」

Wまずは合う服をきて、美味しいご飯を食べて!それから君のこと、もっとよく知りたいなW

いつぞやかナノカが安室に言った言葉。あぁ、彼は自分を安心させようとしてくれているのだ。ナノカがぎこちなく、けれど嬉しそうに小さく頷けば彼も安心したように頷いてくれた。




「ナース服のままだと汚れたら大変ですので、僕の服を着てください」

「あ…ありがとうございます」

服を受け取り、脱衣所に案内される。人一人分の距離を開け、彼に着いていく。大人の彼に未だどう接していいかわからない。

「やっぱり怖い…ですか?」

え?と顔を上げる。すると彼は肩を下げ、寂しそうに睫毛を震わせた。

「子供の姿ならまだしも、知らぬ男と部屋に二人きり…さすがに抵抗ありますよね…」

「ち、ちがうよ!…です!」

「・・・・」

ダメだ。変な敬語になってしまう。

「あ、あの…あまり、そのイ、イケメンに耐性がなくてですね?患者さんなら話は別ですが、元気なイケメンとなるとちょっと対処に困るというか…」

「以前みたく気軽に話してくださいよ」

「うっ…」

だめ?と小首を傾げる技はどこで会得してきたのか。どちらかというとナノカが近づくことに厳しかったのは彼の方だった。こちらが幾ら気軽に話してと言っても最後まで敬語だったのは安室のほうだ。

「あ、貴方も…気軽に、話してくれる、なら…」

おずおずとそう提案すると途端に彼はパッと顔を明るくさせる。してやったりなその顔に前もそうやって騙されたな、なんて初日の日を思い出しながらナノカは脱衣所に駆け込んだ。

渡してくれた白いスウェット。袖を通して思う。案の定ぶかぶかだ。ウェストの紐を硬く結ぶが取れないか心配だった。

畳んだナース服を手に持ち脱衣所から出ると「服、やっぱり少し大きいね」とナノカの格好を見て彼はクスクスと笑った。あの時と立場が完全に逆だ。可笑しそうに笑う彼の様子からして恐らくそれを楽しんでいる。

「服は今知り合いに買いに行かせてるからもう少し待って」

「えぇ⁉そんな悪…」

「僕はこのままでも十分いいんだけど」

「手伝う、手伝うよ。ご飯作るの」

聞かなかったことにしました。




手伝おうと冷蔵庫を開けると自宅の冷蔵庫と違い、沢山の食材が入っていた。あの時の礼を言おうと一度深呼吸をする。いつも通り、いつも通りにと念を押し、「と、透くん」と彼の名を呼ぶ。大分声が裏返ってしまった。

「ご飯いっぱい作り置きしてくれてありがとう」

「全部食べられた?」

「うん。すごく美味しかった」

ならよかった。と包丁を持つ彼の横顔は優しかった。子供の姿だった時にも時折していたその表情。ちょっと照れている時に見せていた顔だ。中身は大人だったのかもしれないが面影があるその顔にホッとする。

「透くん、私に手伝えることある?」

「冷蔵庫を閉めて、僕のそばにいて欲しい」

「・・・・」

本当に彼なのかな。何かさっきから揶揄われているような気がする。案の定固まっているナノカに対し彼はクスクスと笑っている。

ま、まぁ冷蔵庫の開けっ放しは良くないよね。電気代は嵩むし食材の鮮度が落ちるものね。

でもね、そっちがその気ならこっちにだって考えがありますよ。

ナノカはよし!と気合を入れ、冷蔵庫の扉を閉める。ついでに羞恥心も冷蔵庫の中に置いてきた。ススス、と彼の横に立つ。彼が異変に気づいた。そのままぴったりと体を密着させる。ふふん、これでご飯作りにくいってわかったでしょ?私が慌てふためく姿を見て面白がっ…て…。

「あ…えと…」

赤い顔の彼にこちらも顔が熱くなる。
じ、自分から言ったのに…!
なんでそんな反応するのよ!

「ほ、包丁…持ってる、から」

「そ、そうですね!包丁は危ないので大人しく…大人しく!ハロくん?と遊んでます!」

「…お願いします」

敬語に戻っていることも忘れ、安室もナノカもやりすぎた、と反省する。互いに背中を向け、はぁ、と困ったように吐き出された息は誰の耳にも入ることはなかった。



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2020.11.3


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